61 これは誰かの仕業だったらしい
アイリスティアたちが昼ご飯の準備をしている時のことだった。
「ただいま~。」
ドアが開いて、入ってきたのはノーリ。
彼女は入ってくるなり、テーブルに身を預け、ぐで〜っとダラけた。
「母さん、果実水〜っ。」
甘えたようなノーリのそのさまにアイリスティアは優しい微笑みを浮かべるが、ノーリの母であるマーサはにべもない。
「そんなものありません。飲みたければ、自分で買ってくるか、水でも飲みなさい。」
「え〜〜…じゃあ水でいいや…。」
「…自分でやりなさい。まったく…。」
チェッとノーリがひどく億劫そうに立ち上がろうとしたので、アイリスティアはすっとアイテムボックスから、果実水を出して、ノーリの前に置く。
「わ〜〜〜っ♪果実水だ〜〜〜っ♪いいの?アイちゃん?」
色めき立つノーリにアイリスティアは微笑む。
「はい、どうぞ。」
すると、ノーリはマーサの嗜めるような視線に気がつくと、ニヤリと笑い見せつけるように、瓶を開けると飲み始めた。
「う〜んっ!美味しい〜♪アイちゃん、ありがとうね。」
「…はぁ…アイ様、すいません。うちの馬鹿娘が…。」
呑気に嬉しそうな娘とその失礼さに額に手を当てる母。
昔からそうなのだろうとアイリスティアが微笑ましそうに見ていると、アヤたちが布団を干したりなんかを終えて戻ってきた。
「あれ?お母さん、お帰りなさい。」
アヤはてっきり外でご飯を食べてでも来るのだろうと思っていたのか、不思議そうにしていた。
「うん、ただいま…って、ニーナちゃんたちも遊びに来てたんだ。いらっしゃい。」
「うん、おかえりなさいなの〜、ノーリさん。」
「お邪魔しております、ノーリ様。」
ニーナがイスに腰を下ろし、ヨハンナ、アヤが出来上がったものを運んでいくと、すぐに昼食の準備が終わり、いただきますとみんなで昼食を取り始めた。
今日もアイリスティアがいるお陰か、マーサが腕によりをかけて沢山作ったのだ。
「うん、やっぱりアイちゃんがいると豪勢ね♪私が好きなものば〜っかり♪うん、アイちゃんやっぱりうちの子になっちゃいなよ♪そうすれば、母さんも張り切っちゃうみたいだから。」
ノーリのほんの冗談?にアイリスティアたちが微笑んでいると、ニーナも同じようなことを言い始める。
「む〜!それならアイちゃん、うちのこになるの〜!それならずっといっしょにいられて、ママもいっぱいおしごとがんばるの〜!」
すると、売り言葉に買い言葉なのか、ノーリは大人げなく笑う。
「フッフッフ、ニーナちゃん、残念ながら、アイちゃんは私のことが一番だ〜い好きだから、うちの子になるの。代わりにアヤならあげるから、煮るなり焼くなり好きにしなさい。」
「いらないの!!アイちゃんがいいの!」
「むむむむむっ!」「にゅにゅにゅにゅにゅっ!」
両者にらみ合う二人。
アヤがそのとばっちりを受け、落ち込んでいたので、慰めていると、話題を変えようと思ったアイリスティアはふと気になることを思い出したので、ノーリに尋ねてみることにした。
「そうです!ノーリさん、お疲れのようでしたが、なにかあったのですか?」
「むむむっ?ん?ああ……うん、まあ……ね…。」
アイリスティアの問いかけで、ノーリは膨らんだ頬がすっかり萎んでしまったのはいいのものの、気分まで同じようになってしまった。
ノーリはなんとはなしにスプーンでスープをすくってはそれを飲むでもなくもとに戻しを繰り返し、それをやめると口を開いた。
「…実はね…なんか面倒なことになるかもなんだって…。」
「…面倒なこと?」
「うん、アヤは知ってるだろうけど、昨日アイちゃんが凄い治癒魔術で沢山の人を癒したのは知ってるよね?」
「はい、確かにアイリステ…アイちゃんが治療していましたね…それがなにか?」
「うん、それで沢山の人が救われたのは事実…でもね…。」
話しながら、ノーリのトーンはさらに下がっていく。
「…死んだ人の数が少なすぎるのよ…。」
空気に耐えられずか先ほどまで黙っていたヨハンナが口にした。
「えっと…それっていいことなのでは?」
「う〜ん…なんて言ったものかな…。」
「コホン、ヨハンナ嬢、つまりノーリが言いたいのは、アイ様が治した数を差し引いても、死亡者数が少なすぎるということですよ。」
