14.クロハと儂の髪
とある昼下がり、儂はアイシアの街の最奥に構える領主の屋敷へと足を運んでいた。
何故ここへ来たかと言うと、クロハに遊びに来いと言われたからに他ならない。
領主の屋敷に到着した儂は、鉄柵で出来た巨大な門を通り、よく整備された長い庭を抜けて玄関へと足を進める。
木造の二枚扉に備え付けられた鉄の輪でノックし、暫し待っていると、ゆっくりとした足音が近づき、ドアが開いた。
中から出てきたのは、黒い執事服を身にまとった狐目の優男だった。
彼はドアを開いて視線を下へ、儂の方へと向ける。
「おやおや、アオイ殿でしたか。いらっしゃいませ」
「おぉ、これはミナト殿。先日の茶菓子は美味しく頂かせてもらった。全く、見事としか言い様がない味じゃった」
「それはそれは、アオイ殿の口にお合いしたなら何よりです。アオイ殿の仰っていた味に限りなく近づけたと自負はしておりましたが、何せ、見たことも聞いたことも無かったので難儀しましたが……」
「うむ。正しくまんじゅうその物であった。儂もまさかまんじゅうをもう一度食す事が出来るとは思いもよらなんだ。ありがたい事じゃ。ミナト殿には感謝しておる」
「いえいえ、勿体無いお言葉です。そう言えばあのお菓子、お嬢様にも食して頂いたのですが、どうもお気に召さなかったようで……」
「儂にはこの上無く美味であったがのう……、また頂きたい物じゃ」
「えぇえぇ、構いませんよ。もうレシピも覚えましたので、宜しければ今日お土産にお持ち下さい。アオイ殿がご帰宅されるまでに作っておきましょう」
「おぉっ、まことかっ。かたじけないのう……。ミナト殿さえ良ければぜひお願いしたい」
「えぇえぇ、お任せ下さい。お嬢様の子守をして頂くのですからこの程度……、あいたっ」
と暫く玄関で話し込んでいた所で急にミナト殿の体が跳ねる。
ミナト殿がゆっくりと振り向き、儂も何事かとミナト殿の後ろを覗いてみると、そこには不貞腐れた様な顔で腕を組むクロハの姿があった。
ミナト殿はその姿を確認し、動じること無く、仰々しくお辞儀をする。
「これはこれは、お嬢様。御友人のアオイ殿がお見えですよ。今部屋へお通ししようかと……」
「ええいっ、うるさい!ミナト!誰の子守りだと!?」
「……いえいえ、誰かそんな事をおっしゃいましたか?まさかっ、クロハお嬢様を捕まえて子守などと、えぇえぇ、まさかまさかですよ。まさかそんな謂れのない事でわたくしのお尻を蹴りあげたのですか?」
「……もういい。全く、二人して玄関で長話など、年寄り臭いぞ」
悪びれる様子のないミナト殿に笑いが零れるが、それを見たクロハが儂まで睨み、悪態をついてくるのでこれ以上は笑わずに置く。
「さっさと私の部屋へ行くぞ。アオイ」
「おぉ、そうじゃな。それではお邪魔する」
「どうぞどうぞ、ごゆっくり」
そう言って未だお尻をさすっているミナト殿に軽く頭を下げた後、クロハに先導され、掃除の行き届いた廊下を歩き、クロハの部屋へと足を運ぶのだった。
通された部屋は、白を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋で、本棚に机、ベットとあまり女の子らしい物は見当たらず、儂の部屋とよく似た感じだ。
唯一違いがあるとすると、それは鏡のついた化粧台がある所だろうか。
部屋に到着するとほぼ同時に、クロハはその化粧台の引き出しから櫛と思しき物を取り出し、ベットへと腰掛け、自分の前の床にクッションを置いた。
それを見た儂は、またかと少し溜息を吐き、手招きをしているクロハに渋々従い、クッションの上にクロハに背中を向けて腰掛けた。
そして徐ろに儂の髪を解きだすクロハが口を開いた。
