4-13 チート令嬢のパグとして召喚されましたがやることがありません
パグを知っているだろうか。あの困った顔のような可愛い犬だ。
可愛らしさの反面、健康被害なども出やすい犬であり、名前の語源は中国語で「いびきをかいて眠る王様」を意味する「覇歌」から、古い英語で「優しく愛されるもの」からきているともいわれる。
とくにこれといったファンタジーで活躍出来るような犬では無い愛玩犬。
オレはそのパグとして何故か異世界に召喚されてしまった。しかも召喚したご令嬢、家族みーんなチート。
これ、オレ必要?そう思いながらも流石に召喚された身として今日も健気にオレはご主人の身体を守るためにお行儀の悪い駄犬として振舞っていく。
暗闇から突然明るくなる世界、自由の効かないからだ、ぼやける視界。聞き取れないけど周りの歓声。
あーはいはい。異世界転生ねw
しかも赤ちゃんからのパターンでオムツだの母乳だの恥ずかしい思いをしつつ幼少期から天才って思われてチヤホヤされるパターンね。
そう思っていた時もありました。
そう思っていた時期もありましたとも。
「こらジョセフィーヌ、はしたないわ」
ご主人の静止を無視してテーブルの上によっこいしょ。行儀悪く登ってうろちょろと歩き回る。高級そうな紅茶のティーカップの持ち手を咥えてご主人の向かい側に座ってる男に向けて、掛からないようによっこらしょと力を加減しながらぶちまける。
近くでメイドさんが声に出さずに悲鳴をあげているのが見えた。
そんなことは見なかったことにし、どっこらしょと今度はお茶菓子の置いてある、正式名称は知らんがやたらオシャレなお皿のタワーからお茶菓子をぼとんぼとん落としていく。これが意外と楽しいのよ。
「も、もう我慢ならない!なんなんだその醜い豚のような犬は!」
ギャン!と耳に響くような声でご主人の向かい側に座っていた男、第1王子が席を立ちながらこちらを指さす。お前が散々ご主人の紅茶と茶菓子にいかがわしいもの入れてるからだろー。
「わぅあぬわぬわぬわぬ」
「犬ならせめてきちんと吠えろっ」
「仕方ないですわ。パグですもの」
ご主人がそう言いながら高そうな絹のハンカチで紅茶とクリームで汚れたオレのちったい前足を拭う。ついでに肉球を揉みしだかれている。やめて欲しい。本当にやめてほしい。
ため息をついてもあぅん、だか、わぬぅとアホみたいな声が出る。ついでに鼻も鳴った。ぷぴー。
あれだけ暴れていたのに被害を免れたティースプーンのひとつに歪に今のオレの姿が映った。
砂をまぶしたようなクリーム色の毛。時々視界の端に現れてはこちらを誘惑し気が付いたらぐるぐる回らせてくる尻尾。収まりが悪くついついうっかり出しっぱにしてしまう舌。パツパツでぽんぽこりんなお腹。
そして困ったような顔を作る特徴的なシワ。顔の周りだけ妙に黒っぽく、鼻はぺったんこ。むしろ横から見たら鼻のところ凹んでるんじゃないか?
そう、どっからどう見てもオレ。パグです。ついでに召喚時にジョセフィーヌと名付けられました。オスです。
オ ス で す 。ついてるもん。
「それに君もなんなんだ、なぜ婚約者とのお茶会に犬を連れてくるんだ」
「あら、犬じゃないわ。パグですのよ」
「それはもういい!」
第1王子がカルシウムが足りない感じに吠える。まあ確かにここまで見たら第1王子が可哀想なのは分かる。とっても分かる。でも仕方ない。
この王子、うちのご主人に薬盛ってやがるのだ。
「だいたいこんな豚みたいな生き物が異世界の犬なんてありえない!」
「召喚術で召喚したこの子をわたくしが異世界の犬だと保証しているのになぜそんなにも否定するのですか?」
「そもそも。こんなっ、こんな躾のなってない醜い豚をボクの前に連れてくるなと先日告げたよな!お前は本当に可愛げのない!」
ビっ!と大袈裟な仕草で短い鼻先に突きつけられた王子の指。その指先に生クリームがついていたので反射でかぶりついたら王子はパグ顔負けの変な声を上げて後ろにひっくりかえった。失礼だな。可愛いやろがい。
後ろ足で耳をかきながらあくびまでかますとさすがに我慢の限界が来たのか首根っこを王子が首根っこを掴んでオレを遠くに放り投げようと振りかぶった。ぐるっと世界が周り、首に強い痛みが入ったと思ったら次の瞬間。何故かオレはご主人の腕の中にいた。
「第1王子殿下」
静かな声でご主人が第1王子を呼ぶ。その声のあまりの冷たさにうっかりチビりそうになりつつも本能的にいかにも哀れっぽい声で鳴きながらご主人の腕と自分の鼻をべろべろ舐め回してた。ごしゅじーん、オレ第1王子にいじめられたー!
