3.二年越しの戦火2
「頭を上げなさい。従兄妹同士、皇都では兄妹のように育った仲じゃないか」
「はい、カオル兄様」
そう告げたカオル皇子にクロハはゆっくりと顔を上げた。
顔を上げたクロハに対し、ニッコリと微笑むカオル皇子であったが、その笑顔は何処までも張り付いていて、作り物めいた印象を拭えない。
そんな笑顔のカオル皇子に対し、クロハもまた、いつも儂に向ける無邪気な笑顔とは似ても似つかない作り笑顔を浮かべている。
「カイ!この小さい砦では総勢は入らんだろう。少し下がった所でキャンプをはれ。細かい指示はお前に任せる」
「仰せのままに★ご主人様!」
「……」
カオル皇子の指示に対し、答えたのは、二メートルをゆうに越す巨体の大男で、歴戦の勇を感じさせる精悍な顔立ちの偉丈夫だ。
しかし、余りにも見た目に反するその言葉に、ピキンと周りに冷気が走るのを儂は感じた。
寒すぎる。
「……あー、カイ将軍。もうあの件の罰ゲームは終了だ。通常通りでいい」
「……御意、我が君」
先程とは打って変わったその言葉と声色に、皆が安堵の溜息を吐いたのは言うまでもない。
閑話休題。
そして、カイ将軍が激を飛ばしながら指揮をしているのを後ろに、またもお互いが作り笑いを浮かべたまま、クロハが先に口を開いた。
「本当に、お久しぶりですね。カオル兄様が来てくださればこの戦、勝ったも同然です」
「はははっ、少し見ない間に、下手なおべっかまで使うようになったんだね。可愛い妹の成長した姿をみれて僕は嬉しいよ」
お互いがお互いに、作り笑顔を浮かべたまま会話は進む。
「そう言えば、もう初陣を済ませたんだって?いけないなぁ、クロハも曲がりなりにも皇族なんだから、然るべき時、然るべき場所をわきまえて―――」
「私の初陣ごときにお忙しい皇族の方の時間を割く事などありません。……勝って当然の様な戦は、戦とは呼べませんし、ね」
「……」
と、ここで今までの笑顔を止め、カオル皇子に表情という物が無くなる。
それは徹底された無表情で、大凡兄が妹に対して浮かべる顔とは到底思えなかった。
そしてカオル皇子はそのままゆっくりと、クロハへと歩み寄り、耳元で囁く。
儂は跪いたまま、視線を上に、その唇を読む。
読唇術はそれなりに得意だ。
「本当に、可愛いい妹だよ、君は。あんな事をしでかして置いて、叔父様まで巻き込んでこんな辺境へ飛ばされて、今度は戦争ごっこでお遊戯かい?……上の兄様達は止めたけど、やっぱりあの時君は殺しておくべきだったんじゃないかな?自分でもそう思うだろう?そうだ、いっそ今ここで―――」
「……やめろアオイ」
そう言って腰のショートソードに手をかけたカオル皇子の動きに反応して、儂は即座に動いていた。
カオル皇子の後ろから、手に持った棒手裏剣を首元へとやった所でアオイの言葉に儂は動きをピタリと止める。
暫く沈黙が続き、次の瞬間、パッとカオル皇子はショートソードの柄から手を離し、クロハの傍を離れた。
「ほんの冗談じゃないか。そんな顔をしないでおくれ。可愛い妹をいじめに来た訳じゃないんだ、僕は君たちを助けに来たんだからさ」
「はい、解っています。本当に、助かりました。有難う御座います、カオル兄様」
「ははっ、心のこもってないお礼っていうのも良いものだねぇ。……後ろの君、顔が怖いよ?そろそろ離れてくれるかい?僕の悪ふざけに免じて、君の不敬罪も問わないであげるからさ……、幸い、ここにいる4人しか目撃者はいないわけだし。……それにしても、可愛い妹に可愛い従者がついたものだね」
そう告げたカオル皇子に対し、儂は直ぐに傍を離れもう一度深く頭を垂れる。
「無礼を申し訳ない。何分冗談の通じぬ若輩者であるゆえ、平にご容赦を……」
「……別にかまわないよ。なんせ僕は冗談が通じる方だからね」
そう言って後ろで跪いている儂のほうへ振り向き、先程までのどの表情とも違う。
何処までも無邪気な、まるで子供が新しいおもちゃを見つけたかのような笑顔を儂へと向けてくる。
正直、怖気が走る。
儂が何も言わず、黙っていた所で、助け舟を出すかのように隣のミナト殿が口を開いた。
「カオル殿下、そろそろ軍議室の方へお通ししたいのですが、私が案内をさせて頂いてよろしいでしょうか?クロハ様は少し諸用が御座いまして……」
「ふぅん、諸用ね……。まぁいいさ。じゃぁ余り時間も無いし案内してもらおうか」
「はっ、有難う御座います。それでは此方へ……」
そしてミナト殿に案内され、カオル皇子は砦の中へと消えていった。
「相変わらず、癇に障る男だ。アイツは」
「……変わった従兄殿じゃな。冗談なのか本気なのか……」
「……アイツに冗談も本気も無い。見たままがアイツの全てだ。自分の言った事を平気で何度も撤回するようなヤツだぞ?質が悪いにもほどがある……、まぁだが、あの気分屋気質は、付け入る隙になる」
「……ほう。ふっ、ははっ」
クロハの言葉とその表情に、儂はつい笑みが零れる。
それを見たクロハは不満そうな表情を儂へと向けてくる。
「ふっ、そう睨むな。何、先程の作り笑顔よりも、今のその邪悪な笑みのほうがお主らしくて良いなと思うてな」
「むー、何だ、それは……。まぁいい、今回の戦で隙があれば躊躇はせん。この私が食らってやるわ!カオル・アマナギ!」
「……承知した。我が主」
今回の戦が、クロハと儂の血塗れた夢への第一歩となるのか、それとも。
先は毛先ほども見えぬが、今は死力を尽くすのみ。
もうすぐ夜も更け、明日へとなれば、否応なしに戦の火蓋は切って落とされるだろう。
儂は不安と喜びがないまぜになったような、奇妙な感覚に打ち震える。
武者震い。
これがそうなのだろうか?
そんな儂を余所に、クロハは前を歩き出し、すぐに儂は後ろへと続く。
「まずは軍議だ。ゆくぞ、アオイ」
「仰せのままに☆ご主人様!」
「……怒るぞ」
「……すまん。ちょっと言ってみたかっただけじゃ」
冗談というのは難しい物だ。
そんな事を思う儂であった。




