転生に成功した俺が復讐を始めるまで
政治はつまらなかった。けれど、俺は成功者となった。
バーニス様を王にして差し上げ、その元で悠悠自適な生活。魔法を使ったり、冒険をしたり、そういう楽しそうで異世界らしいことを転生当初は期待していたが、良い生活を送れて満足できていた。
だが、それはいとも容易く崩れ去った。
「何で、こんな目に……」
今の俺には、切られたから足がない。椅子に縛られて鞭で叩かれ、電流を流され、見世物にされる毎日。笑われる毎日。
「復讐してやる」
こんな目に遭っているのも、あいつのせいだ。王位に目が眩んだあいつの。俺を見世物にしようと提案しやがったあいつの!
もしもここから出られたら、どんな手を使ってでも良い。あいつに復讐するんだ。
「待っていろよ、クリストル!」
――それから、俺が自由になるまで、三年という月日がかかった。
◆
「無様ですね。何してるんですか?」
そこには、傷だらけで倒れている青年がいた。傍には獣の魔物の死体が転がっており、交戦したのだろうということが窺える。息を整えている最中のようで、眉を顰めて辛そうにしていた。
一般人が着そうな麻の緑の服に、簡素な茶色のズボン。腰にはショートソードがぶら下がっている。鎧の類は着ていない。
青年は、声に気付いたのか少女の方を見た。革鎧を着て、ロングソードを腰に下げて武装している。ポニーテールに髪を結ってあるところが年相応に見えた。じとっとした目で見られているので、青年は文句を言いたくなった。
「随分な言い草ですね。助けようという気はないのですか?」
「ありません。見かけたから笑いに来ただけです」
少女としては、青年に良い印象を与えようとするつもりはさらさらなかった。この程度の魔物に苦戦するようでは、たかが知れているからだ。
いつまでも見下ろしてくる少女を横目で見ながら、青年は上半身を持ち上げる。体に付いた草を払い、携えている短剣の無事を確認した。そして、少しふらつきながら立ち上がる。
「……行かなきゃ」
「その様で、ですか? なぜ?」
流石に少女は疑問を口にした。最低でも、もう家に帰って休息した方がいい、できるなら他人に治療を施して貰った方がいい具合だと見ていたからだ。
それに対して、青年は少女の訝しげな顔を見て口を開く。
「クリストル王を倒すのに、必要だから」
決意を秘めた目だった。何が何でも自分でやりたい、そう願った者の目。自然と目力が宿った目。少女はその目に少し気圧された。と同時に、少し目を見開いた。
青年はそれに構わず歩き始める。少女は関係ないからだ。
少女は少し考えるように下を向く。やがて駆け足で青年を追った。
「どこへ行くのですか?」
「え?」
先ほどの嘲笑はどこへ行ったのかと問いたくなるほど、うってかわって真剣そうな目で青年を見ていた。青年は目を丸くしながらも、森の方を指差した。
「森の奥だけど」
「そうですか」
それから、青年が歩き始めると少女もまた同じように歩き始めた。立ち止まると、同じように立ち止まる。流石に、青年は少女を睨んだ。
「何を考えている?」
「理由が気に入ったから、付いていきます」
「理由?」
「クリストル王を倒すのでしょう?」
少女は青年に確認した。少女の中で青年に対する印象も話もかなり変わったから。
それが青年にも伝わったようだ。少女の目を見る。
「お前も倒したいのか?」
「ええ。あと、お前は辞めて。セリナよ」
「……俺は鏑木だ。先に、理由を聞いてもいいか?」
すると、セリナの表情が曇った。あまり話したくない理由なのだろうかと、鏑木は思った。しかし、答えてもらわないと話が進まないとも思った。意を決したように、セリナは目つきを鋭くさせた。
