16.偵察
儂は極力音を立てない様に夜の森の中、枝から枝へと飛び移りながら木の上を移動する。
目指すは真っ暗な森の中で一際目立つ明かりが灯る場所。
月明かりも対して期待出来ない樹木生い茂る森の中で、あれほど火を焚けば位置は一目瞭然だった。
まぁここいら周辺は街人も滅多に入らない奥深くではある為、あの明かりが街へ漏れる心配は無いだろう。
儂はキャンプの全貌が見える程度まで近づき、枝の上で停止する。
遠目に見て目立つ人影は十人程だろうか。
内半分は恐らく見張りと言った所で、キャンプの所々で立ったまま動きがない。
残りの半分は動きがある為、恐らく小用等だろう。
ここからでは更に奥が見えないが、キャンプの場所は森の開けた部分で、一番奥に見える一際大きいテントが最奥で間違いないだろう。
所狭しと並ぶ大小中様々なテント達の後ろには大きな岩山群があり、後ろからの敵襲等は心配無さそうだ。
まずこちらから正面のキャンプの入り口付近に見張りが二人、右側に一人、左側に二人、立ったまま動きがない。
全貌を見た所のキャンプの規模からして、人数は恐らく中隊規模程だろう。
この世界での小隊とされる人数が三十人で、中隊が小隊を四つ合わせて百二十人が大凡の定数とされている。
儂は少し思案する。
中隊となると、案外思っていたより多い。
今アイシアの街に駐屯する兵団が中隊規模だ。
戦闘となるとほぼ同数対同数になる。
噂通りのならず者の集まりと言うならそれほど脅威ではないだろうが、さて。
ここまで考えた所で、少しどんな人間がいるのかを見ておくかと近づいてみる事にする。
今いる位置から右側へ迂回し、岩肌が現れるまで進む。
そこまで行った後、儂はようやく地に足を降ろし、キャンプへと近づいた。
見張りが立つ場所までそう遠くはないが、相手もそこまで警戒している訳では無さそうで、手に槍を持った見張りの男は見るからに怠そうに立っていた。
この程度なら潜入は容易そうだ。
儂は早速見張りの男の目を盗み、キャンプの中へと足を踏み入れた。
キャンプ地に入った直ぐ近くのテントの影に身を隠し、辺りを見渡す。
幸い夜も更けているので、先程チラホラと見て取れた人影達もテントの中に入ったようで、今目につく人影はない。
儂は籠手の布地と鉄板の間に作られたポケットから棒手裏剣を一本取り出し、布製のテントに小さい穴を開け、中を覗く。
中の男達はまだ眠ってはいない様で、テントの中を照らすロウソクの明かりで四人の男達が見て取れた。
四人共それぞれ歳は三十代から四十代と言った所で、無骨さが目立つ。
どうやら話をしているらしく、儂は聞き耳を立ててみる。
「くそっ、俺達ももっと早く参加してりゃなぁ」
「あぁ、今頃ついこの間襲った村の女共とお楽しみだったのによ」
「いやー、でも幹部連中だけでしょー?俺らじゃむりでしょー」
「ばっかお前、もっと早く参加してりゃ幹部なんて余裕だっての!」
「はははっ、いーや、お前は無理だね、無理無理」
「んだとっ!」
そこで儂は聞き耳を立てるのをやめた。
話の内容はどれも役に立つとは思えない他愛の無い物だ。
そこから数箇所のテントを見て回ったが、どの男も似たような類である事は間違いなく、どうやら噂通りのならず者の集まりだと判断して良さそうだった。
とここで、最後に見たテントの影に隠れ、そろそろ帰還しようかとしていた矢先、最奥に位置する大きいテントから出てくる人影が二つ見えた。
先程の男たちが話をしていた幹部と呼ばれる奴かと思い、どのような男か少し興味をそそられた儂は少し近づいてみる。
何やら揉めているのか、テントから出て少し進んだ所で止まっている。
儂は少し離れたテントの影からそれらを覗き見た。
