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52 マルティネス来襲

ルミネは数年前に【漢…乙女の花園】のマルティネスに弟子入りした今年16歳となる女の子だ。


ある時のパーティーでマルティネスが制作した服に一目惚れし、もとから服飾に興味があったこともあり、すぐに腹が決まり家を飛び出した。


それなりの名家ということもあり、追手が来るかと心配したが、案外そんなこともなくすんなりとアルファへとたどり着き、テストの結果、見込みありとされ、見習いとして、そして今ではマルティネスの弟子となったのだ。


今回は旧来の友人の依頼でアトランティア領のライマから数時間のところにある別邸へと向かうことになっていた。


…普段、出張依頼を滅多に受けないマルティネスにしては珍しく。


先日の夕方にこのライマへとたどり着き、相談した結果、朝から昼の間に準備をして、ここを出立しようということになった。


だから、ルミネもそれに合わせて準備をし始めればいいわけなのだが…。


夜明けから少し経った薄暗さを感じる頃、ルミネは宿の主人からバスケットを受け取っていた。


「嬢ちゃん、これでいいかい?」


ルミネは朝早くに申し訳ないと思いつつ、主人のご厚意に感謝の言葉を述べた。


「はい、ありがとうございます!」


「それにしてもこんな早くから旅支度だなんて嬢ちゃんも大変だな。」


「あはは、師匠が楽しみにしていましたからね。できるだけ早くに旅立てればと思いまして。それじゃあ、また。」


「おう!頑張ってこいよ。」


「はい!」


まあ、旅支度といっても、やることは二人旅のためそれほどあるわけではない。


馬の様子の確認、馬車の損耗度の確認、食料飲料の確認、武器の確認などの確認作業が主で、それ自体はすぐに終わる。もし時間が掛かるとすれば、馬車が損耗していたときくらいのものだ。


「よし!指差し確認終了!」


と、普段はこれで終わり、食事を取ったり、のんびりできるわけなのだが、今回は少し違う。


今回はそこに商品の確認が含まれた。


ルミネは衣装専用に借りた部屋からそれを丁寧に運び出し始める。


その数は過去のどの依頼から見ても明らかに多く、オーダーメイドでマルティネスがそれほど依頼を受けることはまずない。


つまりそれほどに今回の仕事には思いが詰まっているということだ。


本当のところ、少し妬けてしまう。


ルミネが商品に破損がないのかを確認していると、ふとこれを着るであろう人物の顔が頭に浮かんできた。


それは…幼く可愛らしい男の娘。


見た瞬間、ルミネも一目惚れした相手である。


この子にこんな服を着せてみたい!こんな装飾品で彩って…などと、アイリスティアを思い出すたびにいくつも夢想したものだ。


そう!今回、早めに準備を開始したのは、本当のところ、できるだけ早くルミネがその着飾った姿を見たいというのが理由なのだ。


ルミネはよし!と頬を軽く叩き、止まった手を再び動かし始め、一点一点丁寧にほつれなんかがないかを確認し、あればそれを直す。


今度こそ最終確認が終わり、朝食が食べ終わり、幾ばくか経った頃、日はすっかりと昇り、あたりに喧騒が生まれて間もなく、素晴らしい肉体を持った人物がスキップしながら現れた。


「ルミネちゃ〜ん、ここ、ここよ〜♪おまた〜♪」


「…はあ…。」


そして、ルミネはマルティネスの顔を見るなり、盛大な溜息を吐く。


そう…先程までは彼が来るこの時を待っていたはずだった。


しかし、今は師匠であるマルティネスのことをあまり歓迎したくはない。


できることならば、置き去りにして目的地へと駆け出したい思いさえある。


オネエムキムキマッチョの胸部露出。


このパワーワードのせいか?


いや違う。


そんなことではない。


確かに目の毒…いや、目に毒をまき散らすようなそれだが、それなりに付き合いがあるからか、痛みは感じない。


ならばなぜか?


一言でわかる。


…マルティネスはツヤツヤしていたのだ。


正直想像したくはないが、その要因はすぐに思い当たる。


……やはり…また()()をしたのだろう。


まったく…人が早起きをしてせっせと働いているにも関わらず…この人は…。


ルミネはイラつきを隠しつつ、呆れた視線を送る。


しかし、このマルティネスは何を思ったのか、こんなことを言い始めた。


「あら、どうかした?まさか!?今頃になって私の美しさに見惚れて!?もう!そんなに見つめないの♪もっと美しくなっちゃうじゃない♪」


フリフリと腰を振り、同じ方向へと旅立たんとする者たちのある種の猛毒となりきったマルティネス。


いや、お前が誇れるのはその筋肉だろうとツッコミを入れ、諦めを含んだ溜息を吐き、疲れたので相手にするのをやめた。


「…はあ…まあ、もうそれでいいです。ささ、時間が時間なので早く馬車に乗ってください。愛しのアイちゃんがお待ちですよ。」


「そう!そうだったわね♪ふふっ、一年ぶりよね♪どれだけ可愛いくなったのかしら?私に追いつくくらい?もしかしてもっと?も〜う♪困っちゃう〜♪」


たぶんだけど今の言葉をアイリスティアを溺愛する人物たちに聞かれたら、どつき回されるだろうなと、ルミネは反射的にボディに打ち込みそうになった硬くなった拳を収めて、出立することにした。


