パーキングエリア
————あの子、可愛いですね
里志が悩ましそうに呟いた。
「出会って間もない女に何を期待してるんだお前は」
「そりゃあ色々期待するじゃないですか。今時ヒッチハイクなんて聞いたことないですよ」
確かに聞いたことがない。
俺たちは京都へ旅行に向かう道中、ヒッチハイカーを拾った。女だった。普通ならば無視するところだが、ドライバーが里志だったのがいけなかった。女に目のないこいつは当たり前のように、ごく自然に車を止め、女を拾ったのであった。
女は志津子と名乗った。猫目でさっぱりとした顔立ちの美人である。
何でも、京都へ旅行に行こうと思い立ち、移動費節約のためにヒッチハイクをしていたのだそうだ。
いや、バイトしろよ。または親に無心しろよ。ともかく金貯めてから行けよ。
「はあ……今時ヒッチハイクとかマジかよ……」
「いいじゃないですか。女性の一人旅。何かロマンに溢れた感じじゃないっスか。恋が始まりそうな感じじゃないっスか」
「お前はまた……八人でもう充分間に合ってるだろ、お前は」
こいつには八人の恋人がいる。本人は浮気ではないと言い張っているし、八人の恋人たちも容認しているので、今のところ大きな問題は起こっていない。
「先日九人になりました」
マジかよ。八岐大蛇から九尾狐へ昇格か。
「それでもまだ足りないのか」
「足りるとか足りないとかじゃないんスよ」
理解できん。
タバコに口をつける。
それにしても、喫煙所が屋外とは。確かにベンチもあるし、飲食用の卓もあるので文句はないが、閉め出されている感は否めない。
いや、そこまで言うのは贅沢か。
何となしに辺りを見渡す。
暗い。
やはり出るのは明日の朝でもよかったのではないだろうか。里志は、しきりに夜の出発を推していたが、こう暗いとなると風景を楽しむことすら出来ない。そうなると俺も一つ損をした気分になる。
暗がりを見回していると、ヒッチハイカーが飲み物を持って戻ってきたのが見えた。
「買ってきたよー。ほれ、千ちゃん」
「ああ、ありがと」
コーヒーを受け取る。
「志津子さん、俺のコーンポタージュは?」
「売り切れだとさ。あたしのきつねうどん分けてやるから、我慢してくれ」
「むしろ嬉しい!」
これだものなあ。
「なあ、何で金もねえのに旅行なんだ?」
「行きたかったからだ。思い立ったが吉日だぜ、千ちゃん」
無駄に行動力が高い。しかしそれに金が着いていけていない。
「いやあ、それにしても外で喰ううどんは最高だな。ほら里志、食っていいぞ」
油揚げしか食べてないじゃん。
「いただきまーす」
遠慮もなしにうどんを啜る里志。こいつはこういう所が受けるのだろう。基本的に無邪気だからなあ。
「いい食いっぷりだねえ。千ちゃんもちゃんと食った方がいいぜ? タバコだけじゃあ体に悪い」
正論だ。
「しょうがないっすよー。センパイは文学部っスから」
これはよく判らない論理だ。
「なるほどなー。確かによく見れば、生前の芥川みたいな顔してるよ」
納得された。っていうか生前の芥川ってなんだよ。生前に会ったことあんのか。
「結構男前なんだよなー千ちゃんは。でもメンソール吸ってると立たなくなっちまうぞ。むざむざ男前を捨てることもあるまい」
「そりゃ都市伝説だろ」
「トシデンセツ? ああー、長尾郁子とか?」
「そりゃ超能力者だ」
都市伝説という言葉すら知らなかったようである。
「誰っすか?」
「えっ!? 長尾郁子を知らないの? もう超有名人。当時はめちゃくちゃ騒がれたんだから」
だから当時って何だよ。志津子はどうも自分が産まれるより前のことをまるで見てきたような物言いをする癖があるようだ。
大体にして、長尾郁子はそこまで有名人という訳ではない。そりゃあ当時はそれなりに騒がれたんだろうが、現代人にもその名が知れているとは思えない。
「長尾郁子といえば念写だよ」
「念写っスか」
「そう、画用紙とかに念じたことを焼き付けるヤツな」
益体のない会話だ。
「へえ。あ、そうだ。写真と言えば、この前心霊写真撮りましたよ」
「またその手の話かよ……」
俺は基本的に里志のそういう体験談を信じてはいない。
「またその反応ですか。でも今回はちゃんと現物が残ってますからね。いやあ、写真ってのはいいですよねえ。幽霊が見える、所謂霊能力者ってやつは頭のオカしい人で終わっちゃいますけど、写真は皆で確認出来ますから」
確かに霊能力者というのは古今東西胡散臭いが、心霊写真は視覚情報の共有という強みを持っている分、それが加工であろうと不気味に感じるものだ。
「心霊写真ねえ。面白そう。見せてくれよ」
「ノリがいいっスねー」
