第十話 破滅の胎動
朝日が地平線から顔を出す頃、僕たちは再び旅を続けていた。昨夜の夢――ゼフィラスの言葉が頭から離れない。
「……魂の欠落。」
力を使えば使うほど、僕は存在そのものを削られていく。だが、それがどのような形で現れるのかはまだ分からない。
「ラズフェル?」
シエラが心配そうに覗き込む。
「ん? どうした?」
「君、さっきからすごく考え込んでる。……やっぱり、何かあったの?」
僕は少し迷ったが、シエラには隠し事はできない。
「……夢を見た。ゼフィラスが出てきて、この剣の力の代償を教えてくれた。」
「代償……?」
僕は一歩前に進みながら、静かに答えた。
「剣を振るうたびに、僕の魂が削られていくらしい。」
シエラは息をのんだ。
「そんな……じゃあ、このままじゃ――」
「分かってる。でも、力を使わなきゃ、俺たちは生き残れない。」
シエラは拳を強く握りしめた。
「そんなの……!」
彼女が何か言おうとしたとき、遠くから異様な音が聞こえた。
――ドン……ドン……。
地響きのような音。僕たちは即座に身を低くし、周囲を警戒する。
「……何か来る。」
シエラが小さく呟いた。
やがて、霧の中から現れたのは、黒くうごめく“何か”だった。巨大な影がゆっくりとこちらに向かっている。その形は人のようでもあり、獣のようでもある。
「グゥォォォォ……」
「……あれは?」
シエラの声が震えている。僕も、一目でただの魔物ではないことが分かった。
「“堕獄獣”……か。」
堕天した者たちの怨念が具現化した存在。理性を持たず、破壊と殺戮だけを繰り返す化け物。
ドン……ドン……!
やがて、一体だけではないことに気付く。霧の奥から、さらにいくつもの影が現れる。
「……最悪だな。」
「どうする?」
僕は剣に手をかけた。
「決まってる。やるしかない。」
――闇刃解放。
剣を抜くと、黒いオーラが周囲に広がる。シエラが緊張した面持ちで後ろに下がった。
「やっぱり使うのね……。」
「この状況じゃ、他に選択肢はない。」
闇天一文字則宗が、黒き刃を纏う。
「行くぞ――!」
「ウロボロス!」
無数の闇の刃が展開され、一斉に敵へと向かって放たれる。回転する刃が空気を切り裂き、堕獄獣の群れを飲み込んでいく。
「グアァァァ!!」
一体、また一体と、奴らの体が切り裂かれていく。しかし、数が多すぎる。
「……全然減らない。」
僕は歯を食いしばる。だが、ここで手を緩めるわけにはいかない。
「……次だ。」
「覇王絶塵!!」
巨大な斬撃が一閃し、眼前の堕獄獣をまとめて両断する。通過した後には、何も残らない。ただ、黒い塵が舞うのみ。
しかし、それでも奴らの勢いは止まらなかった。
「……おかしい。」
「何が?」
「コイツら、まるで何かに操られてるみたいだ。」
通常、堕獄獣はもっと無秩序に暴れ回る。しかし、今のこいつらは違う。まるで、何かの意思によって統率されているかのような――。
「……気づいたか。」
突如、冷たい声が響いた。
その声の主が姿を現すと、僕の背筋が凍りついた。
「……エゼルグ!」
闇の霧の中から、エゼルグが悠然と歩み出てきた。彼の左腕は再生している。
「お前の力をもっと見せてもらおうと思ってな。せっかくの実験場だ。」
僕は剣を握り直した。
「……まだやる気か。」
エゼルグはニヤリと笑う。
「当然だ。お前がどこまで“削られる”のか、見せてもらうためにな。」
「……っ。」
その言葉に、心臓が強く締め付けられる。
「お前はすでに気づいているはずだ。戦えば戦うほど、自分の何かが欠けていく感覚に。」
僕は奥歯を噛みしめる。
「それでも……俺は引けないんだ!」
エゼルグは満足そうに目を細めると、静かに手を上げた。
「では、存分に戦え。お前が何を失うのか、見届けてやる。」
次の瞬間、堕獄獣たちが一斉に動き出した――!