「家族を、殺されたから」
思ったよりも重い話が飛び出してきたので、鏑木は思わず口を開けた。
「家族を?」
「ええ。罪の捏造だった。クリストル王は、それらしい罪を捏造して、私の家族をみんな処刑したんだ」
「なんでそんなことを?」
「笑いものにするためだって。兵士が裏でそう言っているのを聞いたの。みんなで笑いものにするためだけに、罪を捏造して処刑台に送ったんだって」
「……それは」
鏑木は、何かを言おうと思った。だが、何を言えばいいのか分からなかった。セリナは少し泣きそうな表情になりながら、堰を切ったように放出する。
「それを聞くまでは、私、無実を一生懸命訴えていたんだよ? 何かの間違いだって。でも、そんなことのために死刑台に送られたって聞いて、その上で家族が死んじゃうところを、笑われているところを見せつけられて――我慢できなかった。あの王様を殺してやろうと思った。けど、それもできなくて、追放を食らって。助けを求めようにも、捏造とはいえ犯罪者の娘。助けてくれる人もいないまま、4ヶ月。復讐できるだけの力を求めて彷徨って、ここにいるわ」
セリナは、一度失敗しているから、一人でどうにかなる問題だとは思っていなかった。当てはなくても、何かすがれるものを探したいと思っていた。
「どう思った? 何でもいいけど、私、もう普通に生きるのは辞めたわ。復讐するためだけに生きる。犯罪者になろうが、どうなろうが。あの王様に復讐できるのなら、構わない」
鏑木はそれを聞いて、本気なのだろうなと思った。セリナの様子を見てそれが察せられないほど、鈍感ではなかったからだ。震える目蓋を見て、この数ヶ月の間に、心の準備はもう済ませているのだろうと見て取れた。
それだけではない。鏑木は、相手の心を読むことができる。普段からその能力を使っているわけでは無く、相手の言葉の真偽を確かめるために後手で使うことが主だが、それによって裏も取れた。
「あなたは? あなたの理由を聞かせて欲しい」
そう聞かれ、鏑木はどこから答えたものかと逡巡する。
セリナは鏑木の答えを待った。
少し息を吸ってから、鏑木は始めから答えることにした。
「実は、俺はこの世界に召喚された異世界人なんだ」
「! 転生者ってこと?」
「やっぱり、知っているんだな。こっちの世界の人は」
予想していた中で、一番良い答えを聞いたと鏑木は思った。召喚されたときも転生者だと呼ばれたので、転生者というのが一般的に知られている可能性はあるとは思っていたが、実際にそうだと実感はなかった。だが、これで確信になった。そのまま話を続ける。
「俺は、若い内に死んじゃってさ。こっちに来て、新しい世界と体で人生をやり直せるんだって、最初は凄く喜んだんだ」
笑顔を浮かべ高めの声色で喋り始めたから、本当に楽しみにしていたのだろうなとセリナは理解できた。
「俺を呼んだのはバーニス様だった。あのお方の傍に仕えて、あの方を王にして差し上げて、その元で悠々自適に暮らしていたんだ」
「聞いたことがあるわ。クリストル王の前任であるバーニス王の元には優秀な側近がいたって。それがあなただったのね」
「ああ」
それを肯定しつつ、「だが」と話を続ける。
「ある日、眠っている間に問答無用で牢屋に閉じ込められた。何の間違いかと思ったんだけど、それがクリストルの策略でさ。クリストルは俺を牢屋に閉じ込めている間に、俺にバーニス様の殺害を謀った犯人としての罪を着せるための準備をしたんだ。証拠はでっち挙げられた。バーニス様が死んだ訳ではなかったから死刑は免れたが、俺がいない間にクリストルは王になり、俺は見世物としての人生が幕を開けたんだ」
「見世物としての人生?」
