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46 アヤの初膝枕の行方

「アーシャ様、こちらを…。」


「…はあ…また〜。」


アーシャはひどく気怠そうに一通の手紙を受け取ると、うつ伏せながら、流すように目を通し、そしてテキトーに口を動かし、火をつけた。


「【とーち】。」


「…アーシャ様、火を室内で使うのは…。」


「むう…わかってるって…うるさいな…ライラったら…でも私がそんなミスを犯すと思う?」


「ふふ、いいえ。」


「…もう何通目?」


「確か15,いえ、16通目かと。」


アーシャはうへぇとひどくうんざりした顔を浮かべた。


手紙の主は精霊国の王からだ。


つまりは、精霊国の王であるアーシャの父からのそれである。


普通ならば、アーシャの先程のような手紙を燃やし、あまつさえ返事を無視するような行いは許されないことではあるのだが、アーシャにも事情があるため、致し方ないように思われる。


なにしろその父はアーシャが男嫌いになった原因である。


とある事件の後、身体の弱いアーシャの母を王宮から追い出し、その先で母は死んだ。


さらには、政治的に利用できるとでも思ったのか、アーシャを留学させ、エドガーとの婚約をまとめた張本人なのだ。


当然ながら、仲は冷めきっている。


「まったくでございますね。」


内心ではライラも同じだったので、同意すると、アーシャも悪い顔で答えた。


「ふふふ、でしょ。」


「ええ。」


しかし…。


「…王もだけど、あの国の王族…ううん、あいつは()()という存在に執着している。」


「アーシャ…あなた…。」


しみじみとアーシャは言う。


「…ねえ、ライラ。私、今とっても幸せなの。」


「…わかります、私もです。」


「アイリスティアがいて、ライラがいて、ここには笑顔が溢れている。アイリスティアが聖女になったから、ずっとこのままというわけにはいかないだろうけど、できることなら永遠に…駄目ならもう少し、もう少しだけ…。」


「…アーシャ様。」


「いけないわね…私がこんなでは…。」


「…いえ、そんなことは…。」


「…絶対に守りましょうね。」


「…はい。」


二人の視線の先には裏で起きていることなどまったく知らないようにスヤスヤと眠るアイリスティアの姿があった。



アイリスティアはというと、戦場から王都、王都からここライマへと帰宅してからは、アーシャとライラとずっと一緒にいることになった。


それは食事やお稽古だけでなく、お風呂や寝る時ももちろん。


それが今朝ようやく開放され、自由な時間を謳歌していた。


…とは言ってもやはり専属の二人アヤとラスティアに護衛のファティマが一緒なのだが…。


でもまあ、ずっと抱きしめられたまま抱えられて移動したり、座る時も抱っこということもないので、幾分気は楽だ。


先ほどまで勉強していたので、庭園でラスティアの膝枕で休んでいると、ふとラスティアが声を掛けてきた。


「アイリスティア様、アイリスティア様、起きてください。」


「ん、ん〜〜〜っ!どうかしましたか、ラスティア?」


「少し用があるので失礼しても?」


「ええ、どうぞ。それなら、僕もそろそろ。」


「いえ、アイリスティア様はお疲れでしょうから…そうです!アヤちゃんに膝枕をしてもらっては?」


「えっ!」


急に話を振られたアヤが素っ頓狂な声を上げた。


そして、アヤは落ち着きなくあわあわと慌てている。


その様子が小動物のようで愛らしいとこの場にいた者が癒やされていると、アイリスティアはふと思い出した。


そういえば、アヤにそういうことをしてもらったことはなかったことを。


普段、アイリスティアが色々なところでスヤスヤと眠りこけていると、なぜか誰かしらが膝を貸してくれていたのだが、アヤに限って言えば、今までそんなことはなく、精々風邪を引かないようになにかを掛けてくれていたくらいだった。


てっきり嫌がっているのだと思っていたのだが…。


アイリスティアがそのことをラスティアに伝えようと口を開いた。



「ラスティアさん、アヤさんも困っているみたいなの…「そ、そんなことはありません!是非、是非!」…えっと…それでは…お願いします。」


「はい!」


アイリスティアはアヤの見たことのないほど興奮した様子に圧され、戸惑いながら頷く。


実をいうと、アヤはまだ子供なので使用人たちや祖母のマーサからアイリスティアを落としてしまうのではと心配され、その行為を禁止されていたのだが、先日の特訓の時、マーサからようやく許しが出たのだ。


よって、それを聞いた使用人の長であるライラにも許され、実はその機会をずっと探していた。


ここ一月あまりはアイリスティアにそんな隙が一切なかったので、この機会を逃すことはできないとアヤは普段は見せない積極性を表に出したというわけだ。


たぶんだけど、ファティマもそれを狙っていたというのもなんとなくわかっていた。


ファティマはやはり一瞬残念そうな顔をしたが、すぐにもとの表情に戻り、優しい目線をアヤへと送っている。


やっぱり良い人だなとアヤがそう思い、アイリスティアにさあと膝を開けて、どうぞとばかりに準備を終えたところで、遠くから声が聞こえた。


「たのも〜〜〜〜!」


エコーがかった声が小さいながら、こんなところにまで届いて来たのだ。


程なくして、ファティマの部下の一人がこちらへと向かって来る。


「何事だ。」


「はっ!門のところに不審者が!相手は二人!今の声はその人物のものです。」


「ここは聖女様のお屋敷だぞ!…どこの者だ一体…なにか特徴は?」


「…確か修道服を着ていたので、おそらくは教会関係者かと…。」


「ちっ!さっきまでラスティアがいたのだがな…わかった、私が行こう。」


いつの間にかいなくなっていたラスティアにアヤが驚いてある中、情報を聞き、ファティマがすぐさま答えを出すと、アイリスティアも声を上げた。


「ファティマ様、僕も行きましょう。」


「あ、アイリスティア様っ!」


「教会ということは、おそらくは僕かラスティアさんに何か関係あることでしょう。」


「し、しかしですね…。」


「アイリスティア様、危のうございます!」


も、もしアイリスティア様を狙う人物だったとしたらと思うと心配で仕方なかった。


そんな顔を向けるアヤにアイリスティアは優しい微笑みを浮かべ、アヤの頭に手を置くと、落ち着かせるように撫でた。


「大丈夫です、アヤさん。」


「…アイリスティア様。」


「…それになにがあろうと僕を守ってくれるファティマ様の側が一番安全ですから。」


「あ、アイリスティア様…。」


アイリスティアのその言葉を聞いてすぐに俯いたが、にへらと一瞬、ファティマの顔が緩んだのをアヤは見逃さなかった。



うん、あれは嬉しい、わかる、わかります!


難しいかもですけど、私もいつかそんなこと言われたいです!



「それでは行きましょう!アイリスティア様!」


「はい、ファティマ様、アヤさんは…「もちろん、お供させてください!」…そうですね、では僕から離れないで、絶対に守りますから。」


「は…はい♪」


使用人として、マーサに躾けられた者として、バレたらただでは済まないのでこんなことではいけないのだが、女としてアイリスティアにこのようなことを言われて嬉しくないわけがない。


そのため、どこか嬉しそうな声で返してしまったのだが、これはよくよく考えてみると、膝枕の機会を失ったということに途中で気がつき、アヤは内心残念さでいっぱいになっていた。


…ううう…きっと、きっとまたいつか…。


アヤは小さな手で拳を作りながら、そんな決意を固めた。


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