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第1話 今のわたしにできること①



 わたしの世界は閉じていました。

 それでよかったんです。

 諦めてたから、失敗するのが怖かったから。


 でも、あなたがわたしを変えてくれました。

 あなたはわたしの、星の道しるべ。


 セダムさん。

 夢を追いかけていいって背中を押してくれたのはあなただけでした。

 守られてばかりのわたしが誰かを支えたいって思ったのは、あなたが初めて。


 わたしはあなたの、希望になりたい。







 ☆・・・☆・・・☆・・・☆




 夢ってなんのためにあるのか、答えを知ってる人ってどのくらいいるんだろう。

 わたしの夢は小さな頃からずっとおんなじ。

 だけど、この夢が叶う日はきっと来ない。

 それでも諦められないの。諦め方を知らないの。


「鎮痛成分抽出、よし。基材はクリーム。練り合わせて……んー、でも、果物の香りをつけるのってルッカの葉に合わないかな? さっきの化粧水、案外仕上がりよかったし」


 黄色の葉脈に縁がギザギザの分厚い葉っぱ。

 独特の匂いを発している今日の課題とにらめっこして、わたしはもう何時間も試行錯誤を続けている。

 週末はいつも研究に没頭。

 お父さん、ううん、師匠から渡されたのは今日は植物だったけど、食品だったりカーテンだったり飲み水の日もあったりする。

 徹底的に成分や効能や可能性を調べて考えて、活用法を探りながら実験する。

 いくら時間があっても足りない、この無限の掛け合わせがわたしは大好き!


 怪我や病気を治すのは医師。薬を作るのは調薬師。

 わたしが目指しているものは、これら医療とは似て非なるもの。

 大昔に失われてしまった魔術をベースにしたアプローチで、わたし達貫解師(かんかいし)は〝心〟を貫く。

 痛み、苦しみ、悲しみ──心の中に積もる負の感情で、体が動かなくなってしまう人達がいる。

 貫解師はそんな患者さんの予兆を見つけ、最適な緩和材で患部を保護して、鋭利な物で貫いて治療する結晶化の専門家。

 わたしはお父さんに憧れて、人の心に寄り添える貫解師になりたいの!


 って言ってもまだまだ見習いだけど。

 タギタナ・リーナ・リリリット、全部言うと長すぎるわたしの名前は、たまに、すごく、重く感じる。

 ──父親が最も優れた貫解師であるのに、娘は落ちこぼれだからね。


「……そろそろかな。うん」


 20分前に振りかけた薬品が効いてきた。

 白衣を脱いで左膝の状態を見る──内部の結晶化を確認。


「〈表出(タチア)〉」


 手をかざすと肌の上に現れる、うっすらグレーの固まり。

 結晶化は以前は石化と呼ばれてたし、この色で合ってるんだけど……なんか気分が上がらない。


「〈緩和(リント)〉」


 緊張しているわたしには、最近お気に入りのコロンを染み込ませたふかふかのタオル。

 スナップを利かせた右手が掴んだ物に笑いが出ちゃった。

 緩和材はなんでもあり!

