63 商店街で読もう
「さあ、いらっしゃい、どうぞ見ていっておくれ!」
私はサリータ。
しがない果物売りさね。
先日までは不甲斐ないことに新領主への不安というやつでから元気すらなかったわけなのだけれども、今はもうそんなものはどこかにいっちまった。
なにせ…。
「ホント、今日のサリータは元気だね。」
「当たり前さ!なにせあんな奇跡の御業をなさるような方が新領主様となるんだからね!旅行客たちに恥を曝すわけにはいかないだろ?」
実は昨日、人手が足りないからということで、この街の女連中は治療の手伝いとして駆り出されていた。
手伝いといっても、彼女達には治癒魔術を使うことはできないので、包帯を取り替えたり、薬を塗ったりという程度の手伝いだったのだが…。
街の女連中を駆り出したというのに、怪我人は増えるばかりで、外には減った様子のない魔物…辺りには暗い雰囲気が漂っていた。
すると、その雰囲気を変える出来事が起こったのだ。
一人の少女が現れ、彼女がエステル様になにか言伝ると、治癒魔術師や私たちを引かせた。
何事が起こったのかと思うと、彼女は魔術の詠唱を始め、魔法陣が生まれ、広がりながら回転を始め、眩い光が辺りを包み、天高くそれが上っていったのだ。
そして、あまりのまばゆさに私たちが目をつむり、それを開け、気がつくと怪我人たちはまるで怪我をしたのが嘘のように身体を動かしていた。
それが見渡す限り…。…そう…何百人もの人間が一瞬のうちに完治したのだ。
それは誰がなんと言おうとも奇跡だった。
こんなことが自分たちの目の前で起こされたのだ。
そりゃ、先行きへの不安なんてものはなくなる。
こんなにも簡単に希望を生み出せるような人物が領主となるのだから。
「それはそうね…さあさあ!果実水にシュワシュワ!!あっ、そこのお兄さん!どうだい?スカッとした喉越しのシュワシュワ!まだ暑さが残ったこの時期に冷えたコレ!堪んないよ!」
「おっ、いいね!そんじゃ、おばちゃん、仲間たちの分も3本くれ!」
「はいよ!まいどあり!」
そんな風に活気を取り戻した通りにふと、知り合いの影が……。
「ちょいと果実水四本ばかり貰うよ!」
「あっ!サリータ…っ!?……ああ……なるほど…お代はいらないから、よろしく言っておいておくれ!」
「はいよ!」
サリータは振り返り手を振ると、その影を追いかけ始めた。
―
あれから、アイリスティアたちは、ターニャの提案通り、外で本を楽しむことに決めた。
ターニャ曰く、みんなのためだというのだが、反応を見るに明らかに一人のためである。
でもそれは言わぬが花ということで誰もそれは口にはしない。
すぐにターニャの母タミーナに外で遊んでくると伝えると、まだ危ないから門のほうに行ってはいけないという忠告をされたので、人の多い市場のあたりで読もうということになった。
冒険者ギルドの方でもいいのではとアヤが提案するも、ターニャはどこか嫌そうな顔をする。
「え〜〜っ、あそこは嫌なんだけど…。」
「ターニャさんは冒険者ギルドに嫌な思い出でもあるのですか?」
アイリスティアとしても冒険者ギルドの人達みたいな屈強な漢たち、強い女性たちがいっぱいいるような場所の方が安心感が強い気がしたのだが…。
すると、アヤの無邪気な口からは想像もできないような言葉が告げられた。
「ううん、だって、お父さんがいるんだもん。」
娘から言われると傷つく一言。
アイリスティアも思わず頬を引きつらせると、そのパパ嫌い的な表現ではないと確信できる要素を探し始めた。
「…お父さんと仲があんまりよろしくないので?」
「そんな事ないけど……ベタベタしてくるから、御本読めなくなちゃう。」
なるほど、確かにアイリスティアもそれはよく分かるかもしれない。
アイリスティア自身、アーシャ、ランカを筆頭にアイリスティアを構いたくて仕方がない人たちが真剣に本を読んでいる時にベタベタしてくることがあり、読書を諦めた経験は数知れないのだ。
アイリスティアはほのかに同情の視線を送ると、ターニャの頭を軽く撫でる。
「ターニャさん、お父さんには絶対にそれを言ってはいけませんよ。」
