20.夜襲と救出3
元来た道をまた戻り、東入口を抜けて儂はもう一度キャンプ地へと踏み込んだ。
悲鳴や怒号も止み、そこら中に倒れている敵兵は鎧等を着る間も無かったのだろう、街でもよく見かける服装で血に染まっていた。
夜襲は概ね成功したと言える。
キャンプ地の中心へと進む道中、数多の亡骸を見たが、自国の兵の姿は殆ど無かった。
それでもやはり数人は命を落とした様で、所々で自国兵の亡骸も見て取れた。
しょうがないと言えばそれまでの話で、数多の敵を殺しておいて、こちらが数人死んだからと恨み事を言う訳にもいかない。
モヤモヤとした気持ちが心の中に生まれるが、それを直ぐに何処かへと仕舞いこんだ。
これから幾度と無く戦をするのだ。
それが儂の、夢だったはずだ。
中途半端に放り出すぐらいなら初めから望みはしない。
そう自分に言い聞かせる。
儂はもう踏み入れたのだ。
後戻りはしない。
儂は頭を振り、さっきまでのゆっくりとした歩みから一転、先程から声が唯一聞こえてくる場所、キャンプ地の中心へと駆け出した。
数分とかからずに中心地へと到着すると、そこに現在この場所に居る全ての兵達が集まっている様だった。
敵兵の一団を中心に囲い込んでいるようで、自国兵の前に立って対峙しているのは兵団長であるイリサワ殿、クロハに、ミナト殿の三人だった。
どうやら未だ抵抗を続ける敵兵の中の一人と、何やら話をしている様だ。
「無駄な抵抗は止めろ!もうお前たちに勝ち目等ないぞ」
「……うるせぇなぁ。寝込みなんぞ襲いやがって……、ふぁ、眠いじゃねぇかこのやろう……」
「お前達は捕虜として命は保証してやると言っているだろう?こうしている間にも息がある者達が死んでいっているんだぞ。そちらの兵の負傷者も診てやると言っているんだ。何がそんなに不満なんだ?ココで死にたいのか?」
そうゆっくりとクロハが言った所で、敵兵達が少しざわつく。
先程悪態をつき、アクビをしていた男はざわつく兵達を見回している。
どうやら彼が敵兵一団の長のようで、ひょっとするとこのキャンプ地の大将なのかもしれない。
一人だけ他の者とは一線を画す巨躯に、黄金色の鎧を身に纏い、バトルアクスと呼ばれる斧をその手に持っている。
そして一人、二人と、こちらへと下ろうと歩を進めた所で、そのバトルアクスは宙へと上がり、一気に歩み出した兵士の一人へと振り下ろされた。
振り下ろされたバトルアクスは、兜を安々と両断し、カランと音を立てて真っ二つに割れた兜が地面に落ちる。
下ろうとした一人の兵士は無残にも頭から首までを叩き切られ、そこから血が噴き出していた。
そして頭を真っ二つにされた兵士はゆっくりとその場で崩れ落ちた。
味方の兵と、敵の兵に少しの悲鳴と、ざわつきが生まれる。
そしてこちらに下ろうとしていたもう一人の兵士が直ぐ逃げる様に走り出した。
「ビックス!ザックス!!」
黄金鎧の男がそう言うと、男の後ろに控えていた二人の兵士が飛び出し、一人が逃げた兵士の足を切りつけ、膝をついた所をもう一人の兵士が首をはねた。
音を立てて倒れる首なしの兵士に、前に立つ三人と黄金鎧の男との間に、首が転がる。
「……鬱陶しい。なんだって俺がこんな目に合わなけりゃならねぇ?兵を率いて略奪しろって頼まれただけだぜ俺ぁ」
血に染まった黄金鎧の男は心底心外だとばかりにボリボリと頭を掻く。
「兵もよえぇ……、どこぞの村のゴロツキばかりよこしやがって、あの老いぼれめ……。終いには俺が連れてきた兵士まで敵に下ろうとしやがる。どんな厄日だ今日は」
黄金鎧の男は下を向き、ブツブツと独り言のように言葉を続ける。
不穏な空気を感じたのか、クロハがサッと手を上げると、隣にいるミナト殿とイリサワ殿が抜刀する。
それに続き、後ろに控える兵士達も次々と抜刀を開始。
「そう言えば俺の弟が見当たらねぇな……。お前ら知らねぇか?俺に似ず蛇みたいな細っこい奴なんだがよ。……お前らに殺されたのかねぇ。しょうがない弟だな、まったく……仇ぐらいは取るべきだよなぁ?」
軽く、道を尋ねる様な感じでこちらを見回し弟の事を尋ねる男。