「?」
ヨハンナにはそのあたりの知識がないらしいので、その説明をしたくないのか両耳を塞ぎ聴かなかったことにしようとしている娘ノーリの代わりに補足し始めた。
「そもそも治療して助かるというケースは稀なもの。治療してもらうために人に運んで貰わなければなりません。その助ける側は多大なリスクを背負うことになります。当然、その間に今回の場合、魔物に襲われることもあり、救助などまず成功しません。」
「うん、母さんの言う通り!やっぱり母さん流石!伊達に年は食ってないね♪」
…ゴゴゴゴゴッ…。
「うん、母さん、マジでごめん!!え〜っと、それはさておき、つまりはそういうこと!戦いながらの救助の成功なんてまず成功しないの!でも今回はそれが数え切れないほど、本当に弱っちい冒険者じゃない同行者の女の人が旦那を引きずって門まで…ってこともあったくらい。異常も異常!!」
「…?つまり?」
「…ええ…うん、まあ、つまり、戦争でお荷物として回収させるみたいに、今回もそれをさせたんじゃ……。要するに誰かの作為かもってこと…それも魔物を操れるような存在の…。」
魔物を操れるような存在。
人間にも魔物使いというものがこの世界には存在する。
しかし、それが操れる数は限りがあり、せいぜい1〜5匹もしくは体程度。
それ以上となるともっと魔物に近い存在にしかできないことだろう。
「…魔族…ですか…。」
「…うん…ただそれにそうなると原因だって言われてた魔物除けと魔物寄せの間違いっていうのも怪しくって…でもその間違った人は死んだらしいから魔族は死んだのかもしれないけど…ああっ!!もう!私は頭使うの苦手なのよ!!」
うがあぁぁ〜っと天に向かって、呻いた後、突っ伏しかけ、危うくスープにダイブする直前でなんとか踏みとどまった。
顔を上げ、周りを見て、子供たちの前だったことを思い出し、恥ずかしさに頬を染めると、誤魔化すように咳払いをする。
「コホン…まあ、どちらにせよ、この街にそんな存在が狙うような何かがあるかもしれないから、冒険者ギルドと街の警備をあげて、しばらくそれを探すってわけ。私たちは明日から廃墟の方の調査なの。」
「なるほど…。」
「だから残念だけど、アイちゃんとは遊べません。廃墟デートは流石にレベル高すぎ。もうちょっと仲良くなってからね♪」
アイリスティアは仲が深まると廃墟にまで遊びに連れて行かれるのかと頬を引きつらせていると、ノーリはつまらない話は終わり!とにこやかに笑った。
「で、アイちゃんたちは今日なにしてたの?」
「えっと、はい。僕たちは……その……。」
アイリスティアもノーリの言葉にすぐに答えようとしたのだが、実際にしていたことを思い出し、頬を染めた。
「…実はずっと寝ていまして…。」
恥ずかしげに頬を染めて俯くアイリスティア。
そんなアイリスティアが可愛いなくらいにしか、周囲は思っていなかったのだが、アイリスティアとしては結構な問題だった。
なにせ夜の10時くらいから、昼手前までのノンストップ睡眠だ。
いくら何もすることがなければ、基本的に寝ているとはいえ、これは恥ずかしい。
せめて、一度起きていれば違ったのだが…。
そう!それがアイリスティアのプライドだった。
朝は遅くても9時頃には起きてご飯は食べる。
それからは二度寝、三度寝、四度寝しようがどうでもいいことだが、朝ご飯をしっかりと食べることは本当に小さい頃から守っていたのだ。
「うんうん、良きかな良きかな。じゃあ、ニーナちゃんたちはアヤと遊んでいたんだ〜。いいな〜アヤは〜。可愛い子と遊んでられるなんて、ねぇ、いっそのことアヤが冒険者やるなんてどう?私、アイちゃんの専属で、戦闘なら自信あるし…まあ、洗濯、炊事………は大目にうん、大々目くらいに見て貰えればなんとか、うん、やれる!」
「嫌ですよ!私はもうこの仕事で一生を終える覚悟なんですから…あと、私も今日は寝てましたし…。」
「え?」
珍しいこともあるものだと、ノーリはアヤを見ると、怒ってるんじゃ?と思い、厳しい躾屋であるマーサのことを覗った。
すると、アヤに同意するような声が他からも出てくるではないか。
「はい、私もですね。」
