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第二話

 洋子は政人とずっと一緒にいる。政人は勝手に付いてきて、洋子はそれを拒絶しない。洋子が母と夕飯を取る時も洋子の後ろには政人がいた。母とは話さず、ずっと自分の背後に意識を向けながら食事をする。雑に口の中に入れるので味噌汁の具が何であったか記憶していない。そのまま入浴しに洗面所に向かう。

 政人はずっと黙っていた。親が家にいる時に洋子の部屋以外で話しかけると、洋子は不機嫌になった。特に親と一緒の部屋にいる時にはドアを思い切り締めて大きな音を立てるなどして露骨に怒りを表現する。洋子が親を嫌っていることは生きている時から知っていたが、洋子の家で過ごすのは死んでからが初めてで、最初のうちはよく洋子を怒らせていた。虐待を受けているという様子はない。遺恨があるからこそ口を利かないのだろうが、過去に何があったのか知ることはできそうにない。結局そういう怒りやすい状況にある時は何も言わないでいることに決めた。

 洋子は椅子に座りシャワーを浴びる。自分の胸から下を濡らすシャワーヘッドを見つめていた。洋子は、ふう、と大きな溜め息をついてから、

「いつもありがとね」と言った。

「どういたしまして」

 政人は死んだ時のポロシャツにジーンズという格好のまま浴槽の縁に腰かけていた。どうせ濡れることはないと横着しているのだった。風呂に浸かっても何も楽しくなかった。洋子の手に触れれば自分の手より冷たいことがわかるのだが、風呂の温かさは政人にはわからなかった。

 洋子は体を足から洗う。下から上へ。最後は髪の毛。そのような習慣も生きている時には知らなかった。幽霊になって一緒にいることが当たり前になって、様々なことを知った。好きな人のことをずっと見ていていいのだから死んでよかったと思えなくもない。洋子にだけは触れることができるというのも気の利いた奇跡のように思われる。洋子が死んだら彼女は天国に行ってしまって、自分だけこの世に取り残されるのではないか。今の幸せの代償としてそのようなオチが待ち構えているような気がするくらい奇跡であった。


 洋子は早くに眠る。夜は親が家にいる時間帯だから、あまり起きていたくないのであった。逃避先であった政人の家はもうどこにもない。

 政人は眠れない。外には出ない。もしかしたら洋子が目を覚ますかもしれない、そして寝付けずに苦しむかもしれないと想像すると怖くて外をうろつくことができない。今の政人にできる愛情表現は洋子が求めた時に触れることだけであった。洋子のことが好きだ。結婚するつもりだった。天国に行かなかったも洋子を愛していたいという未練があったからだ。

 眠れずに過ごすことは辛いが慣れた。夜に限らず洋子が本を読んでいる時も待っていなくてはならない。そういう時は昔のことを思い出したり、未来のことを空想したりする。もし自分が生きていて、洋子との関係も上手くいっていたら。そんな未来を思い描くのである。空想は政人に優しかった。空想の中で政人はミュージシャンになったり大企業の社長になったりケーキ屋のパティシエになったりした。時には洋子を大企業の社長にした。大して興味のない夢を一つ一つ叶えていった。他人事だから自分と洋子を不幸のどん底に落としてみたりもした。住居がなく夜になると公園で抱き締め合って眠る男女になって、それだけ自分たちの絆は強くなると思い込んだ。

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