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第1話 今のわたしにできること②



 心の声が聴こえる貫解師(かんかいし)の卵のわたしには、家族の思いがわかってる。

 天才には子供が2人いた。

 そのうち、将来有望なのは1人だけだった。


 誰かを救える力があるって、わたしも認めてもらいたかった。

 だけどもう……臆病になってしまった。


 緩和材保管庫(チェスト)に入れられてるときにはジっとしている。

 お父さんの手が私の手を握って外に連れ出してくれるのを静かに待つのだ。


「リーナ、着いたよ。窮屈じゃなかったかい?」

「ううん、平気! ここが──〈学院〉?」

「その敷地の一角にある治療施設だよ」


 真っ白な棚に囲まれている細い通路を、転ばないように慎重に歩く。

 寒々しいところだけど、方々から馴染んだ空気が漂ってくる。

 これ、チェストの本体かもしれない!


「狭いから気をつけて」

「はーい」


 導かれて広い空間に出られる。

 わたし、お父さんを尊敬してるから穏やかな人が好き。

 反面、騒がしいのは苦手で……隠しようがない歓喜を湛えた大人の男の人達にわっと取り囲まれて後ずさってしまう。


「閣下!!」

「閣下、ご無沙汰しております。この度はご足労いただきありがとうございます」

「申し訳ございません、閣下。閣下のお手を煩わせることになってしまい……」


 勢いが怖くて背の高いお父さんに隠れる。

 興奮と一線を画した、わたしへの、落胆。

 この人達も悪気があるわけじゃない。尊敬する閣下のお嬢さんが小心者で──〈学院〉に選ばれた双子の兄(ルード)と違うから戸惑っている。

 共感力があるのはいいことばかりじゃない。

 遮断の技術が低いとなんでもこうやって拾っちゃうんだ。

 外に出るとだめだな、わたし。


 落ち込んでると、革靴の底がトンっと鳴って『閣下』と呼ばれた人が1秒間威圧を放った。

 お父さん──心配しすぎだよ。


「挨拶はあとだ。第1処置室だね、セダムくんの容態を向かいながら説明してくれ」

「はい! 皮膚の3割ほどに結晶が現出(げんしゅつ)しています。ご子息の睨みどおり緩和剤で対処していたようです」

「困ったことをする子ですよ!」

「発生箇所は?」

「左脚、ふくらはぎの辺りですかね──下肢全体がすでに硬直しています。会話が可能なのはおおよそ30分です」


 大股で早足の大人達をがんばって追いかけながら、患者さんの現在の状況を想像する。

 現出、体内の結晶が皮膚表面に出てしまっている状態は……つまり、結晶化による全身硬直と呼吸困難による窒息死が近いということだ。


 なんでそんなになるまで放っておいたの!!

 すぐ傍に貫ける貫解師の友達(ルード)がいたのに!


 曲がり角で振りきられてしまったけど、短い廊下を走ってみんなに遅れて目的地に到着できた。

 閉じきられた扉の上のランプは赤の点滅。

 ドクンと心臓がイヤな音を立てた。

 けれどわたしに気を配ってもらいたいときじゃない。

 背中を丸めずに、肺の中の空気を意識的に入れ替える。


「それではこれから、ルスカリード・ダングルフィーと助手タギタナがセダム・ユナシュキュパールさんの治療に当たります」

「よろしくお願いします」

「よっ、よろしくお願いします!!」

「タギタナ。顔が固いよ。患者さんにはリラックスしてもらわないとならないんだ。君にはセダムくんの話し相手になってもらいたい。任せたよ」

「はい……!」


 返事はしたけど、やっぱり考えちゃう。

 どうして、わたしに──?

 貫解師は心をほぐす達人だ。お父さんは微笑みと話術でどんな人からも信頼を得るのに、立ち会いに大きな意味があるのかな。


 考えるより、動け。思考しながら対処しよう!