「…さあ…では行きますよ。乗りましたか?」


「は〜い♪」


「アーシャ様、お客様をお連れしました。」


ノックの後に部屋に入って来た使用人の言葉に待ちかねたと腰を上げると、入って来た相手を見てアーシャは驚きの表情を浮かべた後に上げた腰をもとに戻した。


「久しぶり、アイちゃん…って、あらら?」


「なんだ…ジェイミー…あなたなのね…。」


この女性はジェイミー・ハスタ。


ハスタ商会という商会の跡取り娘で、アーシャたちの学園の同期だ。


良く見知った仲故に、今ではこの屋敷の御用商人的な役割を果たしており、見ての通りアイリスティアを現在5歳の自身の娘同様に可愛がっている。


「あなたなのね…って、ご挨拶じゃない。誰か待っているの?」


「そういうあなただってまずアイリスってなによ…。普通、友人である私じゃないの?」


「それはそうでしょ、だってアイちゃんの方が可愛いし。それに聖女様よ。商人として()優先するでしょ…。…それにしても…さっきからアイちゃんは何しているの?」


「…ああ…あれはね…。」


アイリスティアと向かい合っているのは、アルファの教会から派遣されてきたシスターのエステル。


朝食の後、アイリスティアがどこか遠くを見つめるような瞳をしていたことに気がつき、なんとはなしに声をかけたのだ。


すると、アイリスティアは優しくは微笑むものの元気がなかった。


アーシャに聞くとアイリスティアはこれから大変な目に合うらしい。


しかし、相手に気を遣ってなのか、アイリスティアにその対処法のわからないような、やんわりとした伝え方をされたので、少しはアイリスティアの気が紛れればと思い、エステルは今、お祈りの仕方を教えている。


ほんの少し気が楽になれば…程度のエステルの気遣いだったわけだ。


すると、アイリスティアはその想像以上に熱心にそれに従い、本当に祈りが天に届くのではと思うほどの必死にやり始めてしまった。


普通、そんなレベルでやり始めようものならば、心配になるはずだが、エステルは神に仕える身。


きっとアリス神にもそれが届くでしょうと、信心深さに感銘を受け、エステルは優しく微笑むと、心底嬉しそうにアイリスティアに手解きを続けた。


「さあ、アイちゃん、では復唱してください。」


「はい、エステルさん。」


エステルが手を合わせ、跪くのに倣う。


「天におわしますアリス神よ…。」


「天におわしますアリス神よ…。」


「…てことで、アイリスはお祈りしているってわけなの。」


「へ〜…アイちゃんでも苦手な相手いるのね…。」


ジェイミーは、そういえばと、先日の夜に見覚えのある存在が若い男(可愛い系)と一緒にいたのを見たことを思い出した。


「まあ、私もあんな筋肉ダルマに会うたびに抱きつかれて、筋肉を押し付けられて、さらには頬擦り…なんてことを繰り返しされれば逃げ出したくなるわね…。あなたもそうでしょ?」


ジェイミーもかの相手のことは学園で同級生だったこともありよく知っていた。


そのためかより鮮明にその様が頭に浮かび、吐き気を覚えたのか、オエとえづく。


「…考えたくもないわね…。」


アーシャもあはは、そうよねと苦笑いを浮かべると、いいことを思いついたと手を叩いた。


「そういえば、あなたよくアレと喧嘩していたわよね。なにかいい手があるなら教えてあげたら?」


アーシャのその言葉に、かの人物と犬猿の仲と言われていたジェイミーの頭には、少しくらい…いや、限りなく多種多様な対抗手段が浮かんでいた。


「え♪いいの♪」


楽しそうに、そうジェイミーは本当に楽しそうに笑った。


「…ほ、ほどほどに…ね…。」


そんなアーシャの心配するような声は、今の楽しそうに悪い笑顔を浮かべるジェイミーに届くはずもない。


「アイちゅわ〜〜んっ!?」


ズド〜〜ンっ!!


