俺と山本
俺には幽霊が見える。
見えるだけならよかった。が、見えるだけでなく、超ド級の霊媒体質でもある。さらに悪いことに、見える、感じる、霊媒体質なのに、まったくそれを祓う力はない。
今までいろんな神社や寺、秘境にあるようなところにまで、お祓いに行ったが、その時憑いているものを祓ってもらえるだけで、すぐに新しいのに憑かれてしまう。
憑かれていると、体は重いし、夢見は最悪だし、金縛りにあうし、心身ともに疲労する。が、仕方がないこととして、諦めの境地に入ったころ、それは起こった。
体が軽い、周りに何もいない。
こんなことは物心ついて以来初めてのことだ。なので、俺は必死に原因を探った。
そして、分かったのは、一人の女生徒のそばにいるおかげだということ。そいつの名前は山本奈美子。席が隣になったことでわかった。
山本は普通のやつで、そんな特別な力があるようには思えない。しかし、原因は山本だ。それは間違いない。どうにかして近付かなければ。そろそろ、夏休みに入る。せっかく得た快適な生活を手放すには惜しい。人は、不快な環境にはなかなか慣れないが、快適な環境にはすぐに適応してしまう。俺も、最近の調子のいい生活に慣れているので、夏休み中は前よりももっときつく感じるだろう。
なので、友人時任に相談してみることにした。こいつは、俺の体質を唯一知っているやつで、それなりに長い付き合いだ。
「山本さんに近付きたい?お前が告白すれば、大体の子はオッケーするだろう?」
確かに、俺の顔はいい。ついでに頭も運動神経もいいが。そうか、告白すれば、手っ取り早くそばにいれるか。やるな。
「あっ、もしものために、いいことを教えてやるよ。山本さん、眼鏡男子が好きらしい」
どっから仕入れた情報かと聞こうと思ったけど、想像がついたのでやめた。大方、女の子から聞いたんだろう。
しかし、眼鏡か。念には念を入れて、用意しておくか。もしもということがある。
そして、決戦の日。俺は、山本を呼び出した。
やってきた彼女はどこか挙動不審で、なぜか、腹が不自然な膨み方をしていた。何か仕込んでる。何考えてんだ、こいつ。しかし、それはできるだけ表情には出さないように努める。一応、これは告白なのだ。相手がどんなにおかしい格好をしていても。
「山本、俺と付き合って」
そう言った途端、彼女は目を見開く。驚く気持ちはわかるが。
そして、顔をしかめる。なんで、その表情が出るのか理解に苦しむ。
彼女にとって俺が告白したことは全くうれしいことではないようだ。
「勘違いしてるようだが、ただの虫除けだ」
なので、腹が立って、つい、本当のことをいってしまった。
一瞬、わけのわからなさそうな顔をした後、納得したようにうなずく山本。
何かろくでもないことに納得したような感じがする。
「ふっ、こっちはお前の弱点まで調査済みだ」
本当は使わずとも快諾させるはずだったが、仕方がないな。時任はいい情報をくれた。今度何かおごってやろう。
気を取り直して、了承させるための秘密兵器眼鏡を懐から取り出し、すちゃっと装着する。
装着した瞬間目の色が変わった。先ほどまで、気だるそうにしていたくせに、眼鏡を付けた途端、食い入るようにこちらを凝視している。作戦通りだけど、なんか悔しいな。
「確かに私は眼鏡が好きだけど、眼鏡だけで動く女だと思っているんなら、考えが甘いわー」
「俺を凝視しながら言われてもまったく説得力がないな」
言ってることとやってることが矛盾してるぞ、おい。そんなに、俺の眼鏡姿が好きか。俺の眼鏡なしだと、見つめても頬を染めもしない癖に、今は目が合わずとも、顔を赤くしている。
「付き合っている間は、俺はずっと眼鏡をかけ続けてやるけど」
こいつの眼鏡男子好きはかなり重症だな。眼鏡似合う男になら、ふらふらついて行って、簡単に誘拐されそうだけど、大丈夫かとつい心配になってしまう。大きなお世話だと思うが。
「いいよ」
その提案に対してしばしの思案の後応えたが言った後、はっと我に返ったように間髪入れずに否定する。
「うそうそ、間違えた。無理無理絶対無理」
「いいって言っただろう?よし、言質はとった。付き合うんだから、できるだけ一緒にいろよ」
一度、了承したわけだし、これで押し通そう。これで、夏休みの快適な生活は約束されたも同然だ。それに、ほかの女みたいに煩わしくなさそうだし、気軽な付き合いができそうだ。
「ちょ、ちょっと待って。無理だから」
「知るか」
「落ち着いて考えてみなよ。私がいたところで、女の子除けになるわけないじゃん」
突然何言いだしてんだ?そんなこと、俺言ったっけ?