里志は箸を置き、スマートフォンを取り出す。
「これっス」
里志が見せたのは、本人が彼女三号と一緒に何処かの展示場で撮ったと思しき写真だった。きっと誰かに撮ってもらったのだろう。
「この絵の縁の下の方に何か顔みたいなのが映ってるでしょ?」
俺と志津子はぐいと画像に顔を寄せる。
確かに人の顔に見えないこともないが、正直微妙な所である。
「こりゃ偶然そう見えるように映っただけだろ」
「そう言うと思ってましたよ。志津子さんはどうっスか?」
「んー、いやあ——どうかな。あたしはそんなんより、この子が気になるな」
志津子は彼女三号をまじまじと見つめている。
「可愛いなー。お前こんな可愛い子と付き合ってんのかよ」
そっちか。確かに可愛いが、同性の容姿にそこまで反応するか。
「そうなんですよ。この子は付き合ってる女の子の中で一等容姿がいいんです」
「は? 付き合ってる女の子の中?」
そういえば志津子には里志の交友関係について話していなかった。さてどうしたものか。
「ああ、えーと。俺、九人恋人がいるんスよ。で、この子は三番目に付き合い始めた女の子なんです」
自分で説明してしまった。少しは躊躇しろよ。
「ほー、なかなかやるじゃねーか。いいねえ、好色な男はモテるぞー」
簡単に受け入れやがった。
「別に好色って訳じゃないですけど」
「そうなの? まあ色々あるのか。色事だけにね」
「心霊写真はもういいのか?」
逸れた話を本筋に戻す。
「あ? あー、こりゃあ埃かなんかじゃねーの? 光の当たり具合とかでもこう見えたりするんだろ?」
「うーん、やっぱ違うんですかねー」
里志は残念そうに肩を落とす。
心霊写真なんて気分のいいものではないはずだ。違うのならばむしろ喜ぶべきことではないのか。
「じゃあ、ここで撮ってみるか? 雰囲気抜群だし、何か映ってもおかしくなさそうだ」
ううん、この前後の別を気にしない行動力。見習いたいような見習いたくないような。
「それいいっスね」
「千ちゃんも撮ろうなー」
「俺はいい」
写真に映るのは苦手だ。俺は撮る側にまわらせてもらおう。
「なんだよー、別に魂なんか取られたりしねーって」
「そういうことじゃない。自分が映った写真が存在すると自覚するだけでゾッとする。それが他人に見られたりするのを想像すると更にゾッとする。そしてまたそれが、後世に残るのかと思うと死にたくなる」
「変な性癖っスねー。センパイって変な所で神経質」
何とでも言うがいい。写真などこの世からなくなってしまえばいいのだ。
百歩譲って、人を映してはいけない法律を作れ。千歩譲って条例でいいから。
「うーん、でも千ちゃんと写真撮りたいなー。一期一会っていうだろ。これも何かの縁だと思って、な?」
ここまでお願いされると揺らぐ。
やはり俺も女性に弱い。しかし、仕方がないと言えば仕方がない。俺も男の子ですからね。
「しょうがねえな……」
「じゃあ撮りますか。えーと場所は――」
「そこの自販機の近くでいいんじゃねえの?」
確かにここならいい光源になる。
「じゃあ俺と志津子さんから。センパイ、お願いします」
里志からスマートフォンを受け取る。
「あ、そうだ。あたし、カメラ持ってない」
「俺が後で送りますよ」
「送る?」
「メールで」
「めーる。ああ、携帯電話な」
こいつヤバい。どれだけ時代に取り残されているんだ。
「あたし携帯電話持ってない」
「は!? マジっスか!?」
どうやって今まで生きてきたんだ。しかし、持っていないものは仕方がない。代わりを用意しよう。
「里志、お前カメラ持ってきてただろ」
「ああ、ありましたね」
里志は手持ちのバッグからインスタントカメラを取り出した。今時インスタント。旧式のデジタルカメラなら安く購入出来るこのご時世、こいつも大概取り残されている。
「これなら後で現像出来ます」
俺たちはそのカメラで撮影会を行った。
「いやあ、楽しみだなー」
「現地で現像しましょう」
「いや、帰ってからでいいよ。フィルムも勿体ないし」
「そうですか? でも俺ら志津子さんの連絡先知りませんよ?」
そうだ。志津子は携帯電話を持っていない。これでは連絡の取りようがないのではないか。
「お前ら東京住みか?」
「ええ」
「あたしもだ。住所教えとくから後で届けてくれ」
本当に現代人とは思えんな。しかしまあ、こういうのも良いかもしれない。手紙なんて書く機会はなかなかあるものではないのだから。
「さ、そろそろ行こうぜ」
「ん、そうだな」
うどんの入っていた容器をゴミ箱にいれ、俺たちは車に戻る。旅行の続きだ。
ともあれ、今は写真に何が映っているやら、少し楽しみである。




