55 遊びにきたの〜
昨日からアヤの家でお世話になることになったアイリスティア。
朝ご飯食べ終えてから、ノーリやカルトラたちの話を聞いたりと食休みを取ったので、そろそろ街にでも繰り出そうかという話がされているときのことだった。
ドアの外から、小さな子供特有のかなり高い声でアイリスティアを誘う言葉が耳に届いた。
「あ〜いちゃん、あっそび〜ましょっ!」
アイリスティアはてっきりアヤが帰ってきたので、友人が遊びにでも来たのだろうとのんびりと座っていた。
アヤが「まさか…。」と声にならない口の動きをしたのが奇妙ではあったが、恐る恐るとはいえ、ドアのほうへと向かっていったので、アイリスティアは自分には関係のないことと思っていたのだが、ドアを開けると…そこにはアイリスティアより幼い可愛らしい水色のドレスを着た女の子がいた。
アヤは「やっぱり。」と絞り出すような声を出し、心底嫌そうな表情をすると、来た客人はそれをニッコリ笑いながら避けて、可愛いらしくぴょんぴょん跳ねながらアイリスティアへとダイブする。
「わ〜♪ホントーにいたの〜、アイちゃ〜ん〜♪」
「え?ニーナちゃん?どうしてここに?」
驚きの表情を浮かべるアイリスティアに、悪戯が成功したことに満足したのか、ニーナは楽しそうに笑う。
「えへへ、だ〜いせ〜こ〜♪アイちゃんがここにいるってママにきいたの〜♪」
そういえばジェイミーの提案がもとで、ライマの街に来ることになったのだった。
それならば、ニーナもアイリスティアのもとに顔を出しに来ても不思議ではない。
「そうだったんですか…久しぶりですね、ニーナちゃん。今日は遊びに来たんですか?」
「うん♪それとね〜アイちゃんのへんそ〜ど〜ぐ?もってきたの〜♪」
「変装道具?」
五歳児の口から出た予想外の言葉にアイリスティアが疑問符を浮かべていると、それはねとニーナが楽しそうに身体を揺らしながら教えてくれる。
「うん!だってね、もうこのまちにもせんそ〜からかえってきたひとがいっぱいいるの。だからきっとそのままだと、アイちゃんがせ〜じょさまだってバレちゃうかもなの。」
アイリスティアは今、ハスタ商会で売られている水色のワンピースに身を包んでいる。
フリフリなんかの装飾もなく、清楚な雰囲気のあるそれだ。
普段の修道服ではないので久々の女性ものは落ち着かないかとも思ったのだが、ロングスカートのためか、大して着心地は変わらない。
よくよく考えてみると、髪なんかをいじったり、顔を隠したりしているわけでもないので、端から見ると、ただ単に普段着を着ているだけにしか見えない。
確かにアイリスティアは戦争の時に怪我を魔術で治したりして触れ合っていた人もいるので、確かに服を着替えたくらいでは、すぐにバレて騒ぎになってしまうのかもしれない。
アイリスティアは別にバレても問題はないと思っていたのだが、どうやら周りの想定ではそれは惨事と呼べるほどのことらしい。
「凄い…ですね…ニーナちゃんって色々なことに気がつくんですね…。」
そのようにアイリスティアがニーナの言葉に感心すると、ニーナは少し考えるような仕草をした後、慌てたように否定した。
「う〜ん…ち、ちがうの〜ママ…そう!ママがおもいついたの!アイちゃんママとおはなししているときにはきがつかなかったけど、あるときふとおもいついたっていってたの、うん!」
別にそれほど慌てて、それもしどろもどろに否定するような内容ではなかったのになんでこんなにも?とアイリスティアが疑問符を浮かべていると、ニーナは御付きのヨハンナに指示を出す。
「ヨハンナ、アイちゃんのみじたくをてつだってあげてほしいの。」
ヨハンナはマーサに使ってもいい部屋を尋ねるとアイリスティアを抱き上げると、部屋を出て行った。
―
それから、ほんの十分ほどと思いのほか早く、それは終わり、満足そうな表情を浮かべたヨハンナとマーサの後ろからアイリスティアが姿を現す。
アイリスティアの変装は至極シンプルなものだった。
長い髪を上の方で一つに纏め、メガネを掛けた。
これで終わりだ。
それだけのことなのだが、アイリスティアのイメージは変わる。
普段のぽややんとした雰囲気は残ってはいるものの、メガネにより知的な雰囲気がプラスされ、髪を上げたことで顔立ちがシャープに見えるおかげか、見た目の年齢が少し上がったかのように見えた。
「わあ~♪」「ほ〜う。」「なるほど。」「可愛い〜♪」
アヤの家族たち各々が好意的な反応を示す中、ニーナはアイリスティアへとボフッと抱き着いてきた。
「う〜ん♪やっぱりアイちゃんはか〜いの〜♪いまのアイちゃんはおね〜さんってかんじなの〜♪」
お姉さんという完全なる女性ワードにグサッと胸を抉られるもののニーナの悪意ゼロの褒め言葉になんとかお礼を告げる。
「あ、ありがとうございます…ニーナちゃん。」
「どういたしましてなの〜。」
…まあ、なにはともあれ、これでアイリスティアの出掛ける準備も終わったわけだ。
「うんうん♪アイちゃんもニーナちゃんもとっても可愛い♪それじゃあそろそろ行きましょうか?」
―
ノーリの案内でアイリスティアたちとともに街に繰り出した。
アヤは最初こそアイリスティアの両の手がノーリとニーナによって占拠されたのは不満ではあったのだが、アイリスティアがアヤたちからするとなんでもないものに目を好奇心いっぱいにキラキラとさせたり、目を丸くしたりと、普段見られない表情の数々が見れたためか、いつの間にかそんな気持ちはどこかへと消え去っていた。
他の三人もアヤ同様に笑顔が絶えない。
今度は露店を回るらしく、アイリスティアたち三人の後をニーナの御付きのヨハンナと後ろから追随していると、アヤはふと目を向けた先によく見知った人物たちを見つけた。
どうやらアヤより先にこちらのことに気がついていたらしく、アヤ本人だと確認するとこちらに向けて走って来る。
「やっぱりアヤだった!帰ってきたなら言えよな!」
「アヤちゃん、久しぶり!」
「お帰り!」
「けっ!帰ってきやがったか!」
…アヤは歓迎してくれた三人へと再会の喜びを向けた。
「久しぶり、三人とも元気だった?」
「って、おいっ!俺は無視かよっ!!」
「…はいはい、エギルも久しぶりね。」
「おう!久しぶりだな!」
アヤは大人になってちゃんと相手にしてあげた。
それに満足したのか、ガキ大将風なエギル少年がふんぞり返ると、女の子の一人がアヤに尋ねる。
「ねぇ、アヤちゃん、そっちの子たちは?」
「えっと、うん!紹介するね、こちらは…。」
そしてアヤはふと止まった。
さてアイリスティアのことをどう紹介したものかと。
家名のハスタはいいだろう。
しかし、アイリスティアという名前は問題ではないだろうか?