「何言ってんだ?お前にそんなことを期待するわけないだろう」
鼻で嗤ったあと、こちらをにらんでくる。うん、こいつ、ほんと飽きない。
「でも、女の子(虫)除けって言ったでしょ」
「お前、ひどい奴だな。自分の級友たちを虫扱いするとか」
この言葉は冗談。思い返してみると、俺の事情を知らない人間からすると、あの言葉はそうとらえられても仕方がないと思う。
「じゃあ、何なのよ。虫って何?」
「虫っていうのは・・・。ちっ、なんでもない。気にすんな」
不機嫌そうに聞いてきた言葉にどう返すべきか。正直に言っても信じてもらえる気がしないし、時任以外に言ったことがないことを、今日初めて話したやつに告げるのはやっぱり抵抗がある。
「じゃあ、いいよ。けど、付き合うのは、無理だから」
無理矢理付き合ったりするのは健全ではないか。山本にも悪いしな。さっきまでは、ちょっと、自分のことでいっぱいいっぱいで、自己中心的な考えに走っていたかもしれない。
逆の立場にたって考えると、こっちの意見無視で付き合ったことにされた奴に強制的に夏休み呼び出されたり、付きまとわれたりしたら、うん、むかつくな。
別に山本は人に言いふらすような人間ではないと思う。いや、仲良くないから知らんけども、こいつがクラスの人間から頼られている様を見るとそう思う。
俺のこれからを握る人間かもしれないし、事情を明かしてみるのもいいのではないか。そう思った。
「わかったよ。その、あれだ。ぜってー信じないと思うけど、霊だよ。なぜかお前のそばにいると、霊障が収まるんだよ」
俺の気も知らずに、わけがわからんという顔をしてくるので、思わずため息をついてしまった。俺が人にこのことを話したのは初めてなのに。
「幽霊の霊だよ。昔っから、霊媒体質で困っていたんだけど、なぜかお前の近くにいると、霊がいなくなるんだよ」
「それは、本当の話?」
こちらの話を頭っから疑っているわけではなく、ただ確認するように聞いているのがわかったので、気にならなかったし、話さなかったらよかったとも思わなかった。なので、素直に答えることができた。
「本当だよ。証明はできないけどな。お前の近くにいると、全然憑かれないからな。家が神社だとかそういうことが起こる心当たりはあるか?今まで、どんなお祓いとか祈祷行ってもダメだったのに、山本の近くだと、すぐに体が軽って夢見もいいし、金縛りもない」
おかげで、席替えをしてからは、快適すぎて、ついつい寝てしまう。家で寝るよりも、ずっと快適に眠れてしまうのだ。
「心当たりはないけど。普通のサラリーマン家庭だし。けど、そういう理由なら、別に付き合わなくてもよくない?友達で十分でしょ」
俺の話を信じたのか、俺がしたものとは別の提案をしてくる。俺の話を馬鹿にもせず、頭っから否定したりもせず、かといって流したようでもない山本に対して、感謝の念がわく。こいつに話してよかったと思える。
「そうか、友達という手もあったか。女と近づく方法なんて、付き合うくらいしか思いつかなかった」
感動のあまり、本心がぽろっと出てしまった。あっ、痛いな、その眼。
「友達付き合いするなら、眼鏡は外しといてね。たまにかけてって頼むかもだけど」
友達になるのに、惚れさせアイテムは必要ないか。大体の女は俺に近づく目的は一つだったから、そういう友人付き合いができるとは思えないが、山本なら大丈夫そうだ。眼鏡にしか興味ないようだし。それでも、たまに頼むかもと言ったところにこいつの眼鏡好きの業の深さが読み取れるが。
「それはいいけど。最初っから聞きたかったんだが、腹に何を仕込んでいる?」
友達になると決まったところで、最初から気になっていたことを聞く。なんで告白されるのにそんなもんを仕込んでくるんだ、こいつは。やっぱ、どっか変だよなーと思う。
「さすがに女の子殴るとは思えないけど、念のためにね」
「男が呼び出したら、告白が定番だろ。どんな曲解をした?果たし状にでも見えたか?」
普通の呼び出し文であったはずだ。そういう、暴力的なことを匂わすようなものはなかったはずなのに。
「だって、あの友前が私に告白するとは思えなくてさ。じゃあ、何か気に障ることでもしたかなと思って」
「いや、だからって」
「もういいじゃん。よくわからないけど、長期休暇とか辛くなったら、呼び出していいよ。近くにいるだけでいいんでしょ?」
この話題はもう辛いのか、強引に話題を変えてくる。
その申し出はとてもありがたい。
最初に考えていたように強引に付き合っていたら、決して彼女の方から、こんなことを言ってはくれなかったはずだ。そういう点から考えても、俺らがした選択はベストであったんだろうな、と思える。
そうやって友達になった俺たちだけど、俺が山本のことを好きになり、眼鏡をかけた男子を警戒する羽目になったり、山本に好きになってもらうために眼鏡をいつもかけるようになるのは、まだ先のこと。
後日談書きたいです。友人カップルについても。
友前くんは自分の顔に絶大なる自信を誇っていましたが、眼鏡なしでは山本さんにはつうじませんでした。ちょっとナルシストの入った子です。
時任君は、女好きでしたが、山本さんの友達を好きになってからは、一途です。友前くんの情報は古いよ(´・ω・)