4-12 灯龍遊行
成績優秀、運動神経抜群な高校生「五十嵐久遠」は普通な日常に退屈していた。
やらかして受けることとなった追試終わりの帰りに不思議な空間で着物の少女と出会う。
五十嵐久遠が目を覚ますと既に夕方だった。つい先ほどまで追試を受けていたところだ。
ついうっかりテスト中に寝て時間を全て潰してしまったのでその補填だった。
(追試で寝てたら意味ないけどな)
何処まで書いたのか記憶にないがおそらく白紙であろう答案用紙もすでに回収たのか机の上には筆記用具しか残っていない。ついでに担当の教員もいない。呆れたような表情が目に浮かぶ。
過ぎたことは仕方ないので久遠は適当に筆記用具を鞄に突っ込み教室から出た。
久遠の吐く息が白く色づく。11月も後半、着込んでいないと相当の寒さになる。
「誰かいるのか?」
不意に気配を感じ、振り返る。
廊下の曲がり角、その端に黒い着物のようなものの端がちらりと見えた。
学生は基本的に制服を着ているし教師にも着物を着るような人はいない。
演劇部か何かの衣装か。なんとなく、ただ純粋な興味で廊下の角へと足を進めた。
「くっそ足早ぇ」
廊下の角を曲がると既に着物の主は既に次の角を曲がっていた。
見失いように少し急いだつもりだったが。
(どうなっている?)
着物の人物を追い久遠は角を曲がっても曲がってもその姿を捉えることが出来ないでいた。
曲がっても曲がっても。
そもそも校舎の形はL字型でそう何度も曲がり角があるわけではない。というか角は一つしかない。にも拘らず曲がった先の廊下には次の曲がり角が存在していた。
「なるほどな」
視線の先には曲がり角がある。振り返っても曲がり角がある。
現実的にあり得ない光景に久遠はかなりテンションが上がっていた。
元々久遠は好奇心が高い方である。
ループしているとなるとループの起点となるものが存在しているはずである。
「となるとここだよな……」
廊下の角。この位置に来ると廊下のから見た時とは違い、ここを含め3つの角が存在することとなる。
そしてようやく気付いた。
「違和感の正体はこれか」
いつもより廊下が長かったのだ。
4年1組。3年制の高校に4年生の概念はない。教室一つ分廊下が伸びていた。
走って追い続けていたら気付かなかっただろう。
存在しないはずの4年1組の教室。
そこには黒い着物を着た少女が机の上で足を組み座っていた。
「もう少し遊んでやるつもりだったが……まさかここにたどり着くとはな」
容姿に似合わないどこか高圧的な口調で少女は話しかけてきた。
足を組んでいる姿といい、その仕草は妙に様になっていた。
「誰だあんた」
「人に名前を尋ねるときは自分から。今どきの若者はそういうことも習わんのか」
(どう見てもお前の方が年下だろう)
推定中学生ほどの少女に嘲笑を向けられるが下手なことを言うと面倒だと思い黙っておく。
久遠の知識としてこの少女に見覚えはない。
「五十嵐久遠だ」
「別にお前の名前に興味はないが名乗られたなら答えよう。私の名はカガリ。別に覚えなくとも構わん」
その名前にも心当たりはない。
着物の少女、カガリは見定めるように久遠を見る。
紅い瞳が光っているようで少し気味が悪かった。
「さっきの廊下といい、ここは何なんだ」
「お前この世界に退屈しているだろ」
久遠は自分の息が詰まるのを感じた。
実際退屈していたが出会ってすぐの人物に悟られるほど顔に出やすいわけでもない。
むしろ久遠は感情があまり表に出ないタイプだ。
「見ればわかるさ。お前のような人間は何人も見てきた」
カガリはクヒ、と独特な笑い声をあげる。
表に出さず動揺している久遠が面白いのだろう。
「ここがどこかか……ふむ。面白そうだし教えてやろう」
「面白そう……」