 散布・湿布・塗布、基本は患部に当てる物だけど、必要なのを直感で取るからたまにお菓子になることも。

 人ってその日そのときで欲しい物や相性がいい物が変わるから、さっきの調合はイメージのバリエーションを増やす練習なのだ。


 ──ここまではいつも順調。


 わたし、貫解師になりたい。

 なりたいけど、貫解師の本分ってなにかって問われたら、それはもう……患部を貫くこと。

 左手を差し伸べて、目をぎゅっと瞑って握ると、とっても見慣れた木の杭を持っている。

 先端はかなり丸まっていて打ち込みやすいように打撃面がかなり広い特別製。


「〈貫穿(ディスタ)〉……! あ~っ、やっぱり無理──!!」


 タオルにほんのちょっと埋まっただけで、今日もリーナは貫通失敗。

 だって、結晶化した部分ってすぐ下には皮膚があって体を刺すようなものなんだもん。

 貫解師にはセンスがいる。

 勇気、覚悟、強い意志──わたしには足りないものばっかりだ。


「あーあー……〈緩和〉だけならできるのに」


『まともなヤツは貫解師にはなれない』って言葉が、最近ぐるぐるぐるぐる回ってる。

 才能が欲しい。

 今あるものだけじゃぜんぜん足りない。

 毎回失敗してはどこまでも落ち込むわたしに、いつもナイスタイミングでドアをノックしてくれるのがお父さん。


「リーナ、休憩の時間だよ」

「はーい!」

「チェストに入れたの、今日も多かったね。あとで一緒に確認しよう。──ところで、タギタナ」

「……はい」

「左膝だね。直径五センチ。結晶硬度は1にも満たない──タギタナ」

「はい! ごめんなさい……!!」


 反射で謝ると頭を撫でられる。

 わたし、甘えんぼだよね。

 お父さんが見抜いてくれるのも、怒らないでくれるのも、もしもがあったら絶対に治してくれるのもわかってやってるんだもん。

 褒めてもらいたくて時間ギリギリに合わせてるのもバレちゃってるよねぇ。


「また新しい模擬試験薬を作ったんだね?」

「うん。20分で結晶化して、10分後になくなるやつ。〈貫穿〉は練習するのが難しいから」

「焦らないことだよ。私のかわいいタギタナ」

「はあい……」


 反省するけど、またきっと同じことを繰り返す。

 結晶化、この極稀に起こり得る現象は多くの謎に包まれている。

 どうして体の中に宝石のようなものができるのか、どんな人がなりやすいのか、調査自体が困難でほとんど未解明。

 結晶化患者は50万から100万人に1人──とは言われてるけど、幅が広いデータのとおり、患者さんの正確な数も把握しきれていないのが現状だった。

 治療できる人、ううん、結晶化を見られる人に範囲を広げても、この大きな国で貫解師は50人程度。わたしのように貫けない目の持ち主が多くて、現場で適切な緩和材を調達して貫通までいける人はたった5人だけだと聞かされている。


 わたしのお父さんは生まれ故郷の小さな町で診療所を営んでいる。

 一般的なお医者さんをしてるんだけど、国中から、何十日もかけてよその国から、偉大なる貫解師の治療を求めて人々が訪れる。

 ルスカリード・ダングルフィー。

 国から功績を称えられて特別な地位につき、自ら退いた高齢の賢者には2人の愛弟子がいる。

 1人はわたし、タギタナ・リーナ・リリリット。

 もう1人は双子の兄、ルガルト・ルード。


 わたし達双子は父親の才能を受け継ぎながら、2つに分けて生まれてきた。

 緩和材の製造と選択が得意で、結晶化の予兆にいち早く気づける〈緩和〉のリーナ。

 自他の区別がしっかりできて、躊躇わずに患部を貫ける〈貫穿〉のルード。


 将来貫解師になれるのは、ルードだけ──。


 どれだけ〈緩和〉が得意でも結晶化の痛みを鈍くさせることしかできない。中途半端な実力でわたしは貫解師を名乗りたくない!

 それに〈緩和〉だったらルードに負けないのに!


「淹れたてのホットチョコレートはいかがかな? お母さんの特別製だ」

「──ありがとう」


 我が家の貫解師3人──見習いも含むは、手をちょっと動かすだけで場所がわかっている物を取って来られる。わたしとルードは自分の物しか無理だけど、お父さんは応用が巧みだからなんでもどこからでも取り出せるすごい人!

 でもお料理とお菓子作りはお母さんが一番上手!