 ドアが開けば先生の纏う雰囲気がガラリと変わる。

 わたしも笑顔を浮かべた。

 ここにいるのは泣き虫なリーナじゃなくて、タギタナだ。


 中は真っ暗だった。

 廊下の明かりから、うちの診療所の待合室の倍くらいはある空間に、ベッドがポツンと置いてあるのが見えた。

 視えている、ここで鈍痛に耐えている人の真っ黒い結晶が、シーツに覆われていても視えてしまう。


「ひっ……」

「初めまして、セダム・ユナシュキュパールくんだね?」


 有害な煙を吸い込んだときの、目と喉と鼻が蝕まれる感覚、不意打ちの不快感。

 口を抑えてしまったわたしは本当になってない。

 先生は、さすがだった。


「どなたですか……?」

「ルガルトの父のルスカリードだよ。共にいるのは娘のタギタナ。ルガルトに話を聞いたことはあるかな?」


 朗らかに答える先生に、わたしも口角を上げて姿勢を正した。

 信じてもらうことが大事。

 元気に、誠実に、自信を持って!


「初めまして! いつもルードがお世話になってます。タギタナです」

「……失礼ですが、リーナさんではないのですか?」

「あっ……えーっと……」


 時間に制限があるのにそこから話さないとだめ!?

 わたしのお母さんゆかりの呼び分けは特殊で簡潔。

 双子のきょうだいのものぐさに怒ってしまいそうになる。

 どうしたものかと詰まると『代わるよ』とお父さんから合図がされた。


「紛らわしかったね。ルードとリーナは家族専用の呼び方なんだ。祝福名と言って、妻の一族の伝統なんだよ」

「そうでしたか……それでは僕は、タギタナさんとお呼びすればよいのですね?」

「はい! そっちでお願いします!」

「ご挨拶が遅れました。セダム・ユナシュキュパールと申します。このような格好で失礼いたします」

「いえ、そんな! ご丁寧に……」


 ちょっと高めの音程がわたしより少し年下だと推測させる。

 声の感じはものすごく落ち着いていて言葉遣いもキッチリしてる。自分に厳しそうな、礼儀正しい子だった。

 タギタナさん、かあ。

 数年前に学校は卒業しちゃったし周りに同じ年頃の子はいないから違和感がある。

 でも、よかった、祝福名が家族以外だと結婚相手しか呼べない名前だってお父さん言わなくて。向こうだって困っちゃうもん。


 それにしてもこの部屋の暗さ、明かりがないからじゃなくて、緩和剤(リント)が充満してるからなんだ。

 風、雨、雪といった自然現象も原理的には使えるけど、扱いきれるのは上級貫解師のみ。

 この闇は、ここは、ルスカリード・ダングルフィーが築いた叡智の城だ。

 ──閣下なんて呼ばれてたの初めて知ったよ。


「明かりを点けてもいいかな?」

「はい……」


 わたしが生まれる少し前に発明された電気とは違う光が部屋中を包み込む。

 その黒髪の男の子は、目を閉じたまま瞼を震わせた。

 綺麗な子だった。

 四角四面な物言いとは印象が異なっている、消耗して窶れてしまっていても長い睫毛をした整った顔の子。

〈学院〉は全国から才能のある子どもを集めていて招集年齢はバラバラ。

 わたしが再来月15歳になるから、3・4歳下ってくらいかな。

 そんな小さな子が緩和剤を乱用するなんて!

 ……責めたくもなるけど、ヒリヒリとした自責の念の奔流に唇を噛むことしかできない。

 やっぱりこの子、治療の説得が大変なタイプ。

 肩まで掛けられているシーツまで緩和剤なんだから、観念してほしいところなんだけど──どうしたらあなた自ら望んでくれるの?


「どこが一番痛むかな?」

「左脚です、膝の周辺がとくに……」

「結晶化の自覚は相当前からあったね? 緩和剤の入手ルートはあとで話してもらうよ」

「はい……申し訳ありません」


 そう、普通の痛み止めじゃ結晶化には効果がない。

 最初は患部の違和感から始まって、疲れやすさや気分の落ち込み、お腹の不調や頭痛や倦怠感へと序々に悪化していく。

 この子融通が利かなそうだし、我慢強そうだし──手遅れになってもいいと思ってるから、どの段階で結晶化と発覚していても、〈貫穿(ディスタ)〉の重要性をどれだけ説いても、あんまり響かなかったんだろう。

 だからわたしはこの子を責めない、だけど憤っている。

 この子の担当貫解師、放置もいいとこじゃない!!


「タギタナさん? どうされました──?」


 困った様子で尋ねてくる男の子。

 目を開けるのも辛いのに、過敏に立ち回ることが当たり前になってるみたいな察しよう。

 こっちの感情が筒抜けなんて初歩の初歩からやり直し!

