53 アイリスティア街に行く
「到着しました。」
ハスタ家の馬車からアイリスティアは降り、そこには一軒の家があった。
それは城でもなければ、特段大きな屋敷でもない普通の(正確には少し裕福な)家。
それは同乗していた人物の家である。
「それでは参りましょうか、アヤさん。」
「は、はい!」
はて、なぜアイリスティアがアヤの家を訪れることとなったのか?
それはアイリスティアが【乙女の花園】のマルティネス制作の式典で着る衣装以外のサイズ確認をしている時のことだった。
「え〜〜っ!?アイちゃん、ライマに行ったことないの〜っ!?」
「はい、えっと…いけないことでしたか?」
そのジェイミーの驚きとどこか責めるような声に、アイリスティアが申し訳なさそうな顔をし始めたので、これはいけないと手を振って否定しつつ、その矛先をアーシャへと移した。
「ううん!そんなことは…うん…いけないこと…ではない…訳ないわよ!?どういうことよっ!アーシャっ!!」
しかし、アーシャは一瞬真顔になったものの、何事もなかったかのようにアイリスティアの髪をいじって、服に合う髪型や髪飾りを選んではああでもないこうでもないと楽しそうにしている。
「どういうこともなにも言葉の通りね。アイリスをあんな奴らと会わせるなんてありえないから…うん♪やっぱりアイリスは素敵ね。今度はこの髪飾りも…ってこれはちょっと派手ね…。ジェイミー、あなた、センス少し落ちた?」
「ん?どれどれ…あ〜…それは確かにアイちゃんには合わないわね。ちょっと冒険と思ったんだけど、やっぱり良い結果はにならなかったかしらね…って、それは確かに大切だけど!」
「もう!ジェイミー、うるさいわねっ!楽しい気分が台無しよ!で、なに!!」
「…いやいや、さっきから言ってるじゃない。だから!アイちゃんにライマの街を見せておいた方がいいって、やっぱり…ね?」
どうやらアーシャはジェイミーの言葉を一度シャットアウトしてからは、反射的に答えていたのだろう。
ジェイミーの言葉がちゃんと耳に入ってくると、途端に怒りの感情は消え去り、ひどく嫌そうに眉を顰め始めた。
「………なんで?」
「だってアイちゃん領主様になるのよ。その街を訪れたことがない人が領主ってやっぱり問題だと思うわ。」
ジェイミーの言葉にアーシャは内心舌打ちしていた。
そんなことは知っている。
アーシャだって、バカじゃない。
元とはいえ王女の彼女は統治に関しては教育を受けている。
やってみねば、断定はできないが、下手な領主よりも上手く行えるだろう自身もある。
そして、ジェイミーが言うようにしなければならないことも…。
…だが、しかしアーシャは決断できずにいた。
「…やっぱり?」
「当然!!」
こう断言するジェイミーなのだが、アーシャの腰が重い理由を知っているからか、本心では彼女に同情的だ。
しかし、それを理由にして、アイリスティアに街の状態を見せておかなければ、後々可愛いアイリスティアが言われない言葉を掛けられかねない。
だから、友人である自分が誰もアーシャに言わないそれを敢えて口にしたのだ。
…避けては通れないのだと。
「……わかったわよ。」
ジェイミーの説得にアーシャはぶすっとアイリスティアの髪を弄びながら、了解した。
本当に心の底から嫌そうだ。
「…まあ、とはいえ、アーシャは絶対に街に行くことはないでしょうから、誰かアイちゃんを手助けできる人物は必要でしょうね。さて…誰が適任かしら?」
キュピーン!!
すると、ジェイミーはいいことを思いついたとばかりに手を叩いた。
「まあ、ということで、うん♪私の家でしばらくアイちゃんを…。」
そんなふうにジェイミーがアーシャに、街の調査のためとかこつけて、アイリスティアの貸し出しを要求していると、不意にガチャリとドアの開く音が聞こえた。
「あっ…ごめんなさい、アーシャ様…って、やっと見つけました、アイリスティア様。」
「どうかしましたか?アヤさん?」
「えっと…それは…こ、ここではちょっと…。」
おそらく怒られることは無いだろうが、居眠りしていたとアーシャやライラ、更にはお客様であるジェイミーの前でそれを打ち明けるのは、アヤとしては恥ずかしいことこの上ない。
どうにかアイリスティアを連れ出そうと思った時、アーシャがアヤの肩を掴んだ。
「アヤちゃん、マーサに連絡とってもらえる?」
最初の方は善意だっただろうが、途中からアイリスティアを可愛いがりたいという我欲がジェイミーには窺えたからだろう。
このようにして、マーサを頼り、アヤの家で面倒を見てもらうこととなった。
マーサのところで預かってもらうということで、本当のところはアイリスティアを村娘として…と思っていたわけなのだが、実際にハスタ商会の方で取り扱っている村娘が着るような服を着たところ、アイリスティアは埒外過ぎた。
愛らしい容姿、箱入りのほんわかとした雰囲気、手入れの行き届いた髪…と、どこからどう見ても村娘には見えなかったのだ。
それならばと、ジェイミーがアヤの母親を知っていることもあり、ハスタの家系の者だということにすることにした。
もちろん、これを提案したのは、諦めきれなかったジェイミーだ。
こうすれば、アイリスティアと1日くらいは仲良くできるだろうと…。
それにアーシャはしぶしぶながら、了解し、今こうして、アイリスティアはアヤの家の前にいる。
すると、アヤは近場の里帰りのはずなのだが、なぜか緊張の面持ちで、ドアの前で固まっていた。
「アヤさん、これからよろしくお願いしますね。」
「は、はい!…こちらこそ…アイリスティア様…。」
「アヤさん、ここでは主人と使用人ではないのですから、アイと…。」
「そ、そうでしたね…で、ででではっ!!あ……アイちゃん…。」
「はい、よくできました。」
「ぷっ、なんです?アイ、ちゃんそれは。」
「ふふっ、そうですね。」
もしかしたら、アイリスティアのサポートと言う任務のプレッシャーでも感じていたのかと思っての行動だったが、どうやら上手くいったらしい。
ドアをノックすると、どうぞという聞き慣れた声が聞こえてきて…。
「失礼しますっ!?」
むぎゅっ!
ドアを開けた途端、アヤの前をすり抜け、アイリスティアをなにか柔らかいものが襲ってきた。
柔らかく、甘い匂い。
空気を求めて、もがきつつ顔を出したアイリスティア。
見回して状況を理解したので離れようとすると、その背中に回された腕に力が籠もってきた。
「母さん、この子がアイちゃん?この子の面倒を今日から見るの?すっごく可愛い♪と〜っても可愛い♪食べちゃいたいくらい可愛い〜〜♪この子なら歓迎、歓迎、大歓迎♪なんちて♪ねぇ、アイちゃん、私といっぱい、いっ〜ぱい遊びましょうね♪」
娘の恥状に額に手を当てるマーサ。
そして、慌てた様子のアヤを見て、アイリスティアは自分を抱きしめている人物が誰なのかはなんとなく覚ったのだが、アヤがしっかりと言葉にしたことで確信した。
「お母さん、恥ずかしいからやめてよっ!?」
それは、アヤの母親のノーリだったのだ。
 




