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44 とある兄の憂鬱

アイリスティアと同じ戦場にいたのだが、会うことどころか、顔を見ることさえできないほどに噛み合わなかった異母兄弟マインはアイリスティアたちが王都に戻った頃、未だ戦地にいた。


本当はアイリスティアと同じタイミングで帰り、馬車なんかをともにして、数日の時を過ごしたかったのだが、お役目が与えられてしまった。


戦後処理である。


今回、マインは戦場での振る舞いを学ぶために送られたのだが、父エドガーの教育方針のせいか、最前線に送られ実際に兵の扱いを古参に教わりながら実行させられていた。


一歩間違えば…などとエドガーは甘いことは言わない。


死んだらそれまでという発想のもとそれは行われ、なんとか生きている。


そして、終戦してやっと帰れると思ったのも束の間、戦後処理も貴族の義務と古参たちに学ぶよう言われてしまったのだ。


戦後処理は交渉事以外にも存在して、死体の処理と整地などが存在する。


死体の処理は自国と他国、今回の場合は帝国の兵士をそれぞれで回収し、それを供養して、できれば遺品を身内に引き渡すというところまでが一括りとなっていて、わかるようにかなり重要な職務だ。


これは流石に若輩のマインには手にあまるため、他の貴族が行っていて、これは方法を見せてもらい、それを覚えることだけに留まった。


実際にマインがすることというと、整地の指揮だ。


これも他の何人かの貴族たちと別れて行っている。


整地はその名の通り、更地に戻すことだ。


陣を解いた後に荒れた戦場をもとの様に戻す必要がある。


なぜそのようなことをするのかというと、ここタラスクス平原は再び帝国と王国がなにかで争うときに戦場となる場所だからだ。


基本的に戦争とは、国家間の交渉の手段の一つ、交渉ということは滅ぼすような意図は存在しないことが多い。


多くの場合は何処かしらの場所がほしいやら、人などの資源を欲したものがほとんどだ。ならば、それを傷つけてしまうとどうなるだろう?きっとそれは戦争する意味の消失を意味してしまう。それでは骨折り損のくたびれもうけというやつになってしまうことだろう。


そのため、全面戦争を除き、場所を限定し、その場所で雌雄を決するという行いが妥当だとされているのだ。


また使うことになるのだから、レイスやゾンビなどのアンデットが生まれないよう、また疫病の発生源などにならないよう、手入れというやつをしないといけないというわけだ。


特に整地の業務は戦勝国の特権なので、大変名誉あることとされている。


それ故にその役目を任された者は張り切って行っているのだが…やはりサボる者もいるようだ。


マインは自分の担当部分がきりの良いところで落ち着いたので、休憩を告げるとその場から離れ、とあるテントに入る。


「クライン、クラインはいるか?」


「おう、マイン!なにかあったか?」


「…いや、なにかあったじゃないよ。君ね…。」


「わかった、わかってるから、みなまで言うな。」


「わかってるなら、しっかりやりなさい。」


この男はクライン・ビジョン。


ビジョン伯爵家の跡取りだ。


同い年でなにかと馬があう…わけではなく腐れ縁というやつで今回もそんなわけだ。


自覚がないためか、サボり、女遊びの常習犯で、ランカに声を掛け(ナンパして)、吹っ飛ばされたりと問題行動しか行わない。


今も整地という名誉職を放りだして、昼寝の傍らなにやらいじっていた。


「それになんだそれは…。」


「ん?ああ…この前もらった綺麗な女神像だ。確かアイリスティア様を信仰しませんか…とか言っていたか?まったく可愛い女の子だったのに目がおかしくてな…本当に…。」


あ、アイリスティアだとっ!?


「今、その娘はどこにっ!?」


「さ、さあな?…でもたぶんここにはいないはずだな。」


「なんでそんなことわかるんだ?」


「だって、俺、ここにいる女の子の名前みんな知ってるから。」


「…。」


その努力…いや、能力を他のことに使えばもう少しまともになると思うんだが…まあ、それはともかく。


「…譲ってくれないか?」


「…なんで…まあ、別にいいけどな…ほら!」


像をクラインはまるで()()でも扱うように、こちらへと放り投げてくる。


「貴様、大切に扱え!僕の弟を模った像だぞ!」


「は?弟?…そういえばアイリスティアって…。」


「今頃気がついたか?まったく…こんなやつに乱暴に扱われて可哀想だったな…これからは僕が大切にするからな。」


よしよしとその像を撫でているマインに一種の気持ち悪さを感じたが、今はその像のモデルとなった存在が気になった。


「な、なあ、マイン、お前の弟ってそんなにそれに似ているのか?」


「ん?まあ…もっと可愛い…かな…うん、もっと愛らしいな!」


流石にそれは言い過ぎだろうと思ったが、しかし、期待が募る。


「そうなのか?会わせてもらえないか?」


「ふざけるな!貴様、僕の弟に何をする気だ!」


「な、なにっていやだな…ははは…頼む!」


「絶対にいやだ!…というか、僕では無理だな。」


「は?なんで?」


「いやな…アイリスティアはアトランティア領のお屋敷に住んでいて、アーシャ母様は男嫌いで父をかなり恨んでいるせいか、僕たちはそのお屋敷に近づくことも余程の理由がない限り無理なんだ。だから…。」


