4-08 神獣の召喚士 ~転生少女は、世界で唯一のもふもふ・サモナー!~
アリーシャ・ナイトベルグは13歳の辺境伯令嬢。
貴族として最初の務め、自らの才能を神に問う『スキル選定の儀』――そこで前世の記憶を思い出し、自分が異世界転生していたことを知る。
――こ、これは憧れのファンタジー世界では……!
そう思ったのもつかの間、儀式で『もふもふ召喚士』という、もふもふした生き物専門の召喚士というスキルを授かってしまう。
おまけにその場で子犬を召喚したことで、まともな魔獣も呼び出せぬダメダメスキルと認定。
より高位のスキルを期待していた実家からは勘当同然の扱いとなる。
身の危険を感じて逃げ出したアリーシャは、サモナー協会と名乗る男に保護される。
そこで神獣――もとい、もふもふした生き物で平和を守る冒険者として活動することに。
なぜならこの世界の神獣は、すべからく毛で『もふもふ』していたからだ。
優しくもちょいハードな世界を毛並みで包む、もふもふ冒険ファンタジー。
知らない場所だ、と私は思った。
見上げる天井は白くて、高くて、ところどころに開いた窓から朝の陽が差し込んでいる。荘厳な神殿の奥には、白い石で掘り抜かれた女神像があり、てくてくと進む私達を迎えるように両手を広げていた。
優しそうな微笑みは、古代ギリシャの彫刻を思わせる。
そこで、また私の頭に疑問が閃くのだ。
――ギリシャ?
なんのことだろうか。
私は隣にいる妹と共に、赤いカーペットを進む。
2歳年下の妹は、今年で11歳。辺境伯家の豪華なドレスが、足を進めるたびレースを揺らしている。
ちょっと上気した頬に、自信にきらめく目。
そういえば私と妹は、今まさに人生を決める儀式に向かっているのだった。
私も似たような恰好で、周りからは着飾った子供が神殿を行進しているように見えるだろう。
ほうっとため息。
まるで頭に2人いるみたい。知っている知識と、知らないはずの知識が、脳でせめぎ合っている。
私達が女神像の前まで進み出ると、横から杖を持った神官が現れた。
「ようこそ、これからスキルの選定を受ける神の子らよ」
神官が手で合図をすると、青いオーブの載った台座が運ばれてくる。
「これに、1人ずつ手をかざしなさい。さすれば、神様からの贈り物がなんであるか、私が改めてあげよう」
目をパチパチしている間に、頭がはっきりしていく。
キョロキョロすると妹と目が合った。
「平気ですか、アリーシャお姉様?」
あ、と思考にさらなる蹴りが入る。
そうだ、私の名前はアリーシャだ。小山湊なんて名前ではなく――。
私はもう一度辺りを観察する。
カーペットが敷かれた道の左右には、礼服を着た大人達。お父様とお母様、そして集められた親戚の貴族らは、不安そうな目、あるいは期待に満ちた目で、私達の『選定』を見つめていた。
これは王国の子供達が成人前に行う、『スキル選定の儀式』。
貴族たる私達がいかに素晴らしい才能を授かったか知らしめるため、特別大規模なのだった。
私は妹へ呼びかける。
「トリシャ」
「はい?」
「私、アリーシャ・ナイトベルグ辺境伯令嬢――」
2つ年下の妹、トリシャはますます顔をしかめた。
「変なお姉様。まぁ、変なのは昔からでしたけど……」
「え?」
「さぁ、まずはお姉様の番ですよ」
妹に促され、オーブの前に立つ。
向かって右側にお母様とお父様、左側には親戚筋の偉そうな方々がずらりと並んでいた。
うっと後ずさりそうになる。
誰も彼も目をらんらんと光らせて、このイベントが超大事であると告げていた。
それもそのはず。魔法あり神様あり貴族ありのこの世界では、『スキル』の良し悪しはそのまま神様に愛されているかどうかを示す。
――私はごく自然に、『この世界』という言葉を使っていた。
まるで、ここじゃない世界をしっているみたいに。
「さぁ、どうぞ。ナイトベルグ辺境伯令嬢」
嫌な予感をびんびんに受けながら、私はオーブに手をかざした。
神官が目をむき、神殿に声が響く。
――――
あなたのスキルは 『もふもふ召喚士』 です
――――
凍り付いた空気は、バナナで釘が打てそうなほど。
私は数キロ望遠の目をしていたと思う。
……うん。
そんな気がしてたよ。
これ、知っている。
異世界転生だ。
『スキル』を教えてもらった瞬間、私の頭に24歳で過労死した社畜の一生が、手にとれそうなリアリティと共に流れ込んできた。
足がふらつく。
私は転生する前に、神様と思われる存在に、毛並みの――『もふもふ』のすばらしさを力説した。
いい大学に入るために死ぬほど勉強して、そのくせ就職もうまくいかなくて、会社でもカレンダーが読めなくなるほどの残業地獄で……。
そんな中、小さい頃にちょっとだけ飼った子犬の思い出は、忘れるには暖かすぎた。
まぁ、その子犬も勉強の邪魔と言われて、前世の両親に捨てられてしまったのだが。
スキル内容は、『来世では是非もふもふ』と神様に願ったせい?
「あ、アリーシャ・ナイトベルグ辺境伯令嬢……」
神官は口元をひくつかせる。
気づくと私はへたり込んでいた。
『わぁ異世界転生!』なんてとても言えない。
もふもふ、もふもふ、と貴族達が噂しあう。明日からあだ名はもふもふ令嬢……?