「ムチで叩かれている俺の姿を、電流で苦しんでいる俺の姿を見て楽しむ。そういったことのためだけに俺の存在が使われたんだ」
「……そんな」
奴隷や犯罪者がそんな末路を辿っていることがあると、セリナは聞いたことがあった。けれど、せっかく蘇った先が無実の罪を着せられた上に見世物だなんて、あんまりすぎると思った。
険しい顔をしながら、歯を食いしばりながら、鏑木は語る。
「そうして見世物として3年。3年だ。それだけの月日が流れ、両足すらも失い、言われた言葉が、もう飽きたから追放します、だったんだよ。こっちにとっては、せっかくの新しい人生の真っ最中だったのに、まるで人間扱いされなかった」
「ちょっと待って。両足を失った?」
聞き逃せない文面がセリナの耳に入り、目を丸くした。だって、鏑木の足は今はあるように見えるのだから。
それを察して、鏑木は少し足を上げてみせる。
「そうだよ。これは義足だよ。痛覚がちゃんとある魔法の義足さ。王様がね、一生足を切断される痛みを味わえるようにって、俺の足を斬っては付け、斬っては付けができる義足に変えたのさ。とんでもない話だろ?」
それを聞いて、エリーシャは口を噤んだ。人間で遊ぶのみならず、人体改造までするなんて、クリストル王は正気じゃないと思った。
「ここまでの仕打ちをしてきたクリストル王を、俺は許すつもりはない。何にしがみついてでも力を手に入れて、必ず復讐してやるんだ」
鏑木の決意を、セリナは理解できた。そりゃあ復讐したくもなるだろうと。
更に、セリナは相手の言葉が嘘か本当か分かる能力を持っている。鏑木が言っていることが本当だと分かり、唯一心を許せそうな存在に出会えたと思った。
「そっちに比べたら、俺の方がしょぼいかな?」
「しょぼいとかしょぼくないとか、そういう問題じゃないでしょ。分かったわ、私、あなたに協力する。何か、考えがあるんでしょ?」
さっき、森の奥に行くことがクリストル王を倒すために必要だと言っていたのを、セリナは覚えている。
鏑木は森の方を見て言った。
「ああ。この森の奥からずっと、声が聞こえてくるんだ」
「声?」
「力を求めるなら来い、だってさ。確か、魔王が持っていた道具がこの先に眠っていると聞いたことがある。多分それだろうなって思うんだ」
「取りに行くのね?」
「ああ。そして、力を貰いたい。だが、罠である可能性も実は捨てきれていないんだ。だから、君はここに――」
「――罠ではない」
「!?」
そこまで会話したところで、二人の頭の中に直接声が響いた。
鏑木は、セリナが不意に口をポカンと開けキョロキョロしたところを見て、問いかける。
「もしかして、君にも聞こえたのか?」
「ええ、聞こえたわ。これがあなたの言っていた声なのね」
セリナはすぐに察した。それと同時に、頭の中に響く声は言う。
「お主なら分かるだろう、小娘。これは罠ではない」
「そうなのか?」
「え、ええ。だけど――」
「問題ない。その少年も、お前と似たような能力を持っている。お互いに理解しあえるはずだ」
「そうなの!?」
「似たような能力を、お前が?」
二人ともに警戒心が宿る。
だが、ネタばらしされては本当のことを言うしかないと思い、セリナの方から自分の能力を明かした。
「……私は、相手の言葉が嘘か本当かを見分ける能力があるわ」
「俺は、目で見た人の心を読む能力がある」
それと同時に、お互いに能力で真偽を確かめる。
「本当みたいね。だから、信じてくれたのね」
「本当みたいだな。だから、信じてくれたのか」
似たような台詞を言い合うも、すぐにセリナは寒がるように腕を組む。
「うう、心の中を見られてると思うと、ちょっと気持ち悪いわね」
「こっちだってそうさ」
「約束しない? お互いに対しては、必要な時以外は能力を使わないって」