父エドガー…いや、両親がしたことを今より少し前、母ミリアリアから聞いた。


懺悔するような口調だったことを今でも覚えている。


アトランティア家に嫁いできたその日に、エドガーはアーシャにアイリスティアの種を仕込んだ。


当然ながら、それは合意の上のことではなく、ミリアリアに頼み睡眠薬と痺れ薬を料理に混ぜ、アーシャに食べさせ、眠り動けなくなったアーシャを抱くという方法が取られた。


アーシャは破瓜の痛みで目を覚まし、やめてという声が屋敷に響き渡ったという。


アーシャはもとより嫌いだった父をゴミのような目で見るようになり、その夜のショックから…いや、報いを受けたと言っていたか、それ以来父は不能となってしまった。


以来、父の野心は落ち着きを見せ、一時期は王になろうとしたものだが、今ではアトランティア家だけでなく、王家の繁栄、存続を優先して考える忠臣となったという。


「ちぇ、ならマインの兄貴なら…「それは駄目だ!」…マイン?」


「…いや、なんだ…兄様はお忙しい。僕のほうで努力してみるから、少し待ってくれ。」


「…わかった。期待しているからな!」


クラインは一瞬思案したが、マインの様子になにかを感じ取ったのだろう。


そう言い残して、作業に戻っていった。


クラインが出ていったのを確認すると、マインは大きく溜息を吐く。


「はあ…少し妙だったかな…僕ってやつは…。」


マインが先ほど強く反応した理由、それは今回ヨーゼフではなくマインがここに派遣されたのと関係していた。


本来全面戦争ではないこの機会はヨーゼフのために使うというのが正しい選択だ。


それなのになぜマインが?


それは…


()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


ヨーゼフはアイリスティアを嫌うだけでなく、いつからか野心を持ち始めた。


その野心とはなにだろうか?


今、この家は公爵家である。


長子であるヨーゼフには余程のことがない限り、そんなものは手の中に落ちてくる。


となれば簡単な話だ。


その一つ上の地位…王位だ。


王派閥の筆頭が貴族派と手を組む。


将来そんなビジョンが見える。


そんなことを許すエドガーではない。


エドガーは場合によっては、このマインを次期当主に任命するのかもしれない。


この戦地へ送られる前に、エドガーはこんなことを言っていた。


「ヨーゼフが最近、叔父さんにダブって見えるんだ。」


場合によっては、粛清も辞さない。


そう言っているように、マインには聞こえた。


マインは像を撫でながら呟く。


「どうかアイリスティアには何も起こらないといいのだが…。」



「なぜアイリスティアを手放されたのです!」


王都では、謁見の間の出来事の後すぐに、アイリスティアが聖女となったことが伝わり、学園に行っていたヨーゼフの耳にもそれが届いた。


そのことに利用価値を見出し、ほくそ笑んでいたのだが、それから数日後、戦場での功績からアイリスティアが伯爵位を授けられたことが発表された。


ヨーゼフは激昂していた。


せっかく手に入れかけた最高の駒が自分のもとへと手が届く前に失われてしまったのだから。


その駒は、この王国だけでなく、帝国、精霊国、さらには教国に対してさえ役に立つ万能性を持っていたのだ。


これで()()()()()をしなくても、自身の野望が叶う。


そう思っていたのに…。


ヨーゼフは拳を震わせていた。


目はしっかりとエドガーを睨んでいる。


そんな目を昔は向けていなかったことを懐かしく思い、寂しさを感じていたが、エドガーはそれを心の内にしまい、返答などわかっていることを聞く。


「…なぜとは?」


「決まっているでしょう!アイリスティアに爵位を与えたことです!」


ヨーゼフはそんなこともわからないのかと怒りをヒートアップさせ、エドガーを責める。


「なぜそれをお止めにならなかった。アイリスティアには利用価値がある。政治的に利用するのはもちろん、武力の面でも魔術の能力、さらにはあの帝国のファティマさえも手に入れたそうではありませんか…それをなぜ…。」


どこかオーバーに額に手を当て、首を振る。


そして、顔を上げると事実を突きつけるように言った。


「王家にアイリスティアの独立を促されたとはいえ、あいつを手放す必要などなかったというのです!」


自身のエドガー以上の有能さをエドガーな証明できた。


ヨーゼフはすでに驕っていた。


()()()を超えたのだと。


それは、エドガーが望むものと、ヨーゼフが望むものが違っただけだというのに…。


ヨーゼフは今、()()()()()()()を見せられることになる。


「…はあ…ヨーゼフ…お前は勘違いしている。アイリスティアを独立させるように働きかけたのは私だ。」


衝撃だった。


…父エドガーがキングメーカーを自ら手放したことは。


「…なんですって…。」


あまりのことに呆然と立ち尽くすヨーゼフ。


「私が望むのはアトランティア、また王家の繁栄だ。」


立ち上がるエドガーをただ見送る。



憧れがあった。


疎んじもしたが、やはりそれだけは捨てることができなかった。



しかし…。



「ヨーゼフ、その野心、表に出してくれるなよ。」


そう捨てゼリフを残し、部屋を後にするエドガー。



…それは今、完全になくなった。



居なくなったエドガーの…いや、当主の執務室。


エドガーの目には、色褪せたその机がどこか滲んで見えた。


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