43 あるメイドの日常2
ラスティアの命令により、宿の手配などのためにアイリスティアたちが王都を旅立つ前に出立することになったハミルは暗くなり始めた頃にライマのお屋敷へとたどり着くと、アーシャとライラへの報告へと向かった。
ハミルの報告により、アイリスティアの無事が知れ、安堵のため息を漏らした二人だったが、その続きを聞き、驚きの表情を浮かべたかと思うと、すぐさまどこか興奮した様子に変わり、ハミルに詰め寄って根掘り葉掘り聞き出し始めた。
ハミルからこれ以上聞き出せることがないとわかると、開放されたのだが、その頃には夜の帳がしっかりと降り、辺りは星明かりがキラキラと輝いていた。
遅め食事を摂り、お風呂に入ると、猛烈な眠気に襲われたので、すぐさまベッドに潜り込みたいという欲求に苛まれたが、隣の部屋の住人のことを思い出し、小さくため息を吐く。
頬を軽く叩いて、気合を入れてドアをノックする。
すると、まだ寝ていなかったのか、いつもの聞き慣れた声が近づいてきた。
「ただいま、シータ。ハミルだけど…。」
すると、カチャリと鍵が開き、虚ろになった瞳でこう言った。
「…裏切り者…。」
そんなシータの様子にハミルは思わず背筋がゾッとしたが、どうにかシータを宥めると、部屋に入れてもらった。
部屋の内装はハミルよりも遥かにどこか女の子っぽく、趣味のお香の原料が棚へと並べられていた。
部屋着もふわふわしていて普段ならば愛らしいの一言が妥当だったことだろう。
しかし、今のシータの視線はハミルを射殺さんばかりのそれのため、まったくもってそんな感想は言えない。
今回、ハミルがシータのもとを訪れたのは、帰宅を知らせるためやアイリスティアの無事を知らせるためだけではない。
ラスティアがアイリスティアの前で正体を明かしたことにより、それを隠す必要がなくなったためだ。
一応ラスティアにも許可を求めたのだが、別にいいんじゃないというまったくもって興味の無さそうな言葉が返ってくるのみだった。
そのため、ハミルは友人であるシータにどうして自分がアイリスティアに同行したのかという理由と自身の正体を晴れて明かせるようになったというわけだ。
「…シータ、実はね…私教会の人間なの。」
「…えっ?教会?」
「そう、アイリスティア様の監視が私の任務。」
「えっと…アイリスティアってなにかしちゃったの?」
「ううん、違うわ。聖女候補だったの。」
「せ、聖女候補っ!?」
「そう、アイリスティア様って物凄く魔術が上手で、特に治癒魔術と防御魔術が凄かったの。だからね、教会としては次期聖女の候補として年齢がある程度になるまでは見守って、できれば教会のほうに来てもらおうと審査をしていたの。」
「…。」
「ラスティア様も私と同じ…ううん、ラスティア様は教会でかなりの地位にいるお方で今回はそのお手伝いとして、付き添ったというわけわかった?」
「…。」
どうやら話についていけていないらしく、無言のままだ。
ハミルはそのままシータを見つめる。
自分から働きかけると混乱が激しくなるだろうからと、シータは案外度胸があるので、わからないところは質問なりをしてくるだろうと思ってのことだ。
「…質問。」
「はい。」
「…なんで話してくれたの?」
「隠す必要もなくなったから。」
「そ、それって…。」
そうして、シータは顔を青くして後ずさっていく。
「ち、違う、違うからっ!別に用済みだから、死人に口なしみたいなことじゃないからっ!」
「な〜んてね♪」
「へっ?」
「だって、ハミルがそんなことするわけないもん。」
「…シータ…あなたね…。」
ハミルはシータに近づくと、シータの両方のこめかみあたりに拳を近づけると、グリグリとお仕置きをし始めた。
「い、痛っ!いたたたたぁぁぁぁ〜〜いっ!?ごめん、ごめんってば、やめて、や〜めてっ!」
