プロローグ
「儂も、どうやらここまでかのう」
ポツリと呟く。
天寿を全うしたと思う程には生きた。
床に伏せって早1年。
最早助かる見込みもなかった。
「人生に後悔は無い。しかし、心残りはある」
床に伏せる儂の周りには、我が子とその家族が座っている。
独り言のように喋る。
聞こえてはいるのだろうが、誰も口を開こうとはしなかった。
「最早現代に需要は皆無。仕えるべき者も、必要とする者も、遂には現れなんだ」
ポツリポツリと言葉を零す。
相変わらず、周りは口を開かない。
年寄りの最後の戯言に、皆は静かに耳を傾けている。
少し目を瞑り、物思いに耽る。
自然と口元が緩んだ。
良い家族に恵まれたと思った。
幸せな人生だった。
そんな事は口が避けても照れくさくて口に出せそうにないが。
「現代に忍びの家系に生まれた事、全くの無意味であったか。遂にはこの力、振るう事無く天寿を全うする事になりそうじゃ。いつか、時が来る。そう信じ続け、最早その時は来ずと悟るが、この様な今際の際とは、儂もとんだ間抜けよ」
口から出るのは愚痴ばかり。
「我が子らよ、我らが葵流忍術、もう後の世に伝える事は無い。儂が最後じゃ」
その言葉に頷いたのを確認し、微笑む。
「戦国の世から続きし葵流忍術も遂に潰えるか……。一度、唯の一度でも良い。思い切り暴れて見たかったものよな……。叶わぬ、夢か」
目を閉じる。
そろそろ限界が近い事を感じる。
意識が遠い。
苦しみは最早無かった。
儂を呼ぶ声が聞こえる。
周りに座る家族の声が。
儂のようなひねくれ者を好いてくれた事、感謝する。
「我が人生に後悔は無い。良い人生であった。しかし我が力、終ぞ振るえなんだは唯一の心残りよ……」
最後の最後まで愚痴が零れる。
その言葉を最後に、儂の意識は暗い闇へと落ちていった。
どれほどの時が経ったのか定かではないが、暗い闇に落ちた意識に、今一度光が指す。
死期を読み違えたかと恥ずかしさが込み上げるが、どうも可笑しい。
ゆっくりと目を開けると、そこには雲ひとつ無い蒼天が広がっていた。
部屋の中に居たはずなのに何故と、疑問しか浮かんでこない。
暫く呆けたまま空を見ていたが、自分が大の字に寝転がっているのに気づき、ムクリと体を起こす。
ズキリと後頭部に鈍痛が響き、手をやると、ぬるりとした感触を感じた。
手を見るとどうやら血が出ているらしい事が解る。
「一体何がどうなっとる?」
つい声に出して疑問を口にした所で、また一つ不可思議な事に気づく。
今まで散々付き合ってきた自分の声という物がまるで違う色で耳に響く。
やけに高い。
風邪でも引いたかと咳払いをするが、それもまた耳に違和感を覚える。
まるで幼子のような声だ。
自分が一体どうなってしまったのか、想像もつかない。
儂はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。
どうやら起伏が激しい草原にいるらしい。
その起伏の上に見えるのは規則的に積まれた長い石垣。
あそこから落ちたのだと、何故か理解する。
そういえばあそこの石垣の上を歩いていた様な気がする。
誰かの静止を聞こうともせず、笑いながら。
「なんじゃ、この感覚は」
覚えがあるという事は、確かに今しがた儂はあそこで遊んでいたのだろう。
体験した覚えがない事象が次々と記憶となって頭に流れこんでくる。
頭が割れるように痛い。
怪我のせいなのか、この不可思議な現象のせいなのか判断がつかない。
たまらずうずくまり唸っていると、遠くから声が聞こえる。
「アオイーーーー!!」
「アオイ!!無事かっ!!!?」
なんとか顔を上げる。
知らないが覚えている。
儂の名前を呼ぶ声。
目に入ってきたのは、緑生い茂る坂を滑り降りてくる人の良さそうなメガネをかけた男性と、髪が短かく少し目が鋭い女性の姿だった。
その光景を見て何故か安心感を感じた儂は、そこで意識を失った。