「分かった。俺はできるが、セリナは能力のオンオフは自由にできるの?」
「ええ、できるわ」
「……本当みたいだな。よし。念のため聞くが、君もこの声も仕込みじゃないよな? タイミングが良すぎるんだが」
「仕込みじゃないわ」
「……本当に仕込みじゃなのか。凄いな」
都合が良すぎて、笑えてくるというのが鏑木の素直な感想だった。鏑木は他に縋れるものがなかったから、これで力が手に入らなければ入らなかったでどうなろうがもういいとまで思っていたのに、そんな自棄な考えが段々消えていく。
二人を後押しするように、声は言った。
「それだけ、貴様らに気運が向いてきているのだ。さぁ、我のところに来い。力を授けてやろう」
二人で森の奥を睨む。
何が待っているかは分からなかったが、行く価値はあると、今の二人にはそう思えていた。
「行くか」
「ええ」
森の中を進んでいく道中で、鏑木は気になったことを頭の中に響く声に聞いた。
「聞かせて下さい。なんであなたはそんなに協力的なんですか?」
セリナのお陰で信用できるようになったとはいえ、なぜ自分に対して声をかけてきてくれたのか、その理由は鏑木には分からないままだった。相手は親切にも、一から話そうとしてくれる。
「理由を説明しよう。実はな、クリストル王は魔王の力を持っているのだ」
そこには流石に二人とも目を見開いた。それなら、こちらも同等の力を手に入れないと復讐ができない。
「そして、その魔王の力は我としても因縁のある相手の力でな。是非とも、我が手で葬り去りたいのだ」
「そうでしたか。ところで、あなたは魔王なのですか? もしかして魔王って複数いるのですか?」
「ああ。我も魔王だ。そして、魔王はその時その時によって新しく出現するものだと思ってくれればいい」
「結構、気軽に出てくるものなのね……今は、いないみたいだけど」
「まあ、それは置いておいて。我としても貴様という主人を得て、クリストル王とやらの排除を手伝いたいのだ。信じて頂けるかな?」
「どう? セリナ」
「大丈夫。嘘はついてないわ」
鏑木の能力は相手を目で見ないと発動しない。よって、頭の中に響く声が言っていることが本当かどうかは、セリナの能力でしか判別できない。
だが、セリナの能力で判別できれば、自然と鏑木も嘘か本当かが能力で分かるので、心配はいらなかった。
それ以外は静かだった。腰の高さほどある草を掻き分ける音以外、何も音がしなかった。二人で会話することもないから、二人で辺りを警戒しつつただ、前へ行く。
やがて、巨大な石碑が見えた。頭の中に響く声が、「ここだ」と言う。
「この石碑の裏にある窪みにお前が両手を置けば、我のところへの道が開ける」
「俺限定なのですか?」
「お前には我の力と適合できる素質がある。お前でなければダメだ」
「そうなのですか」
言われたとおりにするため、二人で石碑の後ろに回ると確かに窪みがあった。
鏑木が両手をその窪みに置くと、ゴゴゴと何かが動き出す音が聞こえた。石碑が振動しているのだ。
二人で石碑から離れるとやがて石碑は動き出し、その下にあった階段が姿を現した。
「この下に、あなたの道具があるのですか?」
「そうだ。我の道具がある」
セリナに真偽を確認するために鏑木が目配せをすると、頷いた。鏑木はセリナと共に階段を降りていく。
すると、そこにはいくつか骸骨が存在した。なぜ存在するのか二人には分からなかったが、異臭はしなかったので、そのまま進んでいく。
だが、進めはしなかった。何故なら、骸骨が動き出したからだ。
「まさか、アンデッド!?」
「ちょっと、これはどういうこと!?」