「全く……、窓からお前が来たのが見えたが、中々来ないから何をしているのかと思えば……」
「仕方なかろう。ミナト殿と少し話をしておったのじゃ」
「私の悪口で盛り上がってたんだろ。お前たち二人の事などお見通しだ」
「馬鹿を申すな。確かにお主の話も出たが、馬鹿になどしておらんぞ」
「ふん、どうだか」
「全く、難儀な奴じゃのう。お主も」
未だ不貞腐れているクロハに、少し面倒臭く思いつつ、されるがままに髪を解かれながら、暫く切っていない為に、大分伸びてしまったな等と考える。
今の長さは肩甲骨から少し下程度だろうか。
暫く無言で髪を解いていると、少し機嫌が戻ったクロハが口を開く。
どうも儂の髪を解くのがココ最近のクロハのお気に入りで、髪を触らせておけば機嫌が治るのは簡単でいいが、儂は未だにこの感覚に慣れず、余り好きではない。
「アオイ、また髪の手入れをしてないな。この前言っただろう。また傷んでいるぞ」
「あー、すっかり忘れておった」
「わっ、忘れるなってあれほど言っただろう!全く……、綺麗な黒髪なのに勿体無い……」
「そうは言うが、面倒臭い物は面倒臭いのじゃ」
「お前と言う奴は……、女の子の自覚が無いのか?」
「無いな」
「即答するな!!馬鹿!!」
「いっ……!」
そう言うと同時に、クロハの手に少し力が入り、櫛が髪に絡まったのか後ろから髪を引っ張られた儂はクロハを見上げる形になる。
「痛いぞ。クロハ」
「あ、あぁ、ごめん……」
下から見上げる様にクロハを見つめ、苦情を言う儂に、何故かクロハは顔を逸らしながら謝る。
少し不思議に思いながらも、また首を元の位置に戻し、クロハは何事も無かった様にまた儂の髪を解き始めた。
「……全く、本当に困った奴だなアオイは。お前には恥じらいやら、女らしさという物がごっそり欠けているぞ」
「恥じらいのう……、儂には必要ない様に思うが……」
「……少しは持ってくれ。ユウキも偶に困ってるだろ」
「あぁ、アヤツはマセとるからのう。困ったやつじゃ」
「いや、その点に関して困ったやつなのはアオイだ!」
「ふーむ、そうか?……しかし、この髪も動くのにそろそろ邪魔になり始めた。いっそ短く切ろうかの」
「なっ、ダメだ!絶対ダメだ!」
儂の言葉に酷く慌てた様子で、クロハは儂の頬を持ち、自分の方へと向ける。
「なっ、なんじゃっ。そんなに慌てて」
「髪を切るのはダメだ!!長い方がアオイには似合うと思う!絶対だ!!短くするなんて私は断固として反対する!!」
えらく必死なクロハに、儂はあっけに取られる。
「しかし、手入れも面倒じゃしのう……」
「む……」
そう言う儂にクロハは困ったような顔をし、黙りこくる。
その様を暫く見ていたが、儂はしょうがないとばかりに溜息をついた。
「クロハよ、そろそろ手を離してくれんか。首が痛くなってきた」
「あ、あぁ」
「……本当に難儀なやつじゃお主は。……短くはせん、しかし今の長さまでじゃ。さすがにこれ以上伸びたら邪魔になる」
「本当か!?」
「あぁ、今の程度なら問題無い。しかし、手入れはせんぞ」
「わかった。なら私が手入れをしてやる。任せろ」
「他人の髪の世話等面倒であろうに。おかしな奴じゃのうお主も」
「いいだろう別に、アオイの髪が好きなんだ」
「まぁ人の趣味趣向にどうこうは言わんが……」
「うるさいなぁ、私が好きなのはアオイの髪だからだ!」
「ふっ、まぁ良いわ」
そうして、他愛の無い会話に、ミナト殿に入れてもらった茶を飲んだりと、ゆったりとした時間が流れて行く。
とっぷりと日が落ちる頃、儂は土産に頂いたミナト殿作のまんじゅうを片手に、家路へとついたのだった。




