九、桃源寺庭園
桃源寺の庭園は、たしかに枯山水ではあるんだが、なんだかおもむきのちがう庭だった。
正面は広く白砂が敷いてあり、熊手で掻いたあとがきっちり筋になっている。
真ん中やや右寄りに枯滝の石組み。その右隣には亀島、左隣に鶴島がある。
ここまでは定石どおりだが、亀島の後ろに築山があって、庭の敷地全体に比してむやみに高い。山のうえには建物があって、茶室だかあずま屋だかよくわからない。
どこがおかしいと、はっきりとはいえない。けど、なんとなく、なにかがおかしい。
右に目を移すと、庭のはし、寺の本堂のすぐ近くに柿の木が一本植わってる。
葉っぱだけでは渋柿かどうかわからないが、シジュウカラやメジロがむやみにたくさん来て、ピイピイピチピチ鳴いている。
これは!と思った。
亀島のむこうがわから築山にのぼる。
建物の障子をひきあける。茶室らしい炉とか床の間だとかのしつらえはなにもない。どうやらただのあずま屋らしい。
ためしに畳を一枚、ひっぱりあげてみる。床板が半畳ばかりの大きさに切ってあり、その下には隠し通路の入り口とおぼしきはしご段が、ぽっかり口をあけていた。
隠し通路は人一人と半分くらい、立って歩けるくらいの広さ高さがある。どこまで続いているのか、見通しはつかない。
「がんどう」で、先を照らしながら進む。
地中では時の鐘が聞こえないから、時間はわからない。が、足にたまったつかれの具合から、長く歩いているという見当がつく。地面にすわりこんでひょうたんの水を口に含む。
隧道の壁を見る。堀師の鏨の痕が残ってて、幅一寸ずつ掘り進められているのがわかる。それが、龍のうろこのように見えるのは、先日来ずうっと龍のことを考えていたからだろうか。
いままで歩いてきた方向をふりかえる。こう配があるらしく、入り口はもはや見えない。先はと見ると、どこまでも続いていく。うねうねと曲がる道は、龍の胎内のようだ。
「いまならもっと違う龍の絵がかけるかもしれない」と思った。
立ち上がってまたしばらく歩くと、今度は上にのぼる梯子段にいきあたった。がんどうその他を地面に置いて、梯子段にとりつく。
ぐんぐんのぼると、しまいに両開きの蓋に行き当たった。かなり分厚いそれを、ゆっくり頭でおしあげて、隙間からのぞいてみる。
目の前には黒光りのする長い廊下。その先には別の廊下があり、裾模様のある打掛けを着た女たちが、天目台にのせた茶碗や銀の提子をささげ、しずしずと行き来している。
大奥に潜入した不届き者として捕縛されては、町方の同心といえども命はない。音をたてぬよう渾身の注意をはらい、すうっと頭をひいて、板戸を元に戻した。
地下通路はおそらく北東にむかっている。出口は海蔵寺につづいている、間違いなかろう。
お奉行はおいらも大奥に行ってみたかったという顔だ。
「冗談じゃありませんよ。もしつかまって引きずりだされた日には、どんなおとがめを受けるか。たとえ名奉行・永井景元様の配下でも、死罪はまぬがれないでしょう」
「へっへっへ。よくわかってるじゃねえか」
脇息にあずけた右手で頬をなでる。なぜだか満足げである。
「で? 下手人はかの者でまちがいないか」
「明白な証拠はなにもありませんが。
腰元たちはみな、お合どのと同じ髪型でしたし。そもそも本人そこで生まれて育っているのでしょうし。
なにか策をしかけて、現場によびよせますか?」
と言ってみる。
「場所が大奥ってのがやっかいだよなあ。
話が大掛かりになるし、絶対秘密がもれるだろうし。
といって今年の秋、柿が実るまで待つわけにもいくまい。どうしたもんだろ」
お奉行は鼻にしわを寄せる。
「どうでしょう。
この件、柿の実の量や金額自体は問題ではなく。ただ不審な者に城の本丸に出入りされるのが問題だということならば、ですよ」
「ほう」
「とりあえず事件は八方ふさがり、下手人は不明ということにして、地下通路のみふさぐ、というのはいかがでしょう。
お合どのにお縄をかけると、旧藩士の連中が騒いでお家騒動になる。それが幕府に知れると、海部塩塵藩はお取りつぶし。海蔵寺の滴雲和尚も心配しておられました」
「ふうむ」
お奉行はあごの下の肉をひねる。
「結局、それが一番手っ取り早い方策かもな」