私とお母さんはアイちゃんで、お祖母ちゃんたちがアイ様だから…えっと…アイアイアイアイアイ……?
友人たちの訝しげな視線に圧されて、アヤはなんとか答えをひねり出した。
「こちらはアイリーン・ハスタさんっていうハスタ商会のジェイミーさんの親戚の子なんだ〜。」
「そうなんだ。私はターニャよろしくね。」
ターニャは猫型の獣人で銀色の髪の女の子だ。
普段気が弱い彼女だが、予想外にもアイリスティアにまず最初に挨拶をした。
「はい、よろしくお願いします。」
のんびりした二人はこんなやりとりで終わったのだが、アヤがさらにニーナを紹介しようとした時、ノーリの口からはこの馬鹿という言葉が漏れ、アヤはようやくそれに気がついた。
次は活発そうなどこか少年のような女の子がアイリスティアに話しかける。
「へぇ~、アタシとおんなじ名前か!アタシもアイリーンって言うんだ仲良くしてくれよな!」
し…しまったーーっ!?
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
アイリスティアはなんのことかわからずいつものように丁寧に挨拶をしているが、偽名だと知っている者がアヤへと向ける視線はどこか残念なものを見るようなものだ。
それだけならまだ救いようはあったのだが、アヤはエギルという火付け役の前に発火しやすい火種を生み出してしまったらしい。
「プフッ!!可愛いアイリーンと可愛いくないアイリーンだな!!」
「んだと!エギル!!」
馬鹿にしたように笑うエギルにアイリーンが食って掛かる。
「やめてよ!」「やめなって!」
アヤと他の友人たちが二人を宥めようとするも、甲斐なく、仕方がないのでノーリが介入しようとした時、エギルの額にアイリスティアがパチンと手を置いた。
「ダメですよ、エギルさん。女の子にそんなこと言ってはいけません。アイリーンさんはとても可愛いらしい女の子ではないですか。」
「うっ…そ、そんなこと…。」
アイリスティアの言葉に照れた様子のアイリーン。
それに、エギルも最初はなにをされたのかわからずキョトンとした顔をしていたのだが、次第に状況を理解していき、顔を赤くすると、アイリスティアに向けて暴言を吐いて走り去って行った。
「う、うるせぇ…その…ぶ、ブースッ!!アイリーンは二人ともブスだぜ〜!!お、おい!い、行くぞ!シャマル!」
「待ってよ〜、エギル〜っ!!」
追いかけていくシャマルが何度もこちらへと頭を下げてくるので、アイリスティアはコケたりしないかハラハラしていたのだが、どうやらこちらに残った者たちは違うらしい。
「わるかったな、アイリーン。アタシとしたことが熱くなっちまった。」
「いえ、こちらこそ余計なことをしてしまいましたね。」
「そんなことねえって、ありがとうよ、アイリーン…って、やっぱ自分と同じ名前を口に出すのってなんかこそばゆいな。」
「では、アイとお呼びください。」
「おう!わかったぜ、アイ!」
「ターニャさんもそのようにしていただけたら嬉しいです。」
「うん!あらためてよろしくね、アイちゃん!」
「はい。」
こんなふうにアイリスティアがターニャたちと仲良くなっているとき、アイリスティア崇拝者たちはヨハンナまでも含めて、物凄いことを口走っていた。
「あのクソガキ!アイちゃんになんてことを…。」
「ふふふっ、ヨハンナわかっているの〜♪」
「はい、もちろん。すぐにそのように。」
彼女たちの物凄い怒りから、そんな不穏な会話をしている連中に囲まれているせいか、アヤは存外に冷静に戻ってしまった。
「って、私も怒ってはいるけど、お母さんもお二人もここは抑えて、抑えて!」
隣の三人が仲良く楽しそうなのを尻目に、なんでこんなことに…と思いながら三人を説得するアヤだった。




