9 乙女の花園2
「さて、それじゃあ本題に入りましょう!」
オカマさんは手をパンと叩くと、
俺たちに語りかけ、店の奥へと案内する。
そこには、
長テーブルに数着の服が置かれ、
対面にはカーテンで仕切られた小さな小部屋があった。
俗に言う試着室というやつだろう。
さて、アーシャたちの買い物が終わるまで、大人しくしておこうと、
近くにあった椅子によじ登ろうとすると、
脇から抱え上げられてしまった。
「坊っちゃま、なにをなさっておられるので?」
なぜと疑問符を頭に浮かべていると、答えはすぐに見つかった。
「まあ、そうね…これ!これなんてどうかしらっ!
可愛らしさ、清楚、穏やかさの同居!
きっとぴったりよ〜っ!」
そう言って店主?は白いドレスをアーシャたちに見せ、
腰をくねらせる。
それは明らかに子供用…いや、女児用で…。
…ああ、はいわかりました。
これはそういうことですね、はい。
前世の愛刀なら全力で拒否しただろうが、
今世のアイリスティアなら別だ。
おそらくは似合うだろう。
自分自身見てみたいとさえ思う。
おそらくそれはアイリスティアとしての実感が薄いからなのだと思う。
美少女然とした存在に変わったと、ここへ来る少し前に知った。
あの日鏡を見るまで、今世での自分の姿を知らなかったのだ。
よって、アイリスティアが女装に対する忌避感が薄い。
だから、ドレスを着なさいと言われれば、
着るのはやぶさかではない。
しかしこういう服は一人では着れないと思うのだが、
よく見ると背中のところが紐になっていて、
それをしっかりと縛らないと、
フィットせずにずり落ちてしまう。
首の後ろにも解けたリボンのようなものがあるので、
それにも同様な作業が必須だろう。
要するに介助がいる。
ある一人の人物の瞳がキラリと輝く。
「だからこの私が!「ごめんなさい。」着させて…?」
俺はすぐさま頭を下げる。
「だから私「ごめんなさい。」が…?」
頭を下げる。
「だか「ごめんなさい。」…。
あのね、アイちゃん、このお洋服は一人では着れないの、
だからね…。」
そう言って、自分がすることが正当だと主張し始めた。
九割九分を聞き流し、俺は主張する。
「それならままにてつだってもらう。」
「ままはお貴族様だからそんなことはしないわ、ねぇ?」
そうマッスルポーズをとって威嚇する。
「はっ、はい、だ、だからにじり寄ってこないでっ!」
…どうやらアーシャは駄目なようだ。
それならば、
「ならライラは?」
オウ、ベイビーなに言っているんだと、
額に手を当て、言葉を続ける。
イラッ!
「ライラちゃんは女の子、君は男の子でしょう?
君は子供なのかな〜?」
本当の子供ならば、絶対に反発するそれに、
俺は乗らない!
「ライラがいいです。
ぼくこどもなので、さあ、ライラいこっ。」
そういって、
羨ましそうなアーシャ、
ハンカチを噛みしめる店主?を尻目に、
どこか勝ち誇ったライラを伴って試着室へと入るのだった。
白、水色、赤、ピンク、黒と様々なドレスを着ては着替え、
着ては着替えを繰り返していると、
いつの間にやら小窓から夕焼けが差し込んでいた。
「それじゃあそろそろ。」
「あら、これは?」
「原価だけでいいわ、その代わりまた来て頂戴。」
それに思わずひっと言葉を溢すと、
アーシャは母の顔で咎めるように俺を諭した。
「アイちゃん、そんな風にいじわるしちゃ駄目よ。
マルティネスだって、
ただ変態なだけで悪気があるわけじゃないのよ。」
なかなかに辛辣な意見にマルティネスは
よくも言ってくれたなこの野郎、という表情をしている。
どう見ても、俺よりすごいいじわるをしているように見え、
お前が言うな感がすごいが、
でも、まあ、悪いことをしている自覚はあった。
筋肉のニオイがするとか、ふざけすぎた。
「いじわるして、ごめんなさい。」
「ねぇ、マルティネス、
普段はというかこの子がこんなところを見るのは私達も初めてなの、
どうか許してもらえない?」
マルティネスは頭を下げるアーシャを尻目に、
ライラに確認するようにアイコンタクトをとる。
コクリ、ライラは頷く。
すると、マルティネスは、
「えっ!まじっ!ぅおっしゃーっ!!
初めてゲットだぜーーっ!」
ヒャッホーと雄叫びを上げた。
美少年の初めての受け取り大満足そうだった。
アーシャは俺の手を引くとスタスタと歩いて、
振り返ることもせずに店を出る。
馬車の扉を勢いよく開け、
椅子に座ると、ぶす〜っとした顔で外を眺める。
ライラが座ったのを確認すると、動き始めた。
漢女の花園が遠ざかっていく。
すると、ポツリと言葉が漏れた。
「あれ、一応旦那なんですよねぇ。」
そうつぶやくライラの焦燥感が涙を誘った。