拷問みたいな空気だ。
「あなたのスキルは、『召喚士』で……」
「もうよい! 獣飼いどものゴミスキルではないかぁ!」
神殿中を震わせる声を放ったのは、赤っ恥となったお父様である。
「何か使ってみろ!」
「は、はぁい!」
転生者として存在価値を見せなければ……!
自信をかき集め、びっとサムズアップする。
突然様子が変わった私に、お父様が戸惑っていた。
「魔獣よ! 越し来たりて、我に従え!」
それっぽい詠唱に、「おっ」と思ったのは秘密。
真っ白い光が頭上に生まれて、そこから何かが床に降り立つ。
「わん!」
青い毛並みの子犬だった。
私の周りをくるくる回って、ゴシゴシと背中をすりつけてくる。私は反射的に抱きあげた。
「か、かわいい……!」
もふもふ、ふわふわの毛並み。
犬種はなんだろう。
前の世界でいうと、テリア種か、ポメラニアン? 尻尾がピンと立ってるから、やっぱりテリアかな?
つぶらな瞳は、冬の夜空みたいに深い黒。思わず頬ずりしてしまう。
『動物を飼いたい』――そんな気持ちが、前世でいくらやっても叶わなかった気持ちが、こんな場所で叶うなんて。
「幸せぇぇぇ――はっ!」
辺りを見回した。
空気はもはや、回復不能なまでに冷えている。熱そうなのは、お父様の真っ赤な顔くらい。
私はふっと鼻を鳴らした。
召喚した子犬を抱きあげ、重々しく頷く。
「みなまでいうでない」
堂々と退出する私に、追放と修道院送りが突きつけられたのはわずか半日後のことだった。
なお、妹は『王の中の王』というスキルだった。なので妹から徹底的に見下され、馬鹿にされるというおまけもついてきた。
◆
夜の森を、私は走っていた。
腕には一昨日スキルで召喚した子犬。力が発動したばかりのせいか、召喚されたこの子は戻ることなく、私にずっと付き従っていた。
そしてこの子――オスだった――は両親から腹いせに、そして妹からは面白半分に打たれて、右後ろ脚を痛めている。
「はっ、はっ」
息が切れる。
お父様とお母様は、辺境伯家の恥である私を修道院に閉じ込めて、スキルを奪うことを決めた。
勘当である。
スキルを奪われたら、召喚したばかりの子犬がどうなってしまうのか――死んでしまうのか、もう会えないのか、それさえもわからなかった。
「……もう、取られるのは嫌だ」
子犬はもふもふで、ふかふかで、こんな時でも気持ちいい。
私、おかしいのだろうか。まだ3日も一緒にいないのに、この子を守るために、家から暗い森へ飛び出している。
大人しく修道院へゆけば、少なくとも私に命の危険はない――。
「でも、大丈夫」
私は子犬に語りかけた。
「なんとかしてあげる!」
家族にも使用人にも一夜にして見放された時、この犬だけは側にいた。まるでこの子もまた、『私にはあなたしかない!』と言っているかのようだった。
……私の思い込みかも、だけどね。
「こっちで音がしたぞ!」
「逃がすな!」
「辺境伯様が懸賞金をかけたらしいぞ」
昼前に屋敷を出てから、大分逃げてきた。
おかげで周りの領民を巻き込んで、大捕物になっている。
私はぞっとしながら、暗い森を抜けた。フクロウの声、獣の遠吠え、どれもひどく不気味だ。
……ていうか辺境だから魔獣も盗賊も実際出る。ハードモードだ。
「あっ――」
足を滑らせ、崖を滑り落ちた。
それでも子犬は掲げて守る。
「ふんぬぅ!」
犬も飼えずに何が異世界転生だ!
「怪我ないっ?」
「わ、わんっ」
「静かに!」
「くぅん……」
傷む臀部をさすって起き上がると、痛みと疲れで目がちかちかした。泣きそうになるのを我慢する。もう動けなくなるから。
月明りが木々の隙間から差し込む中、ぼうっと人影が浮かびあがる。
「ひっ」
「君は――」
絶望する私の前に現れたのは、豊かな茶髪をした青年だった。顔立ちは、眼鏡をかけて若干タレ目で、優しげに整っている。街で見たら学者のタマゴとでも思ったろう。
彼は私と子犬に目を細め、小さく頷いた。
「召喚士協会の者だ。君を保護したいんだけど」
背後では私を探す音、そして叫び。前には正体不明の美形。
前門の謎の男、後門の追手。
腕にはもふもふ。
「サモナー協会?」
「ああ、そうなんだけど……あれ、違った? 君、召喚士なんだろう?」
唖然とする私は、目から涙があふれた。あ、だめだ、と思った。
「でも、私……もふもふなのしか、出せないみたいなんですぅ……!」
前世でもダメで、擦り切れて死んで、当世でも追放。そんな自分に、何かが悲鳴をあげていた。
男性は目を見張った後、くしゃりと笑う。
「それはいい」
「え?」
「僕の知っている神獣は、すべからくもふもふしているんだよ」
言葉の直後、そして、男性が子犬に触れた直後。
まばゆい光が傷ついていた子犬にまとった。
子犬の体が大きく膨らみ、ふわふわと柔らかい毛が私を包み込む。子犬は一頭の巨大な狼に変じると、私と男を乗せて夜の森を駆けだした。