「?……うん!よくわからないけど、アイちゃんが言うならそうする?」
最後がクエスチョンマークだったので、不安ではあるが、こうしてターニャの父親が悲しみに暮れることはなくなった…と思う。
―
アヤがアイリスティアたちに付き従い、商店街に入ろうとした時、ふと声を掛けられた。
「ちょいとアヤ!待ちな。」
「え?」
アヤが振り返るとそこにいたのは、先日の果物屋のおばさん。
小さい頃からの知り合いで、アヤは特に怒られたことはないのだが、アイリーンやエギルといった連中はしょっちゅう怒られており、鬼ババアなんて恨み言を言っているのを聞いた覚えがある。
現にアイリーンなんかは「げっ!」という声とともにターニャとアイリスティアの手を引いて走り出しており、明らかに厄介者として認識されている。
もしかしたらアヤも怒られるのではと一瞬思ったのだが、やはりアヤにとってはいつも通りのおばさんで手にはなにやらビンに入れられた飲み物を持っていた。
「まったくアイリーンはもう…アタシをなんだと思っているんだろうね…。っと、そんなことはともかくほら、アヤ、御駄賃。」
「?ありがとうございます?」
脈絡なく果実水を四本渡され、アヤが不思議そうな顔をしていると、おばさんはガシガシとアヤの頭を撫でてくる。
「な〜にわけがわからないみたいな顔してるんだい。昨日あんたたちが頑張ってくれたお陰でアタシたちは無事なんだ。少しくらい礼をしたいと思うのが人情ってやつさね。」
アヤはおばさんの言葉をポクポクと少し考え、やけに「あんたたち」の部分が強調されていることから、なんとなく自分だけでなく、アイリスティアに伝わらなくてもいいから感謝したいんだと言うことに気がついた。
「はい、では、アイリ……友達と一緒に飲ませてもらいますね。あっ、あと…アイリスティア様のことはどうか…。」
「わかっているさね、昨日エステル様もアイリスティア様の邪魔はしないようにっておっしゃっていたもんね。もし!正体をバラすようなやつがいようものなら、ここの連中で袋叩きさ!」
すると、おばさんが視線を送るでもないのに、商店街の人達は拳を高く掲げていた。
これで安心と、アヤが頭を下げて、アイリスティアたちを追いかけようとすると、袋に入ったお菓子やれ、今すぐに食べなくても大丈夫そうなものを腕いっぱいに押しつけられ、なんとかアイリスティアたちのもとへとたどり着いたのだった。
「おっ!アヤ無事だったんか?あのババアに頭を掴まれたからもう無理だって思ってたのに。」
む!アイリーンめ…見ていたのですか…。
アイリーンのことだから、珍しく怒られているアヤを見て笑おうとしていたのだが、これ以上は危険域と判断して逃げたらしい。
ターニャはそれを止めて、アイリスティアはわけがわからず頭にハテナを浮かべていたというところだろうか?
うん、やっぱり、アイちゃんは天使!
それなのに私としたことがこんなにも可愛らしいアイちゃんに偽名でもアイリーンなんてつけちゃうなんて、本当に申し訳ないことをしてしまいました。
可愛い方と可愛くない方とは、エギルも中々に上手いことを言ったものです。
「…ねぇ、アヤ、今アンタなにか失礼なこと考えてなかった?」
「いえ、特には。」
まったく勘だけは鋭いですね。
ジト−−。
……さてさてやるせない気持ちをぶつけるのはこのくらいにしておきましょう。そろそろ話題を変えなくては喧嘩になっちゃうので。
などとアヤが考えていると、ちょうど良くターニャがアヤの腕いっぱいに持っているものが気になるのか、聞いてきた。
「アヤちゃんそれは?」
「な、なんか貰いました。」
「へぇ…アヤさんって人気者なんですね…。」
アイリスティアはどこか惚けた様子で、アヤ自身「あなたがですから」というツッコミを入れたかったが、そんなアイリスティアもやっぱり可愛いと思ってしまい、余計な雑味を与えたくなかったので、そんな事はできなかった。
それから、少しお菓子を食べたり、ジュースを飲むと、いよいよ今日のメインイベントとなる【王都ラブストーリー】の最新刊を読み始めることとなったのだ。