「…聞こえない。」
「うそっ!絶対に嘘っ!私も許したから、お願い、ハミル〜っ!」
ハミルがお仕置きをやめると、シータは痛たたとどこか笑っていた。
「…まったく…。」
こんな言葉を口にするハミルの口元もやはり緩んでいる。
ふと目が合うと、二人はどちらが先がわからないくらい同時に笑い始めた。
「「あははははっ♪」」
それから少しの間、ふざけあっていると、ふとシータの表情に影が落ちた。
「どうかした?」
「あっ、えっとね…ハミルが私を消そうとしたってことじゃないわけじゃない?」
「…まあね…。」
まだ言うかとハミルは思ったが、シータの言葉の続きを聞いて息を呑む。
「てことは、てことはね…アイリスティア様が…ということだよね…。」
「…うん。」
「…はあ…。」
大きなため息を吐くシータ。
そうだ、そうだったのだ。
シータはアイリスティアの専属になることを夢見て、そしてそれが無理だとわかるとアイリスティアと一緒にいたいからと婿入り先に一緒に連れて行ってもらえるようにとこれまで頑張ってきたのだ。
しかし、アイリスティアが聖女となったからには話が変わってしまう。
周りは教会の修道女なんかで固められてしまい、シータが入る隙などなくなってしまう。
ここにシータの夢が終わったのだ。
そのため、どこか…。
「…。」
実のところ、ハミルはその不安を解消する手段を持っていた。
しかし、これはハミルが口にしていいものなのかと思う。
明らかにそれをすることは許されない。
これをしたことがバレてしまえば、最悪ハミルはお屋敷を追い出されてしまうかもしれない。
しかし、生き甲斐を失ったようなシータの姿を見ていることはハミルにはできなかった。
「…それに実はこれはまだほとんどの人は知らないのだけどね。」
「…それじゃあやっぱり…もう…。」
「ちょっと!話は最後まで聞くの!」
「ひ、ひゃい!」
アリス神によって選ばれた聖女は教会もおいそれと手出しができない。
実のところ、過去にそんな失敗があったのだ。
その時の教皇が無理にでも言うことを聞かせようとし、アリス神の怒りに触れ、当時の教会幹部は親族もろとも全員スキルを失った。
許しを請うても、それは戻らず、それはそれは大変な一生を過ごしたらしい。
そのようなこともあり、真なる聖女の自由意思は尊重されるという暗黙の了解が存在するのだ。
だからアイリスティアがそう望みでもしない限り、教会に所属するということも、住処を移すこともない。
要するにアイリスティアと一緒にいることは、解雇でもされない限りできるということだ。
さらには、今回、アイリスティアはそのお祝いとして、このライマを公爵より譲り受けた。
それに加え、太っ腹にも使用人もそのまま引き抜いて良いと言われている。
アイリスティアの性格を考えるとおそらくだが、そのまま変化を望むことはないだろう。
給料のことも伯爵となったため、国から貰えるので心配はいらない。
「…つまり…。」
ハミルが頷く。
すると、シータは涙を流し、ハミルに抱きついた。
その声は隣の部屋にも伝わり、何事かとやって来た者にも話さざる負えず、気がつくと、そのことが使用人全員へと伝わり、喜びの歓声が響き渡った。
後日、ライラに呼び出され、軽くお小言をもらったが、ライラもその嬉しさがわかるためか、名目上というやつだった。
それから、アイリスティアの帰りを皆、今か今かと待っていると、アーシャとライラに掻っ攫われてしまい、気持ちはわかるが、少しなんだかな~といった雰囲気が使用人たちの中で充満した。
ちなみに、後日アイリスティアがそのことを使用人に伝えると、我先にとアイリスティアに押し寄せ、全員は晴れてアイリスティアに仕えることとなった。




