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五、小玄太

 六枚続きの唐紙は、横幅が少し長い方形になっている。このかたちをいかに構図に生かそうか、と思案する。


 和尚の法名の『滴雲』にちなんで、「雲龍」がよかろうか。雲が雨となってしたたる様も描きたい。考えながら下絵を書き散らしているところ、お合どのが横手の障子から顔をだした。

「尾関どの。お仕事中すまぬが、ちょっとよろしいか」


 散らした下絵を踏まないように気をつけながら、そばに寄ってきた。十歳ばかりの男の子があとをついてくる。

 この子は先日、お合どのと一緒に街を歩いていた子供衆のなかの一人だ。他の悪ガキどもと違って、大人しい、というよりむしろ元気がないので気になっていた。


 男の子は、お合どのの隣に、ちんと座る。

「この子は西小玄太と申しての。先年父君を亡くして、母君はこの子と弟妹をかかえて、難渋しておられる。尾関どのも昼間は奉行所の仕事もあるから大変じゃろ。もしよかったら、絵を手伝わせてやってくれぬか」


 どうも、姫様にものを頼まれると、断れない。

「よろしゅうございますよ」

承知すると、お合どのの顔がぱあっと明るくなった。


 「よかったな! この子は行儀はよいほうじゃから、御手間をかけることはないと思うが。なにか困ったことがあったらわらわに言ってたもれ。

 これ小玄太、ご挨拶せい」


 本人は緊張した面持ちで、

「よろしくお願いします」

と、畳に両手をついた。




 小玄太は、奉行所のなかをきょろきょろ見回して、落ち着かない様子だ。

「絵に汚い指をなすられてはこまる。助手になったからには、いつも身ぎれいにして、手もこまめに洗ってくれよ」

 同心長屋の共同風呂で、ぬか袋で身体をまんべんなくこすってやる。

 湯桶につかって二十数えたころ、やつれくすんでいた顔に、ようやく赤みがさしてきた。


 「どうだい、湯加減は」

と聞くと、

「ちょうどいいです」との答え。


 風呂上がりにぽうぽうになっているびんをすいて、月代さかやきも剃ってやれば、もっと男前が上がるだろう。

 自分もぬか袋で身体をこすり、手桶の湯で洗い流した。




 風呂のあと、着物のかぎ裂きのつくろい方を教える。

「裾、袖の縫い合わせてあるところに、余ってる布があるだろ。そういうのを切り取って、裏に当てて縫うんだ」


 小玄太はこわごわと針をつまみあげ、黒い糸と針の穴を交互に見比べてる。

「穴に糸を通すんだ。んで、一方の糸のはしっこを指で丸めて、団子にして、ひっぱる。そうそう、そうしないと、縫うたはしから糸がぬけていくからな」


 「布の破れ目を少し折って、輪さにする。それと下に当てた別布を一緒に縫うんだ。ちょっとずつずらしながら、ヘビみたいにななめに縫い込んでいくといい」

 この縫い方は子供には難しいかと思ったが、小玄太はあんがい器用に縫っていく。


 「最後は針に糸を二回ほどまきつけて、そのまま針を抜く。すると玉止めになるから」

「ほんとうだあ。ええー、なんでこうなるんだろう」

小玄太しばし思案する。


 「よし、はじめてにしちゃ上出来だ」

できあがった布の裏表をみて太鼓判を押すと、小玄太はにっこり笑ってぺこっと頭をさげた。


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