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醜い妹と美しい姉~どちらが聖女になるのか明らかですね?~

第1話


 この王国には唯一無二の聖女がいる。

 全ての神の加護を受け、王様よりも地位が高いとされる絶対的な聖女。

 あたしの名前はニナ、その聖女の候補だったりする。

 でもあたしが聖女に選ばれることは決してない。

 なぜならネナ姉さんがいるから――


「まあ、ニナ。ご機嫌麗しゅう?」

「あ……姉さん……」


 ネナ姉さんはあたしを見下して、にっこりと微笑んだ。

 神殿の床掃除をしていたあたしは雑巾を手にしたままぼんやりと顔を上げる。

 そこにあったのは満月のように美しい顔、光の梯子みたいな黄金の長髪、滾々と湧く泉の如き双眸……ネナ姉さんはとても美しい。

 あたしと双子の姉妹だなんて思えないほど、美しい。

 あたしはじっとネナ姉さんの大きな瞳を見る。

 すると瞳の奥には信じられないほど醜い少女の顔が映っていた。


「ニナったら、神殿の掃除をしていたのね? なんて偉いのかしら! わたくしもお手伝いしていい?」

「え、ええ……」


 ネナ姉さんがこちらに手を差し伸べ、雑巾を渡せという。

 あたしは促されるまま雑巾を差し出した。

 その時――


「いけません!」

「……きゃあッ!」


 突然、手が叩かれた。

 あたしは思わず叩かれた手を庇う。

 すると複数の足音が響き渡り、あたし達姉妹を取り囲んだ。


「なんてことをなさるのですか、ニナ様! 次期聖女であらせられるネナ様に床掃除をさせるなど……無礼にもほどがあります!」


 そこにいたのはネナ姉さんの侍女達だった。

 全員が目を三角に尖らせ、あたしを睨んでいる。


「で、でも姉さんがしたいって……」

「嘘をおっしゃらないで! ネナ様がいくらお優しいからと言って、掃除をやらせようなんて図々しいですよ!」

「そうですよ! 床掃除など下賤な仕事、醜いあなたにはお似合いでしょうが、ネナ様には相応しくありません!」

「そ、そんな……掃除をやらせようなんてしてないわ……」


 困ったあたしはチラリとネナ姉さんを見た。

 すると姉さんは慈悲深い笑みを浮かべ、侍女達を眺めていた。


「まあ、あなた達。そんなにわたくしのことを心配して下さったの? お礼にお茶を振る舞いたいのですが、よろしいかしら?」

「本当ですか! ネナ様!」


 その言葉に侍女達は誇らしそうに微笑み合う。

 そしてネナ姉さんと侍女達は踵を返し、この場から去っていった。

 ひとり取り残されたあたしは鏡のように磨かれた神殿の床をじっと見詰めた。

 そこには醜いあたしの顔がはっきりと映っていた。

 双子の姉妹でありながら、姉は美しく、妹であるあたしは醜い――しかもネナ姉さんは魔法の才能があるのに、あたしにはほとんどない。

 姉妹のどちらかが聖女になるのかはもう決まったようなもの。

 でもそれでもいいの。

 だって才能のある者が聖女になった方が多くの人を救えるから。

 あたしは遠くに落ちていた雑巾を持つと、再び神殿の床を磨き始めた。

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第2話


「ニナ様、あなたをこの神殿から追放します」

「え……?」


 聖女の試験が明日に迫っていた頃。

 突然、告げられたのは信じられない言葉だった。


「ど、どうして……? あたしが何かしたというの……?」

「これは神殿に住む侍女全員の意見です。醜く才能もないあなたは聖女になるのに相応しくありません。ネナ様の邪魔になる前にこの神殿から出ていって下さい」


 あたしの部屋の前にずらりと並んだのはここに住む全ての侍女。

 その全員がこちらをじろりと睨みつけている。

 あたしは目の前が真っ暗になった。

 そんなにあたしは嫌われていたの……?

 そんなにあたしは憎まれていたの……?


「あなたに与えるものはこの皮袋に入った金貨三枚だけです。これを持ってさっさと神殿を出ていって下さい」


 あたしは押しつけられた革袋を抱えたまま呆然としていた。

 でもすぐに侍女達に手を引かれ、部屋を追い出される。

 そしてあたしは追われるように神殿を去った。

 遠くから姉さんがこちらを見ていた気がしたけど、きっと気のせいだろう。

 優しい姉さんがこの仕打ちに関わっているはずがないもの。




………………

…………

……




 ふう、ようやく追い出せましたわ。

 わたくし――ネナはほっと溜息を漏らします。

 本当にニナは目障りでしたわ。わたくしが毎日いい子ちゃんを演じても、ニナがその上を行くいい子を見せつけるから、わたくしが霞んでいたもの。

 それに決定的な問題もありましたわ。

 これは国の秘密ですけど、大神官が全ての神々の声を聞いたところ、“ニナを聖女にする”という神託がほとんどだったという事実――

 わたくしはそれを聞いて怒りに震えましたわ。

 この美貌を使い、神官や貴族……あらゆる権力者を抱き込んでいましたのに。

 本当に忌々しい。何度殺してやろうと思ったか分かりませんわ。

 だからわたくしはニナを神殿から追放することにしました。

 侍女達は喜んで手伝ってくれましてよ? 残念でしたわね、いい子のニナ?

