4-16 終末飛翔
ゾンビなんてクソ喰らえ。
鳩に転生したけど、飛ぶしか能がない。
もう俺自身が生きていれば、それでいい。
あわよくば、人助けもしてみたいけど。
俺は電線にとまり、自宅の窓を見ていた。
夕焼け空に、カーカーと物悲しい天敵の声が聞こえる。
どうやらゾンビパニックにより命を落とし、鳩に転生していたようだ。
人間の体では運良く一週間は生き延びれた。
だが、知らぬ間にお陀仏になったらしい。
俺の屍は狭いアパートの一室で、簡単な鍵も開けられず闇雲にドアを叩き続けている。
今、ゾンビに魂は存在しない、という言葉を思い出した。
形は俺のようで、確実に今の俺ではない。既に魂は鳩の体に移り代わっている。
なんだか気味が悪いなと思う。
でも、かつての体を見続けてしまうのは何故だろう。
未練は無い。というより、今を生きるのに精一杯だ。
ゾンビ化しているのは哺乳類だけで、鳩である俺は無事。
だが食料がなければ、いずれ餓死してしまうのは変わらない。
現実逃避ついでに、食料の調達先について考えておこう。
食料があるところは、近所だと駅近のスーパーやコンビニだ。
でも人間だった時、そこにはゾンビたちが群がっていたような。候補としては無しだな。
いつか山から獣のゾンビもやって来るだろうし。
考えに行き詰まり、なんとなく周囲を見渡した。
閑静な住宅街に面白いものなどはなく、ここ数日で見慣れたゾンビたちだけ。
食料はそこら辺の家にたんまりとあるだろうが、入り方など分からない。
入り方が分かるのは、目の前にあるアパートだけ。
そう言えば、まだ部屋に食べかけのポテチあったな。久しぶりに食いてえ。
母ちゃんが送ってくれた米も使い掛けだし……てか今日の晩酌の枝豆あったよな。
あー腹減った。
というか俺の家なら入れるじゃん。
なんでこんな簡単なこと気付かなかったんだ? 気付いてたのに入ろうとしてなかっただけか。
ゾンビの俺に怖気付いてたのか? 意味分かんないな。
思い立ったが吉日、電線から飛翔する。
記憶違いでなければ、窓の鍵は空いているはず。
窓を軽く羽で叩き、俺ゾンビをこちらに誘導!
鍵は開けられなくとも、窓をスライドするぐらいなら出来るはずだ。
こちらにノロノロと向かってくる俺は、一見人間と変わらない。
しかしよく見ると血色が異常に悪く、表情も乏しい。
ぐらりと腕を上げ、窓を開け――
「うが……あ゛ー」
うおっ! いきなり窓ガラス貫通して手を突き出してくるんじゃねえ!
割れたガラスの破片が地面へ落ち、さらに俺ゾンビの腕にも突き刺さっている。
血が流れているが、痛みに堪える様子も無い。
再度手を伸ばしてきたため、今度はしっかり離れる。
さっきは奇跡的に当たらなかったが、超怖かった。
どうやら俺に反応して手を伸ばそうとしている。
ならば羽ばたく位置を変えて手の位置を誘導し、窓ガラスを全て割ってもらおう。
目論見は成功。
最後に姿を隠して俺ゾンビが離れたところでこっそり家に入った。
六畳一間の和室が俺の元自室。冷蔵庫も小さいものでとにかく節約していた。
命綱は母ちゃんが送ってくれる米と安いツマミ。
俺ゾンビは外に出ようと、ドアの前で鍵を開けようと奮闘中だ。
ここでやることは食料調達と、今思いついたことがある。
すなわち、俺ゾンビの抹殺だ。
おーい! ゾンビくんこっちだぞー!
わざと音を出して羽ばたき、俺ゾンビを窓側へ誘導する。
少々怖いが、ノロノロなので余裕で回避。
窓際まで追い詰められたところで、いきなり飛翔!
何回か足でつついたり羽で腕を掠める。
そう、これは挑発だ。俺に夢中になった俺ゾンビは必死に捕まえようとしてきた。
もちろんこれも余裕で避けられる。
あとは穴の空いた窓ガラスから飛び出すだけだ。
こうすることで、知能の低いゾンビくんは飛び降りちゃうという作戦だ。
「あ゛……あ゛ー……」
ドサッと鈍い音が響き、案の定頭から真っ逆さまにダイブ。
だが、ゾンビはしぶとい。この程度じゃ殺されてくれない。
庭のような狭い空き地に降り立ち、様子を伺う。
ここは隣の建物の塀と、自宅のアパートに挟まれた場所である。
ゾンビでも普通に抜け出そうと思えば抜け出せるが……俺がそうはさせない。
地面に敷き詰められた石ころを咥え、未だに起き上がらない俺ゾンビへ投げる。
最初の一投は背中に当たりノーダメージ。
ただ石ころは無限にある。何回もやればいずれ死ぬだろう。いやもう死んでるか。
動かなくなるまで石を投げ続け、ダメだったとしても最悪目潰しで自滅するように仕向ければいい。
◇
すっかり日も暮れて、夜空には三日月のソロステージが開催されていた。
俺ゾンビは既に唸り声もせず、完全に動きが停止している。
そろそろ俺も空腹の限界だということで、この作業は終わり。
割られていた窓から入り、食料を漁る。
ちゃぶ台からぶちまけられた、きゅうりの塩漬け。
押し入れの中に散乱していた無洗米に、電源の消えた冷蔵庫にある食べかけポテチ。
今思うと、篭城生活するにしては流石に食料が少ない。
だがあの時の俺は、これで安心していた気がする。
水道はストップしていて、水分は生ぬるい買い溜めビールで何とかしてたっけ。
俺、よく一週間粘れたな……。
《~~♪》
きゅうりの塩漬けを食い漁っていた時、変な音が聞こえた。
部屋の外では無い、中からだ。
何かが聞こえた……いや、何が聞こえた?
周囲を見回すと、部屋の片隅で鈍く光る物があった。
スマホだ。
通信が圏外になり、使い物にならねえと適当にほっぽっていた代物。
画面には妹の連絡アプリからの通知がきていた。
なぜ圏外のはずなのに届いたんだ?
いやそれよりも気になることがある。妹は実家の方から高校に通っていたはずだ。
ということは家族は無事なのだろうか。
だが通知は一件のみ。しかも連絡は、通知内で収まる程度の短文だけ。
『むかえにきて』
なぜ今更来たのだろう。いや、今通信が復活したから通知が来たのか?
微々たるものだが、右上のマークには一本の棒が立っている。
色々と疑問はあるが、取り敢えず返信をしよう。
ロックを解除するには……顔認証は無理だな。
俺ゾンビのところへ行くにしても、ボコボコにしちゃったから多分無理。
指紋認証も同じ理由で却下。
後はパスワード……一応パスワードが「imoUtkaWaii0523」なのは覚えてる。
問題は打ち込めるかどうかだが……。
終わった。全滅だ。連絡取れない。
スワイプは辛うじてできる、だがタップはできない。
画面小さすぎ、無理。絶望した。
マジで何しよう。不貞腐れちゃった。何もやる気でない。
もう適当に散歩するか。いや危ないな。
鳩になったんだから、折角だし飛ぼう!
平和の象徴なんだし、俺が街中飛んだら平和になるとかねーかな。無いか。
暇だし、生存者探して観察しよ。
俺を食料とみなさない奴なら、助けてやってもいいかな。