マルティネスの抱擁(致死級の一撃)は見えない壁によって阻まれた。


「痛え!…おっと痛い、痛いわ…な、なんなのこれ?」


コンコンと透明な壁に手の甲を打ちつける。


しかし、そんなマルティネスを横目にルミネはそのまま進むとアイリスティアたちの前に立った。


「あれ?あれれれ?なんでルミネちゃんは…ってああ!なるほど横ね横。そっちは大丈夫なのね!」


ルンルンとした様子で一歩踏み…出せなかった。


「痛え!」


再び勢いよく顔をぶつけるマルティネス。


なぜこんなことが…マルティネスがそう頭を悩ませると、元凶たる存在が視界へと入って来た。


「久しぶりね♪マルティネス♪」


「…ジェイミー…あなたね…。」


「うふ♪」


「…なんでなんでこんなことをするの?ひどいひどいわ…。」


マルティネスの泣き真似に心を痛めるアイリスティアが声を掛けようとすると、ジェイミーがそれを制する。


それどころかジェイミーが更に楽しそうに笑うと、遂にマルティネスの中でなにかが切れる音がした。


プツンッ。


「てめえ…今その笑顔を泣き顔に変えてやるからな!!そこを動くなよ…こんなもの今すぐに!」


狭く間合いが取れない透明な壁に囲まれた空間。


しかし、マルティネスにそんなことは関係ない。


マルティネスは自身の血脈もあり、戦闘にも長けているのだ。


脚に力を込めると、狭い歩幅ながら一歩踏み出し、大きな身体を下半身から回転させるように、上手く使い拳の加速距離を生み出す。


ドゴンッ!!


放たれた拳と結界のぶつかる音。


その迫力に周囲は目を見開き、マルティネスは手応えありとニヤリと笑った。


そして、さて早速…とアイリスティアに狙いを定め、歩き始めようとしたところで、異変に気がつく。


「って…あら?な、ななな…なんでっ!?」


動揺するマルティネス。


「少しヒヤリとしたけれど安心したわ。流石ね♪アイちゃん♪」


そうジェイミーは称賛の声をあげ、マルティネスの暴力的な様子に驚いているアイリスティアをぎゅっと抱きしめた。


「え、えっ…これってもしかして…アイちゃんが…。」


その言葉に凄くショックを受けた様子のマルティネス。


すると、はっとしたアイリスティアは申し訳なさそうに謝る。


「ご、ごめんなさい、マルティネスさん。でも僕…あの…マルティネスさんのスキンシップが苦手で少し…。」


「…アイちゃん。」


マルティネスは思い出す。


抱擁、頬擦り、キスの嵐。


…わかっていた…わかってはいた。


普段の自分ならば顧客相手には絶対にやらないこと。


アイリスティアの愛らしさにあてられたとは言え、本能を抑えるべきだったと…(もっと発散してくるべきだったと…)。


「…ごめんね…アイちゃん…。」


「ま、マルティネスさん…。」


「ふふっ、ごめんなさいね、少し怖い思いさせちゃったかしらね…少し反省させてもらうわ。」


アイリスティアも警戒を解き、魔術も解こうとすると悪魔が微笑んだ。


「そう♪じゃあ行きましょ♪」


ジェイミーに手を引かれるアイリスティア。


「えっ?」


「ほら♪だって今日は新しいお洋服がきたんだもの♪ほらライラに…そこのあなたも手伝って♪」


「はい、もちろん。」


「ろえっ?あっ、はい!わかりました。師匠がいなくても、きっとジェイミーさんがいれば着れると思いますから…。」


顔を上げるマルティネス。


「ちょっ!?」


ジェイミーに続いて次々と部屋を出ていく。


「えっ…マジ?…マジなの?」


そんなマルティネスの漏れ出る声など聞こえず、先んじてラスティアたち使用人たちが部屋を後にし始めると、焦りからか本能からの声を上げ始めた。


「オオーーっ!!…我慢!…我慢なんてできるわけねぇだろ!!チクショウッ!!俺が作ったんだぞ!!おい!ジェイミーにライラ!!許さねぇ!!てめぇたちは絶対に許さねぇからなっ!!」


マルティネスの魂の叫びにニッコリと笑うジェイミーに、何も耳に入った様子のないライラ。


少し悪いと思っているのか、隠れるように出ていこうとするルミネにも飛び火する。


「なに知らん顔していやがるバカ弟子!!てめぇもてめぇもだ!いい思いしやがって、許さねぇ!絶対に許さねぇぞ!!ルミネ!!」


「わ、私もですかっ!?」


「当然だ!馬鹿野郎っ!!出せ!!ここから出せ〜〜っ!!」


ひぃと悲鳴を上げるルミネだが、やはりアイリスティアのことが気になるのか、耳と目を閉じて部屋から抜けだし、最後にエステルが部屋を後にした。


ガチャリ。


そんな音が静かな部屋に響くと、感極まったのかマルティネスは更に感情的に喚き散らし始めた。


「わ〜ん!!みんなみんな嫌いよ〜!!あたしもアイちゃんにチュッチュしたいしたいしたいの〜〜!!」


扉が完全に閉まり、遠くから聞こえてくるその声にまったく凝りた様子のないマルティネスを知って、ハァと溜息を吐くアイリスティアだった。


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