 まあ、今頃は魔獣の餌になっているでしょうけどね?

 それでは治癒の仕事と称して、殿方と遊んできますわよ!

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第3話


 あたしは神殿を取り囲む森をひたすら歩いた。

 この森は神殿に救いを求める貧しい人々が集まって来る場所――

 危険なので、神殿に住む者達は決して足を踏み入れない。

 しばらく行くと、木陰から男の人が歩いてきた。


「あぁ……お嬢ちゃん……。お恵みを……お恵みをくれんかね……」


 その人は襤褸を纏っていて、足を引き摺っていた。

 あたしはその姿に胸が痛んだ。


「この皮袋の中に金貨が三枚あります。どうか役に立てて下さい」

「おぉ……おお……! ありがとう、ありがとう……!」


 男の人はあたしから革袋をひったくると、街の方へ消えていった。

 これでこの人の暮らしが良くなればいいんだけれど……。

 森をしばらく行くと、孤児達の集まりに出会った。

 子供達は木の根元に座って、焚火を囲んでいる。

 よく見ると、服を着ていない子供達もいる。

 あたしが目を丸くしていると、裸の子供達が擦り寄ってきた。


「ねえ……とっても寒いんだ……。その服ちょうだいよ……」

「ええ、いいわ」


 あたしは着ていたものをすぐさま脱いだ。

 大きい子には服を、小さい子には下着をあげた。

 全裸になってしまったけれど、長い髪で隠れるから大丈夫よね。

 それより子供達が風邪を引いたらいけないもの。


「それじゃあね」


 あたしは嬉しそうな子供達に手を振り、さらに森の奥へと歩いていった。

 森はどんどん色濃くなり、不気味な雰囲気が漂っている。

 すると目の前に倒れ込む女の人の姿が見えた。


「だ、大丈夫ですか……?」

「うぅ……あぐぅ……――」


 駆け寄ってよく見ると、その女の人は疫病に侵されていることが分かった。

 瞼と鼻と唇は溶けてしまい、手足は動かず、死を待つのみだった。

 あたしの胸は張り裂けんばかりだった。

 この命を捨てても、この人を救わなければと叫んでいた。

 あたしは女の人の耳に口を近づけてこう言った。


「よく聞いて下さい。あたしはこの森の先の神殿に住む聖女候補でした。でも魔法の才能はほとんどなく、あなたを癒す魔法も使えません」


 ガラス玉みたいな女の人の目がじっとこちらを見ている。


「でもこの命を差し出すことで、あなた一人を助けるという禁断魔法だけは使えます。今からそれを使おうと思います。いいですか?」


 女の人はしばらく無言だった。

 でもわずかに顎をコクリと動かした。

 あたしも頷き返し、禁断魔法を発動させる。

 この体は分解され、女の人の新しい体を構成する粒子に変化する。

 ああ、命が削られていく……。

 その時、胸の奥から本心が湧き出してくるのが分かった。

 本当はもっと生きたかった――

 もっと生きて、沢山の人を救いたかった――

 でも大丈夫。

 だってネナ姉さんがいるもの。

 あの優秀な姉さんが聖女になったら、沢山の人が救われる。

 きっとこうなるのが神様の意志だったの。

 崩れ落ちていく自身の体を眺めながら、あたしはこう思った。

 すると天から美しい声が聞こえてきた。


 ――ああ、ニナ。我は死にゆく時も人間達の救済を願うお前に味方しよう。

 ――優しいニナ。私もあなたに味方するわ。魔法の才能をあげましょう。

 ――愛しいニナ。どこまでも献身的なお前に新しい体を与えてやろう。

 ――純粋なニナ。わたくしはあなたにぴったりの美を与えましょう。

 ――心強きニナ。貴様の憎き相手を葬り去る力を授けて進ぜよう。




 ……………………

 ………………

 …………

 ……




 一体、何人の声が響いたのかしら。

 散り散りだったあたしの体はひとつになりつつあった。


「あ……あぁ……ああ……!」


 光の洪水の中で、あたしは地に立っていた。

 裸だったはずの体には美しい衣を纏っている。

 そして目の前にはさっき助けた女の人。

 疫病はすっかり癒えたようだけど、彼女は手を合わせて震えていた。

 どうしてかしら?

 どうして彼女は泣いているの?

