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【短編小説】バイクNO移植ガール電車亡き女想

掲載日:2025/12/16

「海を見たことがないの」

 彼女は死にかけている。一度も海を見る事が無いまま。

 その海が何を意味するかは知らない。

 たぶん東京湾じゃないだろう。

 それならおれも海を見たことが無いことになる。だからおれは考えるのをやめた。

 考えるのをやめた時に何をするかと言えば、セックスか寝るかバイクに乗ることくらいだし、いまのおれにできるのはバイクにのる事だけだ。

 その2ストロークのバイクはもうすでに40歳近く、酷く揺れる車体は冷却液のバルブを緩めている。

 オーバーヒートを起こしたエンジンはもしかしたら割れているかも知れない。

 つまり死んでいると言う事だ。

 いや、まだ走るのだから死にかけていると言った方が正確かも知れない。



 人間の脳味噌もオーバーヒートを起こせば二度と元には戻らない。

 昔ニュースで見た。

 熱中症を起こした元人間は酷い姿だった。

 それに比べたらバイクはまだマシだ。

 パーツを取り換えれば済む。

 そのパーツも、もう40年前のバイクじゃあ揃わないから高くつくが仕方ない。

 でもそれを覚悟して買ったんだ。

「バイクの修理が完了しました」

 おれはセックスや眠りを中断して起き上がる。


 そうだ、バイクを迎えに行こう。

 おれはヘルメットを持って電車に乗るマヌケた男だ。下駄を無くしたサムライ。鼻をなくした象。イオンを無くした田舎町。

 単線の列車が横切る風景。

 東京にだって単線電車は走っていてそいつがどこかで上りと下りをすれ違わせながら走っている。

 おれが乗っているのが上りか下りかは分からない。

 どっちにせよ田舎だ。

「東京はデカい田舎だからな」

 歯のないジジイが笑う。

 お前は何年前に人権を無くした?

「おれには関係がない」

 ジジイはもうおれに興味を無くしている。

「どこにいくんだ?」

 ジジイは面倒くさそうにスポーツ新聞を掲げる。

 競馬場や競艇場の無い方が下りって考えても良い。そっちが下りってのはゲンが悪いからな。



 たった数駅の短い路線が加速し続けていったらどうなるんだろう、タウゼロの宇宙船みたいにどこまでも加速して、おれたちは光りの線になった星々を眺めるんだ。

「東京の光はそうやってできているんだ」

 田舎から吸い寄せられた人びとが弾き返されてスターダストになる。

 流星群だ!

 もしかしたら光すら知覚できない速度になるかも知れない。



「タウゼロとブラックホールではどっちが強いんだろうな」

 おれはジジイに訊く。

「悪魔は黴に弱いんだよ」

 そのジジイはおれ自身か社会そのものだ。

 頭のデキが違いすぎて会話が成立しない。

「おれみたいになるなよ」

 おれの声かジジイの声かも分からない。

 だけど優先席で勉強している女学生の広げている参考書もタウゼロになってしまったら意味は無いし、腹立たしい上司や部下の愚痴を言うサラリーマンだってタウゼロになってしまったら意味が無い。

 そもそもそれらに最初から意味があるのかも怪しいけれど、意味なんて言うのは後にならないと出てこないのだから仕方ない。

 そういう意味では宝くじを買うのに似ている。意味に向かわないと意味は出てこないが、意味に向かわなけば最初から意味なんてものは存在しえなくなる。


 がたん、と電車は揺れるが横転したりしない。


「バイクとは違うんだね」

 セックスを中断された女が言っていた。

「今後に移植技術が発展して、おれの首にお前の首を追加で移植できる事が可能になったとしたら、それはそれでアリなのかも知れない」

 それはセックスだろ。

 なんだってセックスだ、フロイトくずれのセックスメタファー中毒者たちがおれを見ている。

「やめろよ、別に面白いことなんて言わないぜ」

 または熱中症で壊れたお前の脳味噌の、まだ辛うじて生きている部分をおれの脳味噌にくっつけるとか言う事が可能なら、それもまたありなのかも知れない。

「そいつはセックスか?」

 ジジイが訊く。

 お前は金を払ってセックスしてろ。まだ勃起するチンコが付いてるならな。



 電車はタウゼロになることなく速度を落としていく。

 リインカーネーションの速度もいつか落ちる。地球の自転と同じだ。

 魂があるとしてその器が減り続けたら魂はどこにいくんだ?

「多摩市はここだよ」

 ジジイが真顔で答える。

「ありがとう」

 魂と言うものが脳味噌のどこに収納されているのかいまだに解明はされていないはずだが、そうなったときにおれとお前の関係性はどうなるんだろうか。

「それはセックスですか?」

 女学生がノートを広げておれを見ている。

「そう思うんならそうなんだろ、お前の膣ではな」

 もっと言えばお前をバイクに移植してしまえば走った時に今よりも気持ち良いかも知れないし、それこそタウゼロになるまでアクセルを開け続ける事になるかも知れない。

 女学生は参考書を閉じない。

 サラリーマンは愚痴を止めない。おれのバイクはどうなるんだろう。

「わたしは?」

 女が訊く。

「じゃあ死のうか」

 ブレーキレバーを、窓から投げ捨てた。

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