4-02 A Void
【達成目標】
空の世界を脱出してください。
ただし、以下のルールに従うこと。
【ルール】
・ルールは必ず守られなくてはならない
・24時間ごとに1つ以上のルールを追加しなくてはならない
・一度追加したルールを変更してはならない
【特記事項】
・『死』による脱出は認めない
――目を開けると、真っ白な世界であった。
「……とかなんとか、似たような書き出しから始まる小説もあったっけ」
もっとも、この場所を真っ白な世界と形容するのは些か語弊のある表現かもしれない。
正しく表現をするならば、何もない世界、空の世界とでも言うべきだろうか。
辺りを見渡してみるが、視界に入るものといえば、どこまでも続く完全なる『白』の空間である。
「まあ、仮に雪景色で真っ白だったら、とっくに死んでただろうけど」
真っ白な世界で唯一の色をもった物体は、己の裸体のみである。
仮にここが国境の長いトンネルを抜けた先であれば凍死は免れなかっただろうが、暑さも寒さも感じないこの空間であったことは幸いであった。
さりとてそんなことに一喜一憂をしている場合でもないのはまた事実。
「まずは状況を確認しないとね」
今現在置かれている状況の把握を最優先として、ひとまずは冷静に現状を分析する。
自分の身体は見慣れたそれであるが、何故か衣服の類は着けておらず、勇者でも赤面必須の全裸体であった。
とはいえ、何も存在していないこの空間においては、誰かに見られるということもないため羞恥心は一旦置いておく。
「目が覚めたら私は素っ裸で、今いるここは謎の真っ白空間。前後左右、どこを向いても何もなくて、上下は……どこまで続いてるんだかわかんないけど、足がついてるってことはここは底ってことでいいのかな?」
視覚的に何かが見えているわけではないため、明確に有無を語ることはできないが、少なくとも足裏に平らな感触が伝わってきているのであれば、床と呼べるものが存在することは間違いないだろう。
床すらないとなれば、無限に落下し続ける可能性もあったわけだが、確かに存在する足元の感触のおかげでその可能性は否定された。
と、足元を眺め続けたことで、重大なことに気が付いた。
「――こんだけ明るいのに、影がないってのはどういうことだろう?」
見下ろす足元には、生まれてこの方分たれたことのない影が存在していなかった。
自分自身を見ることができる以上、光源がどこかに存在することは間違いないと思われる。
しかし、明るい空間でありながら、天を見上げても電灯はおろか、太陽すら存在していない。
つまり、これは明確な異変だった。
「何か問題があるわけでもないけど……」
そもそも、自分以外に何も存在しないこの空間が異質であることは一目瞭然である。
簡単な調査として周囲を歩いてみたりもしたが、確認できたことといえば、自分が異質な空間に取り込まれているという現状のみだ。
現状打破の方法は一切見つかっていない。
「ってか、普通こういうのって、ゲームマスター的な存在が出てきて説明とかしてくれるもんじゃないの?」
人様を勝手に変な場所に取り込んでおきながら、目的やルールどころか、何の説明もなしに放置し続けるというのはいかがなものだろうか。
もっとも、それはあくまで自分を取り込んだ『何か』が存在する前提であり、『何か』が存在しない可能性もある。
「もしくは、私が自分の意思でここに入った可能性もあるわけか」
それは仮定の一つであるものの、『何か』の介入がなくては先に進めないとなれば、自ずと自分自身が『何か』であるとすることが正解のような気がする。
そして、自分自身が『何か』であるならば、この空間に変化を起こす方法は、きっとこうするのではないだろうか。
「――【ウィンドウ・オン】」
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【達成目標】
空の世界を脱出してください。
ただし、以下のルールに従うこと。
【ルール】
・ルールは必ず守られなくてはならない
・24時間ごとに1つ以上のルールを追加しなくてはならない
・一度追加したルールを変更してはならない
【特記事項】
・『死』による脱出は認めない
===
「……正解を引いたみたいだね」
突如、視界に割り込むように黒いウィンドウが表示されたことで、自分自身が『何か』であることを確信する。
何も存在していない空間に浮かぶ無機質な黒いウィンドウは異質そのものであるが、明確な進展にわずかな喜びを覚える。
「まだ何も解決してないけど、ルールがあるなら私は戦える」
もしここがルールも何も存在しない本当の無であれば、為す術もなく永遠に閉じ込められ続けただろう。
しかし、目の前の黒いウィンドウがこの空間から脱出できることを明記しているならば、如何様にでもやりようはあった。
