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アイリスティアたちは本を読み始めた。
……まあ、読み始めたのはいいのだが、アイリスティアはすでにそれを一度は読み終えていた。
それも半年や一年というような期間を空けたわけでもないので、記憶は鮮明に残っている。
そんな状態で、ファンである彼女たちのような「…ゴクリ。」「はわ、はわわわ。」「……(次のページ次のページ。)」といったような感動や期待感といったものを持っているのは難しく、先日の気疲れからか、はたまた退屈さから気がつくとまぶたが重くなり、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めていた。
「アイちゃん、眠いの?」
誰かにそう聞かれ、「ん。」と甘えたような声を上げたのは覚えている。
―
アイリスティアが【夜恋華】で聞いた話には、この街には龍脈というものがあるという話があった。
これはママさんの話なのだが、彼女が街一番…いや、国一番の娼館で禿をしていた時のことらしい。
「私がチェシャお姉様の禿をしていた時のお話なんだけど、あれはそうね…ざっと50年くらい前かしらね…。」
「えっ?ママってそんな歳…っ!?」
「な〜に?ナミリナ?貴方今なにか言ったかしら?」
ブンブン!
「いえ!なんでもないです!」
「もう本当に、昔、むか〜しのこと!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ホントやめてください!ママは若い、みんなも理解オーケー?」
「ふふふ、オイタのお仕置きはこのくらいでいいかしらね?」
ママさんはそう店の女の子たちに告げると、黒い笑顔を収め、アイリスティアにいたずらっぽく微笑んでから、真面目な顔で話を続けた。
「こほん、話を続けましょうか。これはお姉様に聞いた話なんだけどね。なんでもこの街の地下には、大いなる力…龍脈というものがあるらしいの。」
アイリスティアはママさんの口から、【龍脈】というこのお店とあまりにも馴染みがなさそうなワードが出たことから、思わず聞き返した。
「龍脈ってあの?」
「アイちゃん知ってるの?」
そうを聞いたのは、ナミリナだが、どうやらお店の女の子たちは【龍脈】のことを耳にしたこともないらしく、アイリスティアに説明を求めるような視線を送ってきた。
「はい、魔術の本で目にした程度ですが、契約という形を取れば、持っている魔力を底上げできるものだと…。凄まじい力で、有名なところで言うと、教国の聖都の退魔結界の強化に使われているとか…。確か他にも利用できるとは書かれていましたが、そこまで詳しくは…。」
どこぞの研究資料でも漁れば、これ以上の答えは出てくるかもしれないが、研究機関でもないところで得られる知識としては、アイリスティアの認識以上のものは得られないだろう。
アイリスティアは自分の知識不足に少し申し訳なさを感じていたのだが、ママさんはアイリスティアのその勤勉さを喜ぶと、頭を撫で始めた。
「うん♪さすがはアイちゃんね♪勉強家さん♪うん♪だいたいは今、アイちゃんが話してくれた内容で合っているわね。それじゃあ、私からもう一つ補強。実はね。龍脈には魔術の強化だけでなく、人を引き付けるという使い方をすることもできるの。たぶんこれがアイちゃんの説明してくれた他の用途というやつね。」
―
「んんん~……あれ?」
アイリスティアが目を開けると、そこはどうやら夜恋華ではなく、外のようだった。
確か今は外で本を…。
そうアイリスティアが状況確認をしていると、向かい側のベンチから言い争うような声が聞こえてきた。
「じゃあ!今日の夜にな!!逃げんなよ!!」
「誰が!!そっちこそ!!」
「ちっ!じゃあな!!」
捨て台詞とともに去っていくエギルと、それに従うようにしてついていくシャマル。
去り際に寝ていたアイリスティアの方を一度見るが、目があった瞬間、逃げるように走り出していってしまった。
彼女たちの会話内容がわからず、自分も関係しているのか事情を聞こうと思い、アイリーンたちの方に向かうアイリスティア。
すると、途中でターニャが青い顔をしていることに気がつく。
「どうしたのです?」とアイリスティアが事情を聞こうとするより早く、ターニャはアイリスティアにすがりつくと、慌てたように話し始めた。
「た、たたた、大変なんだよ!あ、あああ、アイちゃん!!ふたり、2人が…2人がね…。きも、きも肝試しするなんて…。」
「え?」
肝試し?




