45 聖女たちのあれこれ
アイリスティアを狙っていたのは、ヨーゼフだけではない。
教国では今、こんなやりとりが行われていた。
「以上が報告となります。」
渋い顔をする教国の幹部たち、老齢な者たちばかりと思われるが、ほとんどはそれなりに若い。
中には三十そこそこといった者たちも当たり前にいた。
しかし、そのことからもわかるように教皇含め、表には出さないが野心を持つ者ばかりで構成される。
教皇とはいえ、気を抜けばいつ首を切られるかわからないほどの危険地帯、そこがその会議だった。
とはいえ、それはほんの少し前までのこと、今は教国はたまたアリス教の繁栄のために尽力するべきだと一堂に力を合わせようと張り切っていた…のだが…どうやら出遅れてしまったようだ。
まんまとアルファにしてやられた。
「…まさかもうすでに婚約しているとは…。」
教国だけでなく、他の国でもだが、関係を持つときに取られる手段は金銭などで組み入れる、もしくは婚約という方法が取られることが多い。
実際にエドガーの場合は、精霊国の後ろ盾を狙ってアーシャを娶ったし、他家でも当たり前のようにその手段が取られる。
血のつながりは強固である。
この考えはどこに行こうと通じる。
教国の場合、強引な手段を取ることも考えられるが、今回はそれだけは禁止されている。
忌まわしき悲劇を繰り返すのは愚行である。
「…それも、3王女全てとは…。」
アルファの王位継承順位の上位3人を全てアイリスティアに嫁がせるというのだ。
これは通常ならばあり得ない。
姫は政治的に利用できる。
それをせずにこんなことをするということは、暗にこう言っているのと同じである。
アルファ王国はアイリスティアと共にある。
つまりアイリスティアとそのような関係を結びたいのならば、それと同等のものを捧げなければならないということだ。
当然ながら、そのようなことは他の国でも、おそらく教国でも不可能だ。
さらには、あのファティマを護衛にするなど教国からの武力供与すら必要としないとは…。
もうお手上げである。
「問題はそれだけではない。アルファ王がアイリスティア様に伯爵位を与えたことも大きな問題だ。」
「実にけしからん!聖女様に爵位などと!」
「しかし、それは致し方あるまい。それはあくまでも聖女となる前の功績。これに口を出すのは明らかな越権行為。そのような前例を作ってしまうのは教会としても望むべくもあるまい。」
「うっ…それは…いや、しかし…。」
「…もしやアルファ王国はアイリスティア様が聖女だと知っていたのでは…。」
「…それはありえないことではないな。」
「ならばっ!」
「しかし、それならばアルファ大聖堂が知らないはずはあるまい。もし今それを追求しようものならば、聖女様とのパイプを完全に失ってしまうことになるだろう。」
報告ではアイリスティアはアルファ大聖堂に対して、悪印象は持っていないらしい。
ならば、それこそを利用するべき。
ここで藪を突いてしまうのは得策では無いと誰もがわかっていた。
正確に言えば、紫影ことラスティアも教国の人間ということになっているが、ラスティアは教国でもかなり特殊な立場のためあてにはならない。
「…。」
「やる方なし…か…。」
「どうにか婚約くらいは…いや、そんなことをすれば、聖女様本人からの不興を買う…か…。」
アイリスティアがアルファの3王女との仲は本人も望むところだったとの報告もあった。
それこそ前に話し合ったことよりも、禁止されることだろう。
「「「…。」」」
内心誰もがため息を吐き、重くなりかけた空気の中、居眠りを決め込んでいた幹部の一人が惚けた顔で聞く。
「ところで、元聖女はどうなされた?いつもならふんぞり返っていると思うのだが?」
教皇もどこから戯けるように言う。
「はて、尋問官がなにやら用があると言っていたようだが?そういえばここにも数人いないな?」
「プッ!」
誰かが吹き出した。
アイリスティアは聖女となったことで、実はもうすでに成果をあげていたのだ。
それは何かというと、教会の膿たる元聖女の一家の権力を削ぐこと。
これはここ数代の教皇、幹部たちの悩みの種だった。
聖女はここ五代ほど世襲の方式が取られており、贅沢や後ろ暗いことが、かの家では常態化していたため、メスを入れる機会をずっと探っていたのだ。
次代も駄目だと思われていたため、これだけでも大した成果である。
しかし、どうにかしてアイリスティアとの関係を強固なものとしたい教皇以下幹部たちは再び会議に戻るのだった。
「次の議題は何だ?」
「…魔王討伐に伴う勇者の召喚です。」
「…はあ…これまた難題だな…。」
一斉に顔を顰める幹部の面々。
はて、そういえば、次期聖女候補筆頭と言われたあの娘はどこに行ったのやら?
確か尋問が始まる前に消えたそうだが…。
―
数日ほど前に、アトランティア領にたどり着き、今、ライマのお屋敷の前へとたどり着いた。
一月あまりの旅路。
長い道のりだった。
いくら教国最強の護衛がいるとはいえ…いや、いるからこそ大変だった。
しかし、これでようやくその旅も終わる。
「見てなさい!スティリア!」
「あ、うん、はいはい。」
女は息を思いっきり吸い込むと、それを気合とともに吐き出した。
「たのも〜〜〜〜っ!!」
門の前でのその行いにメイランたち、アイリスティアの護衛たちが駆けつけてくる。
「うん、ミスティア、それ道場破りだからね。」
元聖女候補筆頭ミスティア・アルトハイムの愚行に聖女護衛騎士隊長スティリア・サラハムは呆れ顔でツッコミを入れた。