一人は線の細い男で、目は細く釣り上がっている。
蛇のようなと表現するとしっくり来る顔立ちに、その線の細さ等から妙に嫌悪感を覚える男だった。
そしてもう一人は、子供だった。
街でもよく見かけるロングスカートに、シャツという服装に身を包むその子は、年端もいかぬ少女であった。
顔立ちや体躯から察するに、恐らく儂より年下だろう。
先程から涙目で訴えるように抵抗する少女に、迫る蛇男。
状況から察するに、恐らく、そういう事だろう。
暫しの時間抵抗する少女を宥めるような動きを見せていた蛇男だったが、痺れを切らしたのか、蛇男は少女の頬をはる、強く、音が響く程に。
頬を抑えてへたり込む少女。
儂は頭に血が上るのを自覚したが、自重する。
今ここで出て行く訳には行かなかった。
唇を強く噛み締めていると、蛇男が動きを見せた。
へたり込み、放心状態の少女の腕を取り、殆ど引きずる様に移動を開始した。
最早されるがままに引きずられる少女の姿に心が痛む。
儂はこれから起こるであろう事を想像する。
心が痛む程度では済みそうになかった。
儂は移動を開始した二人を追う。
悠々と見張りの男達を素通りする蛇男とは裏腹に、見つかる訳には行かない儂は少し迂回し、大急ぎでまた二人を追った。
迂回によって時間を食った儂は少しの間二人の姿を見失い、また見つけた時、そこはキャンプ地から少し出た森の中だった。
見ると蛇男は少女の両手を抑え、覆いかぶさっている。
今一度儂は頭に血が上るのを自覚し、今度は自重する事無く地を蹴る。
蛇男が何故外へ出たのかは解らないが、想像するに恐らく外でする行為に興奮する輩なのだろう。
今はそんな事はどうでもいい。
急ぎ近づこうとした所で二人に変化が訪れる。
覆いかぶさっていた蛇男が急に少女から身を離した。
蛇男を見ると口元を抑えている。
恐らく少女が口でも噛んだかと想像するが、次の瞬間、頭に血が上ったのか蛇男は腰にさしたショートソードを抜き放った。
儂は舌打ちをした後、籠手から棒手裏剣を取り出し、構え、打つ。
儂が棒手裏剣を打つ瞬間、近づいてくる儂の存在に気づいた蛇男は頭を狙った棒手裏剣を咄嗟に左手の平で防御する。
棒手裏剣は蛇男の手のひらを貫き、中腹程度まで刺さった所で動きを止めた。
「ぐぅぅっ、いてぇ……、んだぁこりゃぁ……」
ここで儂は二人に近づき、姿を晒す。
「少女から退け」
「……そしてなんだぁ、てめぇは。妙な格好しやがって……」
儂の言葉に、蛇男は儂の姿を舐める様に見た後、立ち上がった。
少女は第三者の登場を喜んでいいのかどうか、状況が飲み込めていないようでキョトンとしている。
儂は蛇男の足元にいる少女をチラリと見た後、前に立つ蛇男を睨みつけた。
「……おーおー、えらく睨んでくるじゃないの。さっきの声、てめぇ、女か?それに小せえなぁ。子供かよ」
「……」
蛇男の言葉に、儂は無言を返す。
そして蛇男は徐ろに左手に刺さる棒手裏剣を無造作に抜き、投げ捨てる。
蛇男の左手から赤い鮮血が滴り落ちる。
「畜生……、こんな穴開けやがって……、いてぇ、いてぇよ。てめぇ……、絶対許さねぇ。……なぁ、てめぇ女なんだろう?なら両手切り落としてから犯して、殺して、もう一回死体を犯してやるよ!!ヒャはっ、想像したらおっ勃ってきたぜ!」
下卑た言葉に下卑た笑い。
嫌悪感しか浮かばない。
儂は軽く屈伸した後、構えを取る。
葵流基本構え。
構えを取った儂に、蛇男は剣を右手に持ち、距離を詰めてくる。
「死ねこらぁぁぁ!!」
無造作に剣を振り上げ、振り下ろす蛇男の雑な攻撃を左方向に半身になって交わし、隙だらけの脇腹に右拳を食らわせた後、バックステップして距離を取る。
「うごっ!!……て、てめぇ」