 その濡れた瞳を覗き込むと、この世のものとは思えない美少女が目に入った。

 それが自分だと気づくのにそう時間はかからなかった。


「あたしは命を差し出して死んだはずなのに……どうして……?」


 そう呟くと、再び美しい声の数々が天上から響いた。


 ――神々全員があなたを復活させたのですよ。

 ――今や神々は全てお前の味方だ。


 その言葉を聞いたあたしは感動に咽び泣いた。


「そうだったのですか……! ありがとうございます、神様……!」

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第4話


 あたしが跪いて天を拝むと、今度は厳しい声が聞こえてきた。


 ――では、今から真実を伝えよう。

 ――あなたを追放したのは姉のネナよ。

 ――ネナはあなたにとって恐ろしい敵なのです。


「そ、そんな……姉さんが……?」


 あたしが驚愕していると、天上の声は震えるようにこう告げた。


 ――しかし私達神々が罰を下しておきました。あなたは今すぐ飛行魔法で神殿へお帰りなさい。そこにネナはいます。


「わ、分かりました! 今すぐ向かいます!」


 あたしは言われた通り飛行魔法を発動すると、宙に浮かび上がった。

 森の上空を駆ると、私の体から美しい金の粒が零れた。

 その粒は貧しい人々の手に吸い込まれ、その体を癒し、活力を与えていく。

 それはきっと神様の恩恵――

 あたしは感謝のあまり涙を流していた。

 しかしその時――


「あぁ……! 神殿が燃えている……!」


 目の前には火に包まれた神殿があった。

 あたしは身に着けたばかりの水魔法で火を消していく。

 どうやら見る限り侍女達が火を放ったみたいだった。でもなぜ?


「こっちへ来るな! 化け物!」

「ああっ! 食われるッ……――」


 神殿の奥――そこから侍女達が次々と逃げてくる。

 しかし奥から肉塊のような巨大な手が伸び、侍女を捕まえる。

 そして侍女を掴んだまま神殿の奥へ引き込んでいた。

 あれは人食いの魔物かしら――早く助けないと!

 あたしが駆けつけようとした時、騎士団が到着した。彼らは一斉に神殿の奥へと駆けていき、雄々しい声を上げる。どうやら魔物と戦っているみたい。

 あたしもそれに続き、神殿の奥へ向かった。

 しかしそこにいたのは――


「あぁ……あぁああぁ……ニィナァ……――」

「ネナ姉さんッ……!?」


 そこにはネナ姉さんの顔をした巨大な肉塊がいた。

 それは騎士団の攻撃を受け、瀕死だった。

 ああ、ネナ姉さんが死んでしまう――

 あたしは血と汚物を噴き出し、波打つ巨体に治癒魔法をかけようとした。

 でも力強い手に掴まれ、それはできなかった。


「だ、誰……!? 離して……!」

「俺は騎士団長のカイアです。その容貌、見違えるようですが、ニナ様ですね?」

「そんなことどうでもいいの……! ネナ姉さんが死んじゃう……!」

「落ち着いて聞いて下さい。我々は神託により遣わされたのです。心優しきニナ様は邪悪な姉を葬れない――だから騎士団が手を下せと、神が言われたのです」

「あ……ああ……そんな……――」


 目の前でネナ姉さんが溶けていく。

 その顔貌は邪悪そのもので、恐ろしい。

 しかもその口から呪詛の言葉を吐いている。


「うぐぐ……ニィイナァ……お前は……よくも……ウガアアアア」

「黙れ! 邪まなる女よ! とどめを刺せ!」

「ギャアアアアアアアアッ! ウギャアアアアアアア!」


 騎士団の攻撃にネナ姉さんは息絶えた。

 あたしは顔を覆い、涙を流す。

 すると――


「大丈夫ですか、ニナ様……」

「あ……カイアさん……」


 彼は恭しく跪くと、あたしの手を取る。

 その顔は端正でありながら精悍で、胸がドクンと跳ねた。

 そしてカイアさんは真剣な表情をすると、力強くこう言った。


「あなたの追放に加担していた侍女達は大半が食われましたが、逃げたものは全て捕らえました。これからは我が騎士団が聖女であるあなたを護ります。ご安心を――」

「聖女……? あたしが聖女なの……?」

「ええ、あなた以外、聖女はあり得ません。神々もそう言っておられます」

「あ、ああ……――」


 そしてあたしはこの国の唯一無二の聖女となった。

 全ての神の加護を受け、王様よりも地位が高いとされる絶対的な聖女。 

 ネナ姉さんの死後、その悪事が次々と明らかになり、神様の裁きは正しかったのだと思えるようになった。

 でも姉の失態は妹のあたしが挽回しなきゃ――

 今では騎士団長のカイアさんと手を組んで、弱者を救う取り組みをしている。

 彼はあたしが責任を取る必要はないと言ってくれるけど、そんなことできない。

 そう言うと彼はあたしのおでこにキスをして、微笑んだ。


「優しいニナ様――あなたこそが聖女です」


 その言葉にあたしはようやく微笑むことができた。

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