十一、合姫
捨て鐘が終わり、本鐘がはじまった。
六合庵の柴で編んだ扉を押しひらき、庭の奥、庵の裏の雪隠にふみこむ。幸いかたちだけの偽物で、臭いはなかった。
雪隠の踏み板をはねあげる。地下につづく穴と、梯子段がでてきた。
上に小玄太を待たせ、一人で梯子段をおりる。
鐘の音が鳴り終わった。同時に、轟音が狭い地下道になり響く。山師たちの腕は確かだ、恨めしいほど。
しばらく走ると、土砂崩れの現場にであった。人が埋まって、首だけ出ている。
ひざまづいて顔にがんどうの光をむける。お合どのは嫌そうに眼をそむける。まだ生きている、ありがたいとよろこんだのもつかの間。
「小玄太か。小玄太がそなたに知らせに行ったのか」
という。
「そうだ。泣いて姫様を助けてくれと頼みにきたぞ」
「そうか。しかし、わらわはここで死にたいのじゃ。見逃してもらえぬか。せっかく来てもろうてすまぬが」
なぜだ。みなに姫様と呼ばれ、頼りにされているのに。なぜ死ななくちゃならん?
「城内の柿を盗んだのは、おまえか」
「そうじゃ」
にっこり笑う合姫。むだに歯が白い。
「なぜ盗んだ。海部塩塵藩への恨みからか」
「あやつらはわらわの兄と弟を殺した。父は心労から、生きる力を失った。
そもそもあの柿は父が京よりとりよせた、渋にねばりのある、特別な品種じゃ。
塩塵藩では誰もあの柿を活用できぬらしい。ならばわらわがもろうても問題なかろう。
誰かに見とがめられ処刑されれば、兄弟のもとに行けるしな、一石二鳥じゃ」
なにが一石二鳥だ。いいかげんにしろ。
「おまえ、今までの阿呆っぷりはみんな嘘か。みなをたばかっていたのか」
と聞くと、
「誰が阿呆じゃ、だれが」
むっとした。
よかった、怒るのは、まだこころが死んでいない証拠だ。
「俺の龍の絵をほめてくれたではないか。あれも嘘か」
と聞く。
「いや。あの絵は本当にすばらしかったぞ。たくさん人もみにきておったし。そなたは自信をもってよい」
姫様はひとつ息をはいたあと、
「わかったら黙って帰ってくりゃれ。わらわはここで死ぬ」
土砂の下で目をつぶる。
こんなに頑固とはおもわなかった。俺のうっすい堪忍袋もそろそろ限界だ。
「馬鹿野郎。人一人見殺しになどできるか!」
おもわず声が大きくなる。
「そなたとて侍であろう。女一人、踏みつぶせぬことでどうする」
ああいえばこう言う。
俺が海蔵寺の和尚の名まで出して奉行にかけあい、こいつを助けようとしてきたのは全部無駄なのか。
正面から行っても、論破される。
このアホ姫を死なさずに済むには、どうしたらいい?
ああ、俺とて侍だ。女一人、助けられないでどうする。
ゆっくり息を吸って、腹の虫をしずめる。
しばらく間をおいて、語りかけた。
「この隧道の中って、なんだか龍の体内を歩いているような気がしないか。
俺は、もう一度龍の絵を描きたいと思っている。次はもっと違う龍が描ける気がするのだ。
江戸へ戻って、もう一度絵師の修業をしなおして、それから、龍の絵を描きたい。
お前、そんなにこの藩が憎いなら、俺と一緒に江戸に出よう。俺の絵がまずかったら、遠慮なく叱咤してほしい」
お合どのは土砂の下で身じろぎする。
「体内から見た龍か。面白そうじゃな」
よかった、興味をもってくれた。
俺が手を差し出すと、お合どのは首から下を動かそうとする。が、土砂の重みでにっちもさっちもいかない。
上半身に積もった土砂を掻きだし掘り捨てて、ようやく両手をつかんで引きずりだす。
いったんこの手をつかんだら、もう二度と放すことはできない。そういう予感がした。




