4-05 とあるドラゴンの異世界転生 〜第二の竜生はコンビニバイト〜
とあるファンタジー世界。業炎の暴竜と言われ、その名に違わず傍若無人に暴れていた竜・ガレオンは、遂にとある冒険者パーティの戦士に討伐されてしまう。薄れゆく意識の中、次に目を覚ますと、そこは見知らぬ『布団』の中。起き上がった自分の手は紛れもなく自分の手の面影があったが、その姿はかつての自身とは遠くかけ離れていて……。やがて自分が、冒険者達から呼ばれていた名前とよく似た別人へ、記憶をほぼ保持しながら竜人族として生まれ変わった事を認識する。
コンビニのバイトから始まる、転生日常系ファンタジー!!
とあるダンジョンの最下層。武装した冒険者集団と我は対峙していた。
「我を討伐しに来たか、面白い。返り討ちにしてくれるわ」
蛮勇を振るう者は『死』あるのみ。いつものように我がブレスで焼き払ってやろうと精一杯の力を込めて豪炎を放つ。あぁ、つまらぬものをまた焼いてしまった。
と思っていた矢先、我が強靭な鱗があっさりと貫かれた感触を覚える。その瞬間、今まで経験した事がなかった『はっきりとした痛み』という感覚が我の身体を恐怖で支配する。
「お前に返り討ちにされた冒険者達の怒りの一撃だ!! 命と引き換えても貴様は討つ!!」
「待って!! そうしたら貴方は!!」
やつの番?なのだろうかと思われる人間の女が、我に剣を刺した男に叫び声をあげる。
「いいんだ!! お前達は俺が無事に帰ってくる事だけを考えていてくれ!!」
「させぬ! お前を焼き尽くしてお前ら皆も焼き尽くしてやろう……」
そして、我は負けた。口ではカッコいい事を言っておきながら、我は負けたのだ。あぁ……忘れていた。考えないようにしていたのか、それとも。
「人間は、弱いくせに群れて愚かで……」
「学ぶ事ができる、勇敢な種族だったなと……」
それが業炎の暴竜と冒険者ギルドで重要討伐モンスターと言われていたガレオンの、最期の言葉だった。
・・・
「ジリジリジリジリ…コッケコッコオーーー!!」
騒がしいロックバードの鳴き声が、我の耳の近くで迷惑も考えずに騒がしく鳴り響く。そうか、我は……おかしい、そんな筈はない。確かに我はあの時に、自分の生命の灯火が消える感覚と、同時に身体を貫き続ける痛みが和らいでいく感覚を同時に覚えた。
「コッケコッコオーーー!! コッケコッコオーーー!!」
「ええい! 騒がしい!! どう止めるかわからぬ!!」
暫く騒がしく鳴り響いていたロックバードが、ようやく鳴り止んだ事に安堵を覚えると同時に、部屋の中がダンジョンではなく物凄く明るい場所で、かつ自分の身体が鱗や尻尾こそ生えているものの、人間に近い容姿になっている事に気が付いた。
「なんだコレはぁぁぁ!!!」
自身が使っていたもう一つの得意技『竜の聲』。相手の魔法詠唱を掻き消し、空間を我の『聲』のみを通す状況にする……に匹敵する声を、張り上げてしまう。
その瞬間、下の階から駆け上がっていく足音が聞こえてくる。今の無力(?)な我ではなす術など無い……せめて無害なフリをしていよう……と思考を巡らせる。
「元気になってくれたんだね……!! ちょっと元気過ぎるけど、治ってくれて本当に良かった!!」
「ど、どうしたのだ!?」
我の今の身体をもう少しメス寄りにした、人間で言うところの『母親』らしき存在に、我は強く抱きしめられてしまった。
「すると……我は、大きな事故にあった後、怪我は治癒したが、身体が動かせなかったのだな?」
「ええ……貴方と一緒に行った洞窟で、突然その一部が崩落して……私達竜人族は身体は頑丈だったから、致命傷にはならなかったのだけど……怪我が治ったとしても、今までみたく動く事はできないだろうと、お医者さんが……」
ここまでの経緯を説明した後、再び母親らしき存在が、我の身体を強く抱きしめる。
「まるで、別人になってしまったかもしれないと思ったけれど……」
その言葉に、心がチクリとくる。
「だとしても、私の大事な息子がまた元気な姿を見せてくれた、それだけで十分だわ……」
その言葉を聞いて、我は何故か涙が出てしまった。そしてその涙は中々止まる事が無く、母親らしき存在に、『タオル』というものを手渡され背中を撫でられた事でようやく落ち着きを取り戻したのだった。
・・・
「まずは状況確認から…か。どうやら我の名前は、レオンと言うらしい。そしてあの母親らしき者の名前はルイナ。父親を早くに亡くし、我を大事に育ててくれていた……らしい」
続けて取り出すのは、我があのようになった状態の日の『新聞記事』。原因は……事故現場周辺の地盤が緩んだ事による崩落……か。
死者数十人、重体が一人。おそらくその重体一人が我なのだろう。生命は助かったのであろうが、恐らく……我が経験した重度の拘束魔術を、何年も何年も味わっていたのだろうな。
「もし、もしもだ。我がここにいる事でレオン……貴様の魂を奪ってしまっていたのなら、貴様の無念の分、我が母親の事を幸せにしてやろうではないか……」