「ジョセフィーヌ、ちょっと静かになさって」
「あぅぃ」
難しい話をきっとしていたんだろう舐め回してた腕を取り上げられて鼻先に指を突きつけられてシーってされた。
そしてそのまま難しい話が続行されて婚約破棄だーなんて聞こえてきたけどパグ難しいことわかんないを合言葉にご主人のドレスの高そうな袖のレースをしゃぶる。
時々歯に引っかかるけどいい匂いがするし適度に噛みごたえがあっていいんだこれが。
そもそも、第1王子は図々しいのだ。図々しいのは王子だけじゃなくてほかの王族もだが。ご主人のおうちは国でいちばん大きな貴族のおうちらしく、ご主人が嫁に入ったら持参金が沢山貰えるし、なによりご主人のことが大好きなチートつよつよパパさんに対して命令を聞かせられるからとことある事にご主人の周りにスパイを潜り込ませて王家バンザーイって洗脳教育をしようとしたり、魔法薬を入れて惚れさせようとしたり、無理やり王宮に泊めたあとに夜に扉をガチャガチャさせたり。
ご主人のチートと貞操観念が高くなかったらとっくに嫁入りさせられてただろうな。
そんな中、ご主人が召喚術で召喚したのがオレだ。パグだ。
[小型で、賢く、愛嬌があり、ご主人に忠誠を尽くすもの]
そんな条件で召喚しようとしたらなぜか前世の記憶持ちのパグとして召喚されてしまったらしい。
なんだよ前世の記憶持ちのパグって可愛くないな。
まあ結局、前世の記憶と言っても犬の本能に引っ張られやすいし、人としての言葉を話せないので持ち腐れ気味なのだ。この2、3年で随分あちこちポロポロ落とした気がする。
それでも分かる。女に薬を盛って嫁取りしようなんてオスの風上にも置けないってことだけは。
「ジョセフィーヌ、レースを噛んではダメって言ってるでしょう?」
「あぅわぅぃ」
パグ、むずかしいことわからない。
「誤魔化してもダメよ。あなたは賢い子なんだから」
いつの間にかご主人はお茶会会場から出て、帰りの馬車に向かっていっていた。
誤魔化していたことがバレて欠伸をしてさらに誤魔化そうとしたら鼻を指先で押される。ぷひっ。
「今日もあのバ……王子のお世話ありがとうジョセフィーヌ」
「わぬ」
ご主人、我が家はパパさんから馬小屋のアライグマまでみんな王子が嫌いだからって王宮でバカ呼ばわりはだめだよー。そう思い、わぬわぬ鳴いていたらお菓子を口に入れられた。
「婚約破棄婚約破棄って騒ぎ立てる割には破棄しないのよね。取らぬ一角うさぎの皮算用は上手な割に肝っ玉は小さいんだから。私なら適当な貴族の男を宛がって薬か何かで過ちでもおこさせて瑕疵を付けさせてから慰謝料請求してごきげんようね」
「わぬぁ……」
「お嬢様、まだ外でございます」
さっき悲鳴をあげていたメイドさんが顔を真っ青にさせたままそっと諌めてくる。その通りだぞ。
「それでもいい加減にして欲しいのよ。毎回毎回芸がない」
馬車に揺られながらご主人がオレの腹をつついてくる。とりあえず白魚のような指を前足でキャッチしてあむあむと咥えて首を傾げておくとそのまま抱き上げられて腹に顔を埋められた。おやめ、オレ、オス犬だから本当にセクハラポジションだから。
「あーー、ジョセフィーヌ。あなたのことを醜いとのたまう王子からどうやったら逃げたらいいかしら」
「お嬢様、はしたないですよ」
「わぬぅぁん」
ようやく落ち着いたメイドさんがそっと窘めてくる。そうだぞ、セクハラ腹吸いは猫にしか許されない暴挙だぞ。
「それからお嬢様」
「どうしたのメリア」
「第1王子殿下から帰る間際に婚約破棄の用紙を渡されました」
「どうしてそれを早く言わないの?」
「毎度毎度首を切られるかもしれないと青くなる私の身にもなってくださいな。どう致しますか?」
ぐっ、とかギュリ、というものすごい音が鳴った。オレは見た。ご主人がガッツポーズをしたんだ。たおやかな腕なのにものすごい力を込められたガッツポーズ。
「帰ったらお父様に相談いたしましょう。手切れ金はもう用意してあるのよね?」
「ええ、そして婚約破棄が終わったら公爵家に関わる人間は全て国外追放だそうですよ。領民、出入りする商人、使用人その他もろもろだそうです」
「あら、とっても楽しいことを言ってくれるじゃない」
よほど嬉しいのかにっこにこでお嬢様が扇を広げる。
「手厚く歓迎しようじゃない。王子の決断を」
これ、パグが出る幕ある?