この男がどこか可怪しいのは明らかだった。
一触即発の空気が流れる中、蛇の様なと聞いてピンときた儂は、恐らくあの男だろうと偵察の時に殺した男を思い出していた。
しかし、今のこの状況、囲んでいる敵の一団は十数人に対し、こちらは恐らく四十は居るだろう。
向こうに勝ち目は無いのは明白だが、あちらが決死の覚悟で突っ込んでくるとなると、こちらも無傷とはいかないだろう。
今はこちらへ下ろうとすれば味方であろうと殺すという所を見せつけ、恐怖で兵を縛っているが、あの男が居なくなればどうだろうか。
そこまで考えた所で儂は笑みを零す。
恐怖で支配された兵ならば、その恐怖の元を断ってやればいい。
そして儂は取り囲んでいる兵士達の間を縫うように抜け、クロハの後ろへと辿り着く。
「手間取っているようじゃの。クロハ」
「アオイか。何なんだあの男……、どうも気色が悪いな」
後ろからかけられた言葉にビクつく事もなく儂へと言葉を返すクロハ。
そのままクロハの後ろから儂は考えを話し、了承の意をもらった所で、儂はクロハの前へと出る。
前に出た儂に見向きもせず、未だブツブツと言葉を続ける男の額へと向け、儂は籠手から棒手裏剣を取り出し、打つ。
さすがにこれで終わるとは思っていなかったが、案の定、悠々と黄金鎧の男はバトルアクスの腹で棒手裏剣を受けた。
キィンと金属音が響いた事で周りが少しビクつき、ざわつきが起こる。
棒手裏剣は少し跳ね返った後、地面に突き刺さった。
男は取り敢えず受けたものの状況が飲み込めず、不思議そうな顔を浮かべている。
「……なんだぁ?」
疑問の言葉を発した後、ようやく儂の方へと顔を向けた。
「のう、そこの大将殿よ。相当な手練れと見受けるが、儂と一騎打ちと洒落込まぬか?」
「……チビ、ふざけてるのか?妙な格好しやがって……、それにてめぇ、その声、女でしかもガキじゃねぇのか?」
「ふっ、はははっ」
「……何が可笑しい?」
思わず吹き出してしまった儂に、黄金鎧の男が訝しげにこちらを睨む。
「いや、なに、今日全く同じことを儂に言った男がおったのでな……。兄弟とは、やはり似るものなのかのう?」
「……てめぇか、てめぇみてぇなチビに殺られちまいやがったのか……。……愚弟だが、仇を取らない訳にはいかねぇ。受けてやるよ!クソチビ!!」
存外うまく言った事に少し笑みが零れる。
口元を布で隠している為に相手に気取られる事は無いが。
儂の口車に乗ってきてくれた事はありがたい。
失敗すれば全面的にぶつかるしか無い所であった。
クロハに準備だけはしておくように言っていたが、その心配は一先ず無くなったと言っていいだろう。
黄金鎧の男はゆっくりと前へと歩みを進め、ある程度まで進んだ所でブンブンとバトルアクスを軽々と振り回し、構えを取った。
それを見た儂も、ゆっくりとまた歩みを進めた。
そして軽く屈伸し、構えを取る。
腰を落として足を開き、やや半身に、左手は肩の高さへ上げ、開いて前へ、右手は拳を握り、腰へ。
「そう言えば、名を聞いていなかった。教えて頂けるかな?大将殿」
「……天の右腕、五指が一人。グダン・P・アックス……。この名、冥土の土産に持っていけ、チビ」
「ほう、立派な名前じゃな。儂は、そうじゃのう……。シノビとでも名乗っておこうかの」
「……どこまでも、ふざけた、チビめ……」
怒りに打ち震えるグダンを余所に、儂の心は落ち着いていた。
それどころか、強者と戦りあえるという事に喜びさえ感じているようだった。
先祖の武勇伝、それは忍びとしての一面と、武人としての一面を合わせ持つ物であった。
「てめぇ、こいつらの前で犯して、殺して、死体をもう一度……」
「あー、それも弟殿が言っておったぞ。二番煎じは止めておけ。良くは知らぬが、しぼーふらぐと言うやつかもしれぬぞ?」
「はぁ?わけわかんねぇ事言いやがって!!ぶっ殺してやるから向こうで弟に犯してもらえやっ!!」
「お、それは新しいのう。やれば出来るではないか……、では、ゆくぞ、クロハ様がシノビ!推して参る!!」
こうして敵味方に囲まれる中、真夜中の一騎打ちが幕を空けたのだった。