 音が出ないように深呼吸してベッドに近寄る。


「セダムくん、ルードの友達なんだよね?」

「えぇ、まあ、一応は」


 一応? 喧嘩してるの?

 心から直接読み取ろうとしたわたしを遮るように、まっすぐこちらを見上げる金色の瞳。

 綺麗な色──だけど、なんか怒ってる?

 黙って見つめられて気まずいけど、この子への感想が高貴な猫ちゃんに変わっていくのに伴って、ご機嫌を損ねてしまったのを理解した。

 ちらりとお父さんを見ると、いつもと変わらぬ目尻を下げた穏やかな顔つき。

 自分で考えろってことね、先生。

 ちょっと唇が不満そう、目線に微かな指摘。あと数年もしたら完璧に隠せそうだけど、そこは子どもでちょっと安心。

 ──そういうこと?

 発言を振り返って、ああ、なるほど!


「基礎がなっていなくてごめんなさい。セダムさんって呼んでもいいですか?」

「はい」


 男の子って大変だぁ。

 自分にも覚えがある『子ども扱いしないで!』の反抗心だったのね。反省を表すとセダムさんは頬を緩めてくれた。

 うん、結晶化進行も今は一時的に止まってるみたい──顔が動いてる間は大丈夫。

 お父さんがいれば絶対に助かるから、わたしは恐怖心をやっと追放できた。


「リーナが来て、君は治療を受けざるを得なくなったね」

「どういうこと?」

「彼はここから遠く離れた国からの留学生なんだよ。女の子の君がお願いすれば断れない教育を受けている」

「……それでわたしを連れて来たの?」

「不満かい?」

「いいえ! 患者さんの治療の助けになるなら、わたしずーっとセダムさんを見つめてますっ!」


 セダムさん、明らかにわたしと会話してるときに感情の波が穏やかになってるから、骨の髄まで染み込んでるってやつよねきっと。

 あなたの信条、利用させてもらいます!


「ルード……あぁっと……兄には結晶化の相談ができませんでしたか?」

「ダングルフィーくん──ルガルトくんとはそこまで話す仲ではなかったんです。彼も忙しい身ですから、僕個人の事情で時間を割かせるのも気が引けてしまって……こうして妹さんにもご心配をおかけてしまったことを深くお詫び申し上げます」

「お詫びはあんまり欲しくないです」

「すみません。──ルガルトくんが君をかわいがっている理由がよくわかりますね。彼はタギタナさんの話ばかりしているんですよ」

「バカにするんじゃなくて、ですか……?」

「えぇ、妹自慢ですね」

「双子だから同い年なのに──」


 発話可能なのはなによりだけど、結構話す人なんだねセダムさん。

 丁寧で柔らかな物腰にちょっとビックリしてるし、この見た目だけどわたしより年上……はあり得ないか。

 美形さんに間接的にかわいいって言われて、うっかりするとときめきそう。

 だめだめ、恋愛感情は患者さんにはご法度。

 タギタナ・リーナ・リリリット、あなたは貫解師になるんでしょう。


「セダムさん、わたしはセダムさんに無理に治療を受けろとは言いません。選択の権利があなたにあります。ここがお医者様と貫解師の立場の違いかもしれません」

「承知しています。危険なのですよね?」

「ルードか前任者が伝えましたか?」

「いえ、自分で学びました」

「もしかして、それで今まで治療を受けていなかったんですか? 貫解師の安全を考えて?」

「……そうです」


 あきれた!

 それなら貫解師を信じて──って言うのも難しいよね。どうしたって相性はあるし、こっちは人員不足だもん!


