7 子供舌は噛みやすい
メイドに先導され、そしてアーシャに手を引かれて、屋敷の中を進んでいく。
そうアイリスティアの父であるエドガーに会うためだ。
本当はここに来た昨日のうちに顔をあわせて、今日は王都観光という予定だったのだが、お姉様こと正妻であるミリアリアの蛮行により完全にプッツンしたアーシャが父にそのまま会うと何が起こるか予想もたたないということから延期され、それは本日にズレた。
「ふっ…ふふふっ。」
…しかし、どう見ても未だにその怒りが消えているようには見えない。
どう見ても冷笑を携えている。
口元は緩んでいるように見えるが、目が完全に笑っていない。
それどころか完全に無言だ。
こんなアーシャのことは今まで見たことがない…こともない気がしないことはないが、本当に何かしそうだなという悪い期待はさせてくれる。
とっさにご機嫌取りができればいいんだが、中々どうしてすぐには思いつかない。
やっぱりさっさと終わらせてしまうのが一番かな?
父には悪いかもしれないが、適当に挨拶して、早く終わらせて街に繰り出す。
おそらくこれが一番無難だろう。
そうと決まればと、握られた手にギュッと力を入れ、執務室へと向かう。
どうやら執務室についたようだ。
メイドがノックすると、数秒後に「入りなさい。」と渋めの声が聞こえてきた。
冷笑を携えたアーシャの眉がピクリと上がる。
…ううう…さっきよりも苛ついている。
どうやらこの声の主がエドガーのようだ。
彼は机に肘をつき、手を組んでいた。
そこに表情はなく、俺に向けている感情は感じられない。
温かみも…そして冷たささえも。
どうやらアイリスティアは側室由来の三男ということもあり、期待などの感情を見せるような対象ではないらしい。
「アイリスティア、息災であったか?」
やはりというか、わかりきったことだが、声はモノトーン。
しかし、それはそれでこちらとしてもありがたい。
相手がそうならば、こちらもクールに対処すればよいのだから。
「ちちうえ、おはつにおめにかきゃりましゅ。
アイリスティアでございましゅ。
ほんじつゅはおめにかかりぇちぇこうえいでしゅ。」
…噛んだ。
やっぱり噛んだ。
おのれ子供舌め…。
アイリスティアが幼さを呪っていると、この場にいる大人たちは、エドガーも含め、そのアイリスティアから顔を背け震えていた。
きっと笑いをこらえているのだろう。
アイリスティアはこんな風に考えていたが、実際は噛み噛みの舌足らずな舌から醸し出される愛らしさに胸を打たれ、顔を晒すことができないくらい緩んでいるせいで、顔を背けていたのだ。
しかし、それに気づかないアイリスティアは恥ずかしさで顔が真っ赤にしてしまう。
それによって、ダメージは膨らむ。
それから数分大人たちの顔が上がらず、上がったと思ったら、すぐに部屋から追い出された。
どうやら謁見?会見?お目通り?というやつは終わったらしい。
部屋を出た途端、アーシャにギュッと抱きしめられた。
おそらくすぐに面倒が片付いたおかげだろう、かなり機嫌が良さそうに見えた。
「…行ったか?」
ミリアリアが外を確認する。
「ええ。」
すると、エドガーは大きく息を吐き出す。
そして弾けんばかりの笑顔を年甲斐もなく晒す。
「なあ、あれって、本当に俺の子?
俺の子なんだよな?あんなかわいい子が?
どう見ても天使だろ。あれは。」
大興奮のエドガーを見てミリアリアは首肯する。
「ええ、正真正銘エドガー、あなたの子よ。
しかも男の子。」
額に手を当て天を仰ぐ。
そこには娘が生まれたとき以上感動があった。
「ミリー、今日、俺の生涯の目標が決まった。
アイリスティア、いやアイちゃんに死ぬまでに一度でもパパって呼んでもらう。」
エドガーは驚くほどの親馬鹿だった。
こんな様子や言葉を聞いていたら、
アーシャは完全にブチギレ、
アイリスティアはドン引きしていたことだろう。
やはり先日偵察に出かけたのは正解だった。
先のキス未遂事件を含んでも余りある。
これならば、少なくともアーシャがアイリスティアを連れてどこかに逃げたり、今まで以上に会うことを拒絶することはないだろうと思う。
アーシャに許してもらえれば、少なくとも私は別宅にも遊びに行ける、そう思うと心は晴れやかになるのだった。
「それじゃあ私はお姉さまで。」こんな言葉が自然と漏れるくらいには。
ミリアリアも親馬鹿だった。
なんだかんだで似たもの同士上手く行ったための夫婦なのだ。




