62 女の子たちの好物
昼食を取り終えると、ニーナの母ジェイミーが迎えにやって来た。
昨日は互いに忙しくて会えなかったからか、どうやらアイリスティアのことを心配していたらしく、元気そうな様子を見ると安心した様子を見せたのだが、今は時間がないためか、一度の抱擁の後、すぐにそこを後にする。
ニーナとヨハンナがジェイミーに連れられ家を出ると、アイリスティアとアヤもいい時間なので、集合場所であるターニャの家へと向かうことにした。
ターニャの家は冒険者ギルドとアヤの家の真ん中辺りに位置している。
道中、なんとはなしに会話をしていると、ターニャの両親の話題が出た。
「ターニャさんのご両親はなにをなさっているのです?」
「それはですね…。」
アヤ曰く、なんでもターニャの父親は元は有名な冒険者で今はギルドで働いているらしい。
そんな人物がなぜ今はギルド職員などをしているのかというとひとえにターニャが可愛いからとのことだ。
確かに普通の冒険者の仕事は不定期で、場合によっては2、3ヶ月は家を離れることもザラにあるのでそんな長い期間を娘と離れて過ごすなど考えられないというのが、かの人物の答えだという。
いわゆる親バカというやつらしい。
今日は昨日のこともあり、ギルドはてんやわんやなので、会うこともないだろうが、会うときは心した方が良いとアヤが助言してくる。
特に男は害虫扱いと厳しいらしいので、アイリスティアは少し心配になった。
そんなふうな話をしていると、すぐにターニャの家にたどり着く。
ターニャの家はアヤの家に比べて少し小さな印象だが、三人家族ということを考えると広く、やはり裕福な印象を受ける。
そんなことを言えば、アヤの家はなんなのだとは思うが、アヤの両親はSランクの冒険者、祖父は元公爵家の御用商人、祖母は元公爵家の使用人と凄い家系なので、さもありなんということなのかも知れない。
アヤがベルを鳴らすと、おっとりとした雰囲気の猫型の獣人女性が出てきた。
「あら、アヤちゃん、いらっしゃい。それと…。」
「はい、僕はアイリーン・ハスタです。はじめまして。ターニャさんとはアヤさんを通じて知り合いました。アイとお呼びください。」
アイリスティアが偽名による自己紹介を済ませると、ターニャの母親はそっと言葉を零す。
「そう…あなたが…。」
「?」
「ううん、なんでもないのよ。とっても可愛い子が来るってあの子が言うものだから、本当に可愛い子が来て驚いちゃったわ。はじめまして、アイちゃん。私はタミーナ。」
「はい、これからよろしくお願いします、タミーナさん。」
「はい、良いご挨拶ね。うふふ、もうアイリーンちゃんも来てるわよ。どうぞ入って。」
「はい、お邪魔します。」
「お邪魔します。」
―
タミーナに案内され、ターニャの部屋に着くと二人はなにやら楽しそうにお話をしていた。
「それでね。」「うんうん、へ〜。」そんなやりとりがドア越しに聞こえ、タミーナがドアをノックすると、ターニャの喜びの声が上がった。
「あっ、来た〜っ♪」
トテトテと小走りの音が聞こえ、ドアが開くと、そこにあったのは満面の笑み。
「アイちゃん、いらっしゃい。待ってたんだよ〜。はやくはやく。」
「えっ、は、はい。」
ターニャに手を掴まれ、中へと引きずり込まれるアイリスティアに、それに従って中に入るアヤ。
タミーナはあらあらと頬に手を当てて微笑んでおり、その口からは天然なのか、娘が気にしていることが出てしまう。
「あら、人見知りのターニャちゃんがアイちゃんにはもう慣れたのね。」
「?」
「ニャッ!?よ、余計なことは言わないでよ!!ママはあっちいって。」
「え?あの、ターニャちゃん?なんで?」
ガチャン。
しっかりと扉が閉まると、ターニャはアイリスティアに向き直る。
「アイちゃん、ママが言ったのは嘘だからね!私は人見知りなんかじゃないもん!」
必死にアイリスティアに取り繕うターニャだったが、他の二人がそれを即座に否定する。
「いや、ターニャは人見知りだろ。」
「そうですね、ターニャは人見知りです。」
「ニャニャニャッ!?…アヤちゃんまで…ううう…少しくらい見栄張ってもいいでしょ…。」
拗ねるような視線を向けるターニャ。
しかし、アイリーンはどこ吹く風でアイリスティアたちに手を振る。
「どうせすぐにバレるんだから意味ないって、っと、二人ともおひさ〜。」
「はい、こんにちは、アイリーンさん。」
「久々ってほどではないけど、こんにちは、アイリーン。」
二人がアイリーンに挨拶をする間もターニャは拗ねており、アイリーンがやれやれと口を開く。
「…なんなの…二人もママも…もう…。」
「ほらほら、いつまで拗ねてんだよ。せっかくアヤもアイもいるんだから時間がもったいないだろ?」
「…まあ、そうだけど…。」
「で…今日はなにする?」
すると、ターニャは立ち上がると本棚に向かい一冊の本を取る。
そして、先ほどまで拗ねていたのが嘘だったように、ウキウキとした様子でそれを掲げてみせた。
「ジャジャーンッ!!ほらほら、これ見てよ!」
「そ、それは……っ!」
最初、アイリーンは興味なさげだったのだが、それを見た途端に驚きの表情を浮かべ、すぐさま目をキラキラと輝かせており、どうやらそれはアイリーンの好物らしい。
「ふふ〜ん、パパが出張で王都に行った時に買ってきてもらったんだ〜♪」
どうだ!と見せびらかしてくるターニャ。
彼女がその手に持っていたのは、【王都ラブストーリー】という小さな頃にマナたちと読んだ本だった。
貴族と平民の身分違いの恋を描いたもので、女性たちに多大な人気を誇る。
アイリスティアは大して興味はないが、アヤや屋敷の使用人たちも好きなため、アイリスティアが王都に出掛けた時や、ジェイミーが来た時に何冊か買って、使用人用の本棚にも置いてある。
今はファティマたち帝国出身者たちの間で最高潮の盛り上がりを見せていて取り合いになっているらしい。
そんな大人気小説の最新刊。
それがそこにはあった。
アヤも、アイリスティアは付き合いでそれをもうすでに読んでおり、内容は全て知っているのだが、そんな無粋をする気はないらしく、アヤも歓声を上げている。
「早速読みましょう!」
…いや、アヤは単にまた読みたいだけらしい。
しかし、ターニャはそんなことは知らず上機嫌にそれを開き、読み始めようとした。
すると、アイリスティアはちょっとしたことを思い出し、待ったをかける。
「ターニャさん、少しお待ちください。」
「え?どうしたの、アイちゃん?」
ターニャは驚き、アヤは疑問符、そしてアイリーンは咎める視線すら向けることなく、早く早くと女の子らしく可愛いらしい急かし方をしており、アイリスティアとしても言い難いことなのだが、ターニャの今の印象を鑑みるに、これだけはネタバレになったとしても言っておいた方がいいと思った。
「…ターニャさん、聞いたところによると、今回は幽霊の話が出てくるそうです。」
アイリスティアのその言葉にアヤやアイリーンは特段反応はなかった。
しかし、やはりターニャにはそれがキツイことだったらしく、青い顔をして言う。
「ニャッ!?……べ、べべべ、別にこ、こここ、怖くなんてないけど、お外、うん、こんなに天気がいいから、やっぱり外で読まない?うん、それがいいと思う、みんなが…うん、そう!みんなが怖がるといけないから!!」