「え?」
「うん、みんなアイちゃんといっしょにねんねしてたの〜♪」
「え?え〜っ?」
アヤ、ヨハンナ、ニーナがアイリスティアと眠っていたらしいことに、目を見開くノーリ。
「…。」
縋るような目で、先程まで覗っていた存在、昼まで寝ているような不摂生を絶対に許さない自身の母マーサを見ると、マーサも視線を反らしており、よく見ると頭には普段見られないハネた箇所があった。
「…なん…だと…。」
ノーリは全てを理解した。
…正直アイリスティアもびっくりしたのだ。
自分が起きると、アヤの子供用ではないとはいえ、5人も寝っ転がれば狭いことこの上ないベッドに、勢揃いしていたことに…。
ノーリはまさかマーサまでという予想外の出来事て頭が混乱し目を回しながらも、アイリスティアに自身の欲望を伝えた。
「……そ、そうだ!アイちゃん、今日は一緒にお昼寝しよ!もう出掛ける予定とかないから。」
なぜか目を回しているノーリにアイリスティアは、本当のところ付き合ってあげたかったのだが、あいにくと今日は他に用があった。
「…すいません、今日はアイリーンたちと遊ぶ予定が…。」
「そ、それなら…。」
アイリスティアがダメだとわかると、ニーナに視線を送るが…。
「ママがまちのおみせのひがいかくにんするからいっしょにみまわるわよって…だからきょ〜はおひるからあそべないの〜。」
ガーンという効果音が聞こえるのではないかと思うほどにガッカリしたノーリは、ご飯を食べ終えると、せっかく干したアヤの掛け布団を手に取り、自分の部屋に引っ込んでしまった。
―
ちなみにラクトは近くの酒場で、友人たちと一杯。
その中にはハンズもいて…。
「かんぱ〜いっ!こんな時は飲むに限る!そうじゃの、ラクト!」
「ははは、まあ、私も歳ですからね、若いもんに任せるのが一番です。」
「そうじゃの、若いもん、特にカルトラなんぞに押し付けとけば問題になるまいて、アッハッハ!」
ラクトはそっとカルトラに対し、手を合わせた。
―
…カルトラはまだギルドで話を聞かされていた。
青年カルトラは幼女と密室で二人きり。
とはいえ、なにもおかしなことをしようとしているわけではなく、仕事だ。
ギルドの今後の方針を話し合っている。
なぜ他のメンバーたちが帰ったにも関わらずこんなところにいるのかというと、カルトラの調整役としての才能が高く買われているからだ。
「…して、カルトラお主の考えを…」
「く〜…くか〜…。」
自身の自慢の9本の尻尾の毛繕いをしばらく。
「くか〜…す〜す〜す〜…。」
全てが枝毛一つなく完璧な装いとなったことに納得し、頷き、時計を確認すると、話し合いが始まってからかなりの時間が経ち、もう食事は昼夜兼用でもいいかなと思う頃になっていた。
「うわ!マジヤバッ…これは今日も徹夜か……の……はぁ…。」
そう金髪の狐耳と尻尾をへんなりさせると、いい加減手を震わせ始めた。
「ふう…いつまで寝とるんじゃ貴様〜〜っ!!」
「は、はい!すいません、許してください!もう飲みません!ホントにホントにマジで!ドワーフに連れられて、祝い事でも絶対に……ってなんだ、ノーリじゃないのか…脅かさないでください。」
「ふっふっふ、これで貴様の運命は確定した。今日は貴様も手伝っていけ!な〜に気にするな。二、三日寝る間も惜しんで働くだけ…って、あっ!おい!逃げるな!!待て!!おい!!お〜〜〜い………。」
手を伸ばすも届かず、ドアの締まる音が虚しくこだまする。
そしてあるのは静寂……いや…。
きゅ〜〜〜。
彼女の小さなお腹から音が鳴った。
「………お腹すいた。」
そこで何かがキレたのか、幼女はイスから転げ落ちると、ローリングし始めた。
「も〜う!嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ、い〜やじゃ〜〜っ!!疲れた疲れたつ〜か〜れ〜た〜っ!!!ドーナツ、ケーキ!!アーイースっ!!」
バタバタと手足をバタつかせ、子供が駄々をこねるような甲高い声、当然下にもその音は聞こえるのだが、ギルドの職員は面倒事を押しつけられるのが嫌なのか、そのまま理由をつけて上にあがることを拒み続けるのだった。