 キッチンから届いたじんと温かい甘さが染み渡っていく。


「おいしい……」


 お母さんからの『よくがんばってるね』という気持ちが伝わって来る。

 うちはお母さんの料理をお父さんがどこでもどんなときでも食べたいっていう理由から、特別製の保管場所がある。できたてをアツアツヒエヒエのまま保存できる優れ物は、お父さんの数ある発明品の中の1つ。

 元々は緩和材保管庫(チェスト)といって、国中の貫解師と緩和剤(リント)を共有する目的で創られた。

 チェストその物は見たことないけど、公用の保管庫の何番のどの棚にどれがどんな形状で入ってるか、わたしはちゃーんと覚えてる。

 もちろん品質維持は万全けど、家族専用の食品戸棚(パントリー)の中身はしょっちゅう入れ替わってる。取ってくのは我が家の男性2人組、もっぱらあいつ。


「ねえお父さん、ルードからの手紙ってなんだったの?」


 同い年のライバル、貫解師に大事なセンスを全部取りしたルードは、国の最高研究機関、エリート養成所こと通称〈学院〉に選ばれて家を出た。

 生まれてからずっと一緒だったのに、連絡無精でもう2年も音沙汰なかったのに、突然手紙が来たのが今朝早く。

 郵便もあるのに保管庫経由で送ってくるの、めんどくさがりのルードらしいけど──なんかイヤな予感がして気になっていた。


「お友達の状態が結晶化かわからないという相談だったよ」

「ルードがわからないってことは、初期か、1度貫かれてるってことだよね?」

「いいや、他にも様々な仮定があるが──私が動いたほうがよさそうなんだ」


 なにかにつけて大雑把なルードは感知が苦手。

 色々見落としがちだったけど勘が冴えるようになったってことかな。

 2人で競い合って成長したけど〈学院〉でみっちり専門的に学んでるルードは、わたしの2歩も3歩も──もっとずっと前に進んでいるのかもしれない。

 貫解師の卵が〈学院〉に通えるのを羨む以上に、仲のいい両親の娘であるリーナがあの場所を憎んでる。

 2人の幸せを壊そうとしたところ、お父さんを使命感と名誉で縛りつけて自由を奪おうとした人達を、わたしは許さない。

 割り切って意気揚々と〈学院〉に向かったルードだけど、わたし達家族にとって因縁の場所であることは充分理解してるはず。

 なんで、お父さんを呼ぼうとするの──そんなに具合が悪い人がいるの? その人大丈夫なの?


「リーナ」

「はいっ!」

「久しぶりにルードに会わないかい?」

「〈学院〉に、そのお友達を治しに行くってことだよね? わたしも行っていいの?」

「ルードが私を呼ぶのは余程のことだから、リーナもいい勉強になると思う」


 よっぽど深刻な状態なんだと仮定してたけど、わたしがついて行けるならあんまり不安はないのかな──?

 お父さんに診てもらいに来る患者さんの治療に立ち会うことはあったけど、往診について行くのは初めてだ。

 手紙になんて書いてあったのか気になるけど、ときに人の心の深いところまで見透かしてしまう貫解師は秘密を守るのが鉄則。

 封筒に入れ直されている格式張った双子のきょうだいからの相談状を手に載せられ、許可を貰ったと判断して外側から読み取る。

 気配っていうのかな、ルードの強張った心配が届いて汗が噴き出した。ルード、自分に自信がないから相談したいお友達の前でこれを書いたみたい。


 ──この人、結晶化の知識がある。ルードが鈍いのもわかってる?


 ザワザワ胸騒ぎがする。

 こういうことする人って何パターンかに分類できるけど、このお友達さん、難しそうだな。すんなり治療受けてくれない人だ。


「タギタナ。チェストを経由して最速で行くよ」

「はいっ──!」


 真剣な瞳をしているお父さんが『タギタナ』と呼ぶときは、師匠から教え子への言葉、未来の貫解師に伝える姿勢。

 1分1秒でも早く患者さんに向き合うのがわたし達の使命。

〈学院〉に憧れてるとか嫌いだとか、それよりも今わたしにできることを考えたい。

 大人の自分がどうなってるかはわからないけど、これは持って生まれた性分みたいなもの。

 悩む前に思いは決まる。


 あなたを、諦めてる患者さん(あなた)を、わたしは助けたい。


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