「かつての名残だな。自然発生だ。我は関与していない。だが、お前ならそんな雑魚ども訳なかろう。蹴散らしてしまえ」
頭の中に響く声は、セリナにそう言ってアンデッドを任せた。
鏑木がセリナの方を見ると、「しょうがないわね」とロングソードを手に取り戦いの体勢を取り始めていた。
「あなたは下がっていて」
「いけるのか?」
「聞いての通りよ。任せて」
セリナは鏑木よりも前に出る。相手の骸骨は3体。そのうちの1体が、錆びた剣を掲げて襲いかかってきた。
セリナはその剣を受け止めてはね除ける。そして、すかさず胴の骨を切断した。
素人の鏑木から見ても、セリナの剣は速かった。骸骨が体勢を立て直す前に切った。まさに神速。
胴の骨を切られた骸骨はそのまま崩れ去り、動かなくなった。セリナはふぅ、と一瞬だけ息継ぎをする。
残りの骸骨は、弓を持つ奴が一体と、槍を持つ奴が一体。セリナは、弓を持つ骸骨に目をやった。同時に骸骨が弓を引き絞り矢を放つ。それをエリーシャは剣で弾いた。同時に飛び出す風の刃が骸骨の頭蓋を真っ二つにする。骸骨は少しよろめいてから崩れ去った。
放たれた矢に間に合うほどの素早い動きに、それをしかと捉える動体視力。セリナのスペックが並外れていることに、鏑木は気付いた。
最後は、槍を持った骸骨。二人は間合いを測りつつ対面する。
先に仕掛けたのは骸骨だ。セリナの頭部を狙った鋭い一閃。だが、それをセリナは紙一重で避け、懐に入る。
その瞬間に、勝負は決した。頭蓋から縦に一閃。骸骨は縦に割れ、左右にそれぞれが崩れ落ちた。
「……凄い」
「これくらいなら、何てことないわ」
セリナは剣を納めながら、鏑木の賛辞を受け取る。
「流石、といったところだな。さぁ、速く我のところへと来るのだ」
声が導くままに、二人は地下通路を先へと進む。別に整備が行き届いている訳でもなく、ゴツゴツした岩肌が露出しっぱなしの地下通路だ。床だけは整っており、魔法か何かで石のタイルのようなものが作られていて、敷き詰められている。
二人が角を曲がると、そこには扉があった。開けると広めの空間に出た。その中央に杖が立てられて設置されている。大きな杖だ。身の丈くらいはあるかもしれない。杖の先はらせん状になっており、中央の紫色の球を覆うようなデザインになっている。
「これが、魔王の杖」
鏑木は手を伸ばしかけて、一瞬だけ躊躇した。禍々しい雰囲気に押されたのだ。それを見てか、頭の中に声が響く。
「心配するな。乗っ取りなどもせん。無論、我としては貴様の体を乗っ取れれば一番良かったのだが、我にそこまでの力は残っておらんのだ」
鏑木はセリナに、今の言葉の真偽を確認する。大丈夫だと分かったところで、鏑木は杖を手に取った。
瞬間、杖に宿っていた力が鏑木を覆う。闇の力だ。黒紫色のオーラが立ち上る。
それが溢れそうになるのを、鏑木はどうにか抑えようとした。歯を食いしばっている。
セリナは闇の力によって発生している風圧に耐えながら、鏑木の様子を見守る。
やがて、制御ができるようになってきたのか、ほとばしるオーラも落ち着いた。風圧もなくなり、鏑木は改めて杖を眺める。
「凄い。これが魔王の力か。しかもこの能力は面白い」
内側から沸き上がってくる力の奔流に、鏑木は驚いているようだった。同時に、感動もしていた。これほどの力があれば、クリストル王に復讐することも夢ではないと、本気で思った。
「ふぅ、やっと主人を見つけられた。感謝するぞ、少年」
「あなたのことは、何と呼べばいいのですか?」
「ザレオと呼ぶがよい。もはや全盛期の頃と比べれば絞りかすのような力しか残っておらんがな」
「まさか、これで絞りかす?」
鏑木は意外そうだったが、ザレオは訂正はしなかった。
杖を手にしたまま、鏑木はセリナの元へ歩み寄る。
