2.異世界
少しの間高笑いをしていると、ドタドタと部屋の外から騒々しい足音が響く。
その足音は部屋の前で止まり、間髪入れずに部屋のドアを開けて足音の主が飛び込んで来た。
飛び込んできたのは人の良さそうなメガネをかけた男性で、5年間の記憶によるとどうやら儂の父親であるらしいことが解った。
「アオイ!!!目が覚めたのか!!?よかったあああああ」
部屋へと飛び込んできたその勢いのまま、儂に飛びついてくる男性に面を食らうが、父親であるという事なら当然の反応かと甘んじて受け入れる。
「心配をかけてすまぬことをした。以後このような事はないようにするゆえ、どうかゆるしてやってほしい」
少し舌っ足らずなのと、未だに慣れない声に違和感は感じるが、記憶の通りの言葉ではあったはず。
日本語ではないようだが、何語だろうか。
とそんな事を考えていると、不意に父が口を開く。
「あ、アオイ……、頭を打ってどこかおかしくしたのか?言葉使いが……」
その言葉にハッとする儂。
大凡子供が言うには大人びた言い回しであった事に気づき、慌てるが、どうしていいものか解らない。
慌てた儂の目に飛び込んできたのは、本棚に陳列された無数の本達。
「いぜん、読んだ本で、このような言葉が出てきたのじゃ、いや、出てきたの、です」
流れる沈黙。
「そうなのか……、そんな本あったかな?まぁいい!とにかく目が覚めてよかった!傷は痛むか?お腹は空いてないか?」
矢継ぎ早に続けられる言葉にたじろぎながら、少し空腹である事を伝えると、父はすごい勢いで部屋を飛び出していった。
「母さん!!アオイが起きた!!飯を作ってくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
忙しない父に少し笑みが零れる。
どこに居ても家族とは、こうも変わらず心地よい物かと思う。
それにしても、この言葉、先程も少し考えたが、日本語では無い。
英語や、中国、韓国、どれも違う気がする。
一体ここはどこなのだろうかという疑問が浮かんだ。
自分の居場所という物に、恐らく当たり前の事であったアオイとしての儂は疑問がなかったのだろう。
その答えはアオイとして過ごした記憶の中には見当たらない。
部屋に置かれた物達はどれもが木造で、天井に電球なんて物は見当たらない。
木で作られた机の上には使いかけのろうそくが立っている。
文明のレベルが解らない。
電球さえないなんて事が、どんな田舎であるにせよ現代であり得るのだろうか?
探せばあるのかもしれないが、解らない。
5年間生きた程度では儂には解らない事だらけらしい。
ここで先程目についた本棚に目を向ける。
どれも背は古ぼけていて題名などは見当たらない。
儂は適当な本を手に取って開けてみると、そこには偶然か必然か、地図と思しき絵が乗っている。
教育はそれなりに受けていた様で、怪しい所はあるものの、辛うじて読むことが出来た。
儂は驚きを隠せないでいる。
この本に乗っている地図は、儂の知る世界地図とは似ても似つかなかった。
大陸は大きく分けて二つ。
そして国は大きく分けて四つ。
記憶の中で唯一はっきりしているこの場所の名前。
アイシアと呼ばれる土地を地図上で探し、自分のいる国を確認する。
国土は2番目に大きいぐらいだろうか。
豊かな自然に、海、と呼んでいいのかは解らないが、水も近い。
自然に囲まれた土地である事が解る。
国名は、ヴェイリース皇国。
聞いたこともない。
どうやら儂は想像も出来ない場所、以前の世界とは異なる世界にいるらしい。