どことなく判断基準が自分に似ていると久遠は感じる。
「まあこの空間を作ったのは確かに私だ……そうだな、いや止めだ。やっぱり教えてやらん」
「は?」
「やっぱり教えてやらん方が愉快なことになりそうだ」
クヒヒ、と笑いが響く。
久遠は動けないでいた。
(わからんことが多すぎる)
カガリのこともこの場所のことも久遠にとっては未知のもので特に得体のしれないカガリに対して少し慎重になっていた。
「教えないと言ったがまあ1から10全部教えるつもりはないということだ。お前自身も自分で調べるのが好きなようだしな」
心の内が見透かされる感覚、いや実際心を読めるのだろう。
紅いカガリの両目に読心能力があったとしてもこれまでの異常な光景を見ている久遠としてはあり得ない話ではなかった。
「何者なんだ、お前は」
「教えん」
少なくとも人間ではない。
カガリの言葉から推測出来る。
「ここは?」
「たまになお前みたいな奴で遊んでたりするんだよ。まあ退屈凌ぎだ。本来ならな、そこの扉を開けた時点で解放してやった」
「ならなんで俺はここにいる」
「知らん」
久遠がもし表情豊かなら思い切り顔に出して落胆していただろう。
「ま、お前にこちら側の素質でもあったんだろう。もしくは偶然とかな」
「素質ってなんだ」
「教えん」
久遠自身に何かしらのあるかまぐれか。
それはともかくとしてカガリが人間でないのが確定した。
表に出さないが人外判定のカガリと対面している状況に久遠はテンションが上がる。
人外ならロリババア説も可能性としてはあるのかと考える。
「失礼なことを考えてないか?」
「いえ別に」
「ふむ、面白い奴だな。あれか、特殊性癖とかいう」
「それは違う」
久遠にそんな趣味はない。
流石の好奇心でもその領域には足を踏み入れていなかった。
「さて、そろそろお開きだ。そこの扉から出れば帰れるぞ」
「もうあんたに会えないのか」
「知らん。これも遊びだったからな」
そういえば退屈凌ぎと言っていた。
カガリにとって人を無限ループに落とすのは気まぐれでやっている遊びなんだろう。
(やられた側はたまったもんじゃないけどな)
「そういえばお前は退屈していたんだったな」
カガリは妖しげな笑みを浮かべる。
教室に差す夕陽と相まって艶っぽく見えた。
「お前にはこれから色々あるだろう。『私と会った』変わるぞ色々と」
「それはまあ、楽しみだな」
「だろうな少なくとも退屈はしなさそうだな」
そこまで言うとカガリはヒラヒラと帰れとばかりに手をふった。
「カガリ……さん、あんたが結局何者かは知らなかったけど次会う時は教えてくれよ」
「自分で調べろよ小僧。そうだな、次会えたら答え合わせぐらいはさせてやるさ」
久遠が教室の扉に手をかける。
この場所の正体もよくわからないままだった。
「ま、返してやる道理もないがな」
「は?」
帰れないのは聞いてない。
カガリのほうに振り返るとそこにはカガリどころか教室すらなかった。
教室では夕陽が差していたが辺りは既に暗く星空が広がっていた。
「何処だよここ……」
少なくとも高校周辺ではない。
しかも何処か蒸し暑いようにも感じる。
「神社?」
何処かの神社の鳥居の下にいた。
表情に出ないだけで久遠の頭の中では大混乱が起きている。
「おや、ただの迷い人……という訳では無さそうだね」
神社の本堂の方から1人の男が歩いてくる。真冬のはずなのに藍色の半袖の甚兵衛姿。何処か柔らかな雰囲気を纏っているが、同時に隙を感じさせない佇まい。武術素人である久遠にさえ分かる。只者ではなかった。
「君はどうやってここに来たのかな」
優しい声だったが空気が重く、刺さるような威圧を久遠は感じ取っていた。
(知るかそんなもん)
久遠にそれを口に出すほどの勇気はなかった。