偉そうな口ぶりだが、実際はこの身体の元の持ち主に対し、強者と認める敬意に近い感情を、彼は抱いていたのだった。
疲れが溜まっていたのだろう、彼はそのまま眠りにつく。大昔に睡眠魔術を喰らった時のような不快な眠りではなく、穏やかな眠りだ。
『恨んでなんか、いませんよ。むしろ、僕の代わりに僕の人生の残りを楽しんでください』
『お、おいっ』
『貴方が僕と似た名前を持つ……ふふっ、輪廻転生みたいなもんですね』
『りんねてんせいとか訳わからないこと言うな!! 第一貴様は死んでないだろう!!』
『ふふ、ありがとうございます。あ、そうそう……起きたらまずは、オシゴトを見つけてください……大丈夫です、貴方なら……』
・・・
「お、おいっ!!」
『ジリジリジリ…コッケコッ…グーモーニン!』
昨日の夜、レオンが母親にあのロックバードはなんなんだと聞いたところ、あれは『目覚まし時計』というものだという。そして、ロックバード? ファンタジーアニメの見過ぎだったからねえ…『あなた』は。と少しだけ寂しげに、しかし懐かしそうな表情を浮かべていた。
その目覚まし時計が鳴る瞬間に起きたらしい。きっと『レオン』の本能みたいなもんだったのだろう……マメなやつめ。
「おはよう、レオン。あ……流石にパンツくらいは履いて降りてきて欲しいわ」
「パンツとは……なんだ?」
「あなたが昨日履いていたやつよ。もしかして、昨日ずっともじもじとしていたのは……やあねえ、そうならそうと」
「どういうことだ、母さん」
「今夜はセキハンかしら、お母さん、お母さんをやっていてよかったわー」
「だからどういうことだ……」
そのあと、改めて母親からパンツの事を聞いて、履き直したレオン。その光景を『レオン』が見ていたなら、きっと腹を抱えて笑っていたに違いない。
「ホントは服を着て欲しかったけど、お家の中なら別に構わないわ。改めておはようレオン! 『はじめて』の夜はどうだったかしら?」
「布団や枕…? というのか? あれがとても心地良かったぞ……感謝する。あと、笑わないで聞いて欲しいのだが……」
「あなたがレオンでも『レオン』でも笑ったりはしないわよ。それで、なにかしら?」
ルイナ……母親の優しい声に、レオンは昨日の夜、『レオン』が夢に出てきた事、なにを言っていたかは忘れてしまったが、『オ』から始まる何かを見つけてくださいという事を話した。
母親はそれを聞き、笑いはしなかったものの一瞬恥ずかしそうな表情を浮かべ、すぐに首を横にフルフルと振り、レオンの前に真剣な表情で向き直る。
「お仕事の事かもしれないわね。あの子、働きたい働きたい! って、ずっと言ってたから。ほら、私早めにダンナを亡くしてしまっていてね。ずっとあの子には苦労をかけてしまっていたのよ」
「そうか……」
冒険者を返り討ちにしていたあの頃、焼き尽くしたりした者達の中には、目の前の母親のような境遇か、そうさせてしまった者達がいたのだろうか。だが、それを悔い改める気は無い。
何故なら、それをしなければ自分が死んでいた。生きる為に必要だったのだから、それはそうするしかなかったし、向こうもそれを承知の上で我を狙っていたのだろうから。
「どうしたの、レオン?」
「なんでもない。なあ母さん、お仕事を探すにはどうしたら良い? なにから始めたら良い? 『レオン』はどういうお仕事に興味があった?」
「お仕事は……足で探すのは今は中々ないけど、あなたの場合はリハビリを兼ねて私と散歩がてら一緒に探しましょうか」
「ありがたいが、母さんは恥ずかしく無いのか? ほら……我のようないい歳?した子供にぴったりくっついてとか、な?」
「恥ずかしくはないわよ。いくつになっても我が子は可愛いものだし! それに、貴方はいくら元気になったからって、病み上がりなのよ?」
「そ、そうか……では、母さんよろしく頼む」
「まっかせなさい! でもその前に服を着てきなさい! 昨日脱いだあの服でもいいから!」
そう息子の背中を押す母親の、優しいながらも力強い手応え。ああ、これが母の……と感慨にふける間もなく、彼は自分の部屋に戻された。
そしてその数日後……。
「いらっしゃいませなのだ!」
「なのだは余計だよ、レオンくん」
「す、すみませんなのだ!」
「まあ、それも君の個性だからいいけどね。でもお子さんが買い物来た時にだけその応対でいこうか」
「わ、わかりましたな……」
「よしよし、よく我慢できたね。うん、面白い子を採用できたな、俺は。今入口の求人だけで応募してくる子殆どいないからなぁ」
母親との散歩の帰り、何故か目を惹かれたコンビニエンスストアという名前のお店。そこのバイト募集の紙を見つけ、次の日に電話をし、自分を倒した戦士に似た顔の店長の面接で履歴書無しで彼は受かってしまい……今に至る。
何故か記憶を引き継いだまま違う世界に転移したレオン。元の身体の持ち主の『レオン』。
そして自分を倒した戦士にそっくりさんの店長。第二の竜生も、大変そうな予感がするのだった。