「優しい人なんですね、セダムさんは」

「タギタナさん──少し怒ってますか?」

「ちょっと」

「素直な方ですね」


 充分な信頼があっても貫通は本来危険な行為だ。

 患者さんを自分の一手で救えるか、貫解師の腕、誇りと責任が〈貫穿〉では試される。

 相手の意思を無下にして強行すれば次の結晶化患者になると言われているけれど、因果関係が証明されているわけじゃない。

 ──失敗して、飛散した結晶の破片で亡くなった人がいるのは事実だけど、患者さんが気にすることじゃない。


「わたしの父はこの世で最も優れた貫解師です。今日初めて会ったばかりで難しいかもしれませんが、信用してもらえませんか? 父と、ついでに、わたしも」


 貫解師と患者さんにはなによりも、信頼関係が大事なんだ。

 ルードは否定するけど、相手に寄り添えない貫解師なんて間違ってると思う。


「セダムさん! 好きな香りはありますか?」

「好きな香り?」

「って言っても、わたし達貫解師は読み解くのもお仕事ですから──はい! お見舞いのお花!」


 ごめんなさい、セダムさんの一瞬浮かんだ記憶を掬い上げさせてもらいました。

 断りもなくやっちゃいけないけど、非常事態だし──友達ができなかったのってこういうとこだけど、人の心が読めるのはわたしの強みだ。

 両手に掲げる白い花束。

 細長い4枚の花びらが縦に伸びていて、水面の静謐さを思わせる控えめな香りがする。

 なんだろう、これ──初めて見たな。

 自分で出したのに知らない物だったから、説得力を考案中。


「ティコティコの花ですよ」

「ティコティコ?」

「僕の生まれ故郷で冬に湿地帯で群生します。本当に貫解師は感覚で掴んでくるんですね」

「そうですね、でも、わたし達が患者さんに元気になってほしい、癒やされてほしいって望むからこうして来てくれるんですよ。貫通のときの緩衝材の役割でもあるから、ルードは石鹸ばっかり持って来ますけど!」


 石鹸の香りに不快感を覚える人は少ないからっていうのがルードの意見。

 わかるけど、石鹸とガーゼと消毒液しか一瞬で取れないって──才能のバランス偏りすぎだよねわたし達。


「リーナは緩和剤の選択が大得意なんだ。ティコティコも使わせてもらおうかな」

「これは……!」

「枕元に置いておきますね」


 勝手に出したのに大事にしてくれて嬉しいな。

 乱暴だから男の子って苦手だけど、わたしも〈学院〉に通えてたらセダムさんとお友達になれたのかな。


「セダムさん。今度わたしに〈学院〉がどういう場所なのか、どんな勉強をしてるのか教えてほしいです。今日帰ると思うので、手紙をルードに預けてください」

「……君は僕の回復を望んでいるんですか?」


 迷子の子どもの悲しい声。

 貫解師の卵(タギタナ)に尋ねてるんじゃなくて、ただのわたし(リーナ)の思いを知りたがってる。

 初めてわたしに意見を求めてきた患者さん。

 距離を見測らないといけない鉄則は、タギタナ・リーナ・リリリットには困難な要求なのかもしれない。

 冷たく動かない右手に両手を添えて、心を通わせるのが、今のわたしがしたいこと。


「セダムさんが安らげるものを一緒に探したいと思っています。歩けなくなるのは大変ですよ! 元気になってください」


 泣かない。

 眦を垂らして微笑んで告げると、セダムさんも目を細めた。


「元気になります──ダングルフィー先生、お願いいたします」

「うん、さっそく取りかかろうか」


 お父さんもやる気充分!

 時は一刻を争うのにわたしを信じて待っててくれた。セダムさんも治療に意欲を見せてくれてるから、ぜったいに成功する。

 左脚全域、結晶化硬度は7か8──右手が硬度3だから全身の硬直を一気に解くのはかなり際どい貫通になる。

 部分的に複数回貫くことは可能ではあるけど推奨される手段じゃないし、セダムさんの信用を得られない。


「〈緩和(リント)〉」


 壁が夕焼けで照らされて、ティコティコの香りも、水の匂いもしない。

 日が落ちる前の物寂しさは、セダムさんの過去とのリンク。

 紅が広がり、天井は濃紺から黒のグラデーション。

 遠くから音がする。大人達の怒鳴り合い、小さな悲鳴、稲光のような鋭い刃物と──強制的に遮断された、暴力の現場。


 ──荒療治すぎるよ、どれが、緩和剤!?