「よし、力は手に入れた。このまま復讐に――」
「待て、逸るな鏑木。事はそう単純ではない」
「え?」
「我としても貴様という主人を得られた以上、クリストル王とやらの排除を失敗する訳にはいかん。まずは準備をするのだ。奴もまた、強大な力を持つ者。一筋縄ではとても敵う相手ではない」
「準備がいりますか。具体的にどんな準備をすればいいのですか?」
「仲間を集めるのだ。魔王クラスの仲間を。かつての魔王の力を持った人間たちと現魔族による、今代の魔王の座を争奪する戦いがそろそろ始まるからそれに乗じてな」
「そんなものがあるのですか。もしかして、それにはクリストル王も参加するのですか?」
「参加するだろうな。魔王の力を自分から持つとはそういうことだ。全世界を手中に収めて好き勝手やろうとするだろう」
「それはダメ! 私たちみたいな被害者が、今よりももっと多くなる……!」
セリナの言うとおりだ。復讐ももちろん成したいが、自分たちのような被害者が多くなるというのは、それはそれで気分が良いものではない。そう思った鏑木は、ひとまず今までの話を整理する。
「つまり、俺はクリストル王に復讐するために、魔王の座争奪戦に参加して、仲間を集める必要があるってことですか。まさか、異世界に来て、魔王の座を取りに行くことになるなんて思いませんでした」
「不服か?」
ザレオの言葉に、鏑木はニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「いいえ、全然。これですよ。こういう異世界らしく楽しそうなことをしたかったんですよ! 内政とかじゃなくて! やってやりますよ。魔王の座争奪戦」
心の底からの、本気の決意を鏑木は示した。ようやく舞い込んできた楽しそうなことに、心が躍っている。
同時に、部屋の外から靴音が鳴り響く。部屋に入ってきたのは、甲冑を着た兵士が五名。
「魔王の座の封印が解かれたと思ったら……貴様か、鏑木!」
「お前、ラースワイヤか。よく来たな」
「黙れ! まさか、魔王の力に対する適性があったとは! 今すぐ殺してやる!」
「ハハハッ! お前に俺が殺せるか!」
鏑木は楽しそうに笑みを浮かべて杖を掲げる。
「魔王の力を見せてやる! 闇吸!」
鏑木の頭上に半径が成人男性ほどある黒と紫の球体が出来上がる。そこから黒い煙のようなものが兵士の人数分発生し、それぞれに伸びていく。
「があ……ぁ……」
煙が巻き付き、苦しそうに呻く兵士たち。次々に武器を落とし自分も倒れていく。五人全員が床の上で眠りについたとき、煙も球体も消え去った。
その様子を最後まで見てから、セリナが鏑木に駆け寄る。
「何をしたの? まさか――」
「殺してないよ。力を吸って気絶させたんだ」
「力を吸った?」
「ああ。奪って使う力。これが、ザレオの力なんだ。還元!」
更に鏑木は杖を掲げる。すると、今度は白い靄が現れ鏑木を包む。
それが消えてから、鏑木は満足そうに微笑んだ。
「フフフ、これで俺の力もどんどん増していける。俺が最強になるのも、夢じゃない」
セリナはすっかり雰囲気が変わった鏑木に驚きつつも、彼に賭ければ復讐を成せるかもしれないと心の底から期待をしていた。
「ところで、君はこれからどうする? セリナ。話が大きくなってきたけど、俺から離れるか?」
「馬鹿言わないで。私はどうしても復讐を成したいの。あなたの元にいるのが一番可能性がある。離れる気はないわ」
「そうか。じゃあ、これからよろしく頼むよ。セリナ」
「あなたこそ、不甲斐ない結果出さないでよね。鏑木さん」
二人で握手を交わし、二人は魔王の座争奪戦へと参加する。
これにより、二人の復讐の旅が幕を開けたのだった。