蛇男は脇腹を抑えてこちらを睨んでいる。
前世での儂ならば今の一撃で終わっていたはず。
軽い拳に苛立ちはあるが、籠手で補強された事により、感触から察するに肋骨の一本程度は折ったはずだ。
脇腹を押さえてこちらを睨んでいた蛇男は、ゆっくりとまた儂の方へと近づいてくる。
「殺す……、殺してやるから……てめぇ、動くんじゃねぇよ……」
ゆっくりと、ブツブツと喋りながら儂へと近づき、蛇男はまたも無造作に剣を振り上げた。
動きが遅く、動作が雑で力任せ。
全く、なってない。
そして振り下ろされる剣。
雑で速度の無い斬撃に、儂は宙で剣の腹に左掌を添え、右拳を叩き込む。
キィーンと甲高い金属音が響き、蛇男の斬撃は儂に当たることなく空を切る。
蛇男は切ったはずなのに切れていない儂を不思議そうに見た後、ガサッと何かが落ちる音がしたほうを見る。
そして、剣を見た。
中腹程から叩き折られた自分が持つショートソードを。
「……はぁっ!?」
疑問の声を上げる蛇男の顔に、儂は左拳を叩き込んだ。
「ぎゃっ……」
短く悲鳴を上げた後、仰け反る様に鼻を抑える蛇男に、儂は無防備となった体、蛇男の心臓に位置する場所へと右拳を放つ。
葵流「衝葉」
「かっ……、ひっ……」
妙な呼吸を繰り返した後、男は心臓を抑えたまま、その場へと倒れた。
蛇男は目を見開いたまま歯を食いしばり、苦悶の表情のまま動かない。
最早心臓は動きを止め、もう動くことはない。
儂は蛇男に手を合わせる。
どれほど下卑た男であろうと、死せば人間変わらず唯の骸。
儂は合わせた手を解き、両の手を見つめる。
少し震えていた。
技の特性は熟知している。
これを人に使えばどうなるかは解っていた。
儂は、この世界で、人生初の人を、命を断つ感触を知った。
この時の気持ちを後になって思い返して見てもよく解らないの一言に尽きる。
何故なら色々と思う所はあったが、その全てを直ぐに仕舞いこんだからだ。
感傷に浸っている時間は無い。
儂は座り込んでいる少女へと近づき、その頭を撫でた。
不思議そうな顔で儂を見上げる少女。
「……もう大丈夫じゃ。大事ないか?」
儂の言葉に少女はコクリと頷く。
どうしたものか暫し考えたが、連れ帰る他無いという結論に至る。
「儂はこの先のアイシアの街の者じゃ。街まで逃げるぞ」
ここで儂は少女に走れるか聞こうとした所で、その足に怪我をしているのを見つける。
深くは無いが、これでは痛むかもしれない。
儂は懐に入れてあった手拭いを取り出し、傷口に巻いてやった後、少女に背を向けてしゃがんだ。
「儂の背に乗れ。乗り心地は保証せんが……、その足で走るよりはマシじゃろう」
少し躊躇っていた少女だったが、恐る恐ると言った様子で儂の背に乗った。
そして儂は元来た道を少女を背に負い、走る。
「のうお主、名は何という?」
「……カエデ」
「ほう、カエデか。……良い名じゃ。家はどこじゃ?街に帰ったら直ぐに、……は無理じゃが、送ってもらえる様頼んでやろう」
そう言った儂に、カエデは黙り込み、ギュッと儂の首に回す腕が急に強張ったかと思うと、カエデはポツポツと言葉を零しだした。
「……家は、もう無い。……あいつらに焼かれた。お父さんもお母さんも……、私の前で……、私は……、私は」
「もうよい!……すまん、カエデ。もうよい……、儂がおるから、そのように震えるな。嫌な事を思い出させてすまんかった」
儂はカエデの悲痛な声色に、堪らず言葉を静止する。
年端もいかぬ子供には酷すぎる。
あのままあいつらを野放しにしておく事は出来ない。
一刻も早く街に戻り、クロハに伝えねばならない。
そう思い、儂はスピードを上げ、夜の森を疾走するのだった。