 足元がぐらついて浅い呼吸になると、セダムさんが声を張り上げて沈んだわたしを引き上げる。


「タギタナさん!!」

「セダムっ、さん……」

「座ってください、僕は大丈夫ですから」

「今の……っ」

「ダングルフィー先生にお考えがあってのことでしょう。気に病まないでください」

「セダムさん……」

「そのとおり! 私は患者さんを第一に思っているよ。〈貫穿(ディスタ)〉」


 そういう国の出身だからって、治療側(わたし)の心配なんてしなくていいのに。

 貫解師は直感の能力。

 必要なものを掴んだことに否はないけど〈緩和〉も〈貫穿〉も時と相手によってはごく稀に凶悪なものが召喚される。

 わたしは『えいや!』の掛け声で叫ぶけど、お父さんたちは呼び出しのサイン。

 その手が珍しく両手で持っていたのは、大きな大きな大きな──武器の槍だった。


「なにそれぇ……っ!」


 わたしの身長より大きいし先端が恐ろしいほど鋭いよ……!!

 わざわざセダムさんの視界に入れる先お父さん、先生は上機嫌でニコニコしている。

 一突きするにはこれ以上ないようなものですもんね。


「私の腕は確かだからチクッともしないで終わるよ。注射より痛くないからね」

「本当ですか……?」


 セダムさんでも口があわあわと動くんだ。

 年相応でホッとしちゃう──。


「あ、あんなにすごいの持ってますけど、ほんとに、ほんとに! 貫通って痛みはぜんぜんないんですっ! ルスカリード・ダングルフィーは、あなたを救います。すぐに終わりますからね!!」


〈貫穿〉さえ済めばセダムさんは寝たきりになんてならない。

 怯んじゃって情けない。

 笑顔もうまく作れない。

 この重大場面で泣きそうになるからわたしには才能がないんだよ。


「タギタナさん。君がとても驚いてくれたから僕の恐怖心もいい具合に飛んでくれました」

「冷静になるって、そうらしいですね。お役に立てました……」

「もう1度、手を握ってもらえませんか?」

「怖い、ですよね!!」

「安心するんです。君を信じてますから」

「セダムさん──ありがとうございます」


 結晶化患者さんって眉根が寄っていて険しい顔の人が多いのに、セダムさんは慣れてしまっているのか、緩和剤が効いてるからか春の日差しのように穏やかだった。

 ほんとうに、優しすぎるあなた。

 力になりたいよ、こんなわたしでも──。


「僕の心を覗いてもらえませんか?」

「いいんですか? イヤじゃないですか?」

「君になら……」

「よしっ、では、視させてもらいますね!」


 望まれて視るなんて初めてだからドキドキ緊張しちゃうけど、深呼吸してわたしとセダムさんの心を結ぶ。

 橋を作るみたいにして──こんにちは、わたしとお話ししてください。わたしの考えてることもあなたに知ってほしいです。


「わぁ、ティコティコが咲いてますね! 湖の近く……すごい、綺麗」


 家族以外の人と心の共有をするって、もっと怖いんだと思ってた。覗くのとは違う感覚。

 セダムさんが大事にしている風景に触れさせてもらえた。わたしが贈ったティコティコが咲いてる景色を心を許されて眺める体験に、思わず涙ぐんでいた。


「圧巻でしょう。タギタナさん──2人で見に行きませんか? 君を連れて行きたいです」

「ここに?」

「ええ」

「わたし、普通の旅行ってしたことなくて……自信ないです」


 チェストで遠出は何回かあるけど、船とか汽車には乗ったことないんだよね。

 足引っ張っちゃいそうだし、お金もかかっちゃうし、家族に相談してから答える一時保留を、セダムさんの目が許してくれない。


「すぐにとは言いませんが、君のお父上の許可が下りたら、必ず連れて行ってしまいます。約束ですよ」

「はい──約束です」


 わたしは、いたずらっぽく微笑んだセダムさんの瞳に見入られていた。

 結晶が砕ける瞬間、多くの星々が宙を舞う。

 セダムさんの結晶は純度の高い黒色。

 貫かれて弾けて、キラキラと輝く光景はとても綺麗でいつも心を奪われるのに、ぬくもりを取り戻した体温に泣けてきてしまって、ここがもうあんなに冷たくならないように、次はなしですよって濡れてもらっちゃった。


「タギタナさんは最高の貫解師ですね」

「わたし、なにもしてませんよ。それにまだ見習いです」

「僕にとっては唯一無二です。君に心からの感謝を」


 続きはまた今度、君にまた会えたときに──。


 伝わってくるあなたの心の声は、角が取れていて、わたしを少し切なくさせた。

 劣等感は奥に隠して、言葉と心の内のお礼だけ大切に受け取った。


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