「それにしたって、取り込んでおいて脱出しろとはね。カメラでも回っててくれればドッキリ企画を疑えたんだけど」
もしこれがゲームだというならば、タイトルは『空の世界からの脱出』といったところか。
そう考えるとこの何もない空間も、一種のアトラクションのように感じられてくるのだから不思議である。
「余計なことを考えてる場合じゃない。ひとまずは情報整理といこう」
何もない世界唯一の情報源である黒いウィンドウから、まずは得られた情報を順番に読み解いていく。
特に気になったのは、ルールに記された項目であった。
「ルールは必ず守れってのはわかるけど、ルールの追加ってのはどういうことなんだろ?」
現状、ウィンドウに表示されているルールは三つであり、全てを守らなくてはならないとすれば、24時間の間に1つのルールを追加しなくてはならないことになる。
この世界に閉じ込められてから体感で2時間ほど経過しているため、あと22時間以内に追加ルールを決定する必要があった。
「まだ焦る必要はないけど、かといってギリギリになって適当に決めるわけにもいかない、か」
一度追加したルールを変更できないならば、一つ一つの追加ルールを決定する際は慎重にいかねばならない。
下手をすれば、守れないルールを設定して『詰み』の可能性すら有り得る。
「ルールを守れなかった場合についてのペナルティは書いてないけど……特記事項が怪しいんだよなぁ」
わざわざ別項目として書かれている以上、この一文が持つ意味は極めて重たいと考えられる。
死を救済とする考えも世の中にはあるようだが、この世界での死は絶対に避けなければならないものと考えてよさそうだ。
かといって、ルールとして「私は死なない」などと追加してしまうのもまずいという直感がある。
「ひとりぼっちでなんかずっと白い場所ってのは流石にキツいものがあるしね」
何はともあれ、大事なのはルール追加を慎重にすることと、死なないことである。
そう認識したところで、あえて無視し続けてきた生理現象に向き合わなくてはならない時間が来てしまった。
「……お腹すいたなぁ」
当然ながら、食べるものなどこの場には存在していない。
唯一存在している黒いウィンドウも、残念ながら干渉することはできないため、腹の足しにはならない。
このままでは餓死する以外の選択肢はない。
「――そんなわけない」
ルールがあるならば戦えると、そう豪語したのは他ならぬ自分自身である。
加えて、この世界にルールを追加できるのも自分であるというならば、この程度の問題はどうとでも超えられる。
「まだ何か、見落としているんだ」
例えば、自分の作り上げたゲームをプレイしてもらうとき、何も操作方法を教えぬまま、ヒントも与えずに死なせることがあるだろうか。
普通に考えれば、最低限プレイヤーが気付けるだけのヒントは用意するものである。
そして、それはきっとこの世界にも――
「――そういうことね」
未だに脱出方法のわからないこの世界でも、ルールがあるなら『穴』はある。
そして、『穴』があるならそこを突くことが、最初の一歩になるのである。
「ルールが必ず『守られなくてはならない』っていうなら、こういうルール追加はどう?」
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【ルール追加】
24時間のうちに1度以上の食事を取らねばならない
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ルールが「守らなくてはならない」ものであれば、新たなルールによって食事を取れないままルール違反となるだろう。
しかし、ルールが「守られなくてはならない」ものであるならば、新たなルールを守らせるためにこの世界そのものが『食』という概念を生み出すのではないか。
正にルールの『穴』を突いたようなルールの追加によって、何もない空間はわずかな沈黙をもって応え――
【ルールが追加されました。世界を再構築します】
「――さあ、攻略してやるわ。空の世界からの脱出をね!」
――目を閉じると、真っ白な世界が塗り替えられていった。
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【達成目標】
空の世界を脱出してください。
ただし、以下のルールに従うこと。
【ルール】
・ルールは必ず守られなくてはならない
・24時間ごとに1つ以上のルールを追加しなくてはならない
・一度追加したルールを変更してはならない
・24時間のうちに1度以上の食事を取らねばならない
【特記事項】
・『死』による脱出は認めない
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