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41 ファティマたちを連れてお屋敷に帰る

本日、アイリスティア殿…いや、アイリスティア様の護衛として着任する。


私達が仕える相手、彼女…いや、彼は第54代聖女である。


見目麗しい見た目に、優しげな雰囲気、いや実際の人柄も中々に愛らしく、雰囲気のままの人物。


能力の面もまた、回復、防御において他に類を見ないほど秀でていた。


これほどに仕え甲斐のある人物は他にいるまいとは思う。


エリザベートが抱っこしたり、膝枕をしてやったなどと先日来た時に言って帰ったときは、メイランの手前、表には出さなかったが、本心では羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。


今後そんな機会が訪れれば、万難を排してでもとは思う。


…まあ、性格上それができるとは思わないが…。


噂によると、アイリスティア様はお昼寝が趣味らしいので、いつか寝ているアイリスティア様に膝を貸すくらいのことはできるんじゃないかとその時を楽しみにしている。



私は可愛いもの、甘いものが大好きな女の子なのだ。


決して、男よりも男らしいイケメンなんかではない!


…まったくどうして私に告白なんかしてくるのだ…私は女だぞ…。



ファティマは昔から男性からではなくずっと女性からの告白を受け続けたためか、性別に対する意識で反応が大きくなってしまうことがある。


自覚してはいるのだが、一人になるとどうしても抑えきれなくなって、感情的になってしまうことがある。



…まあ、それはそれとして…


…それはともかく…しかし、彼は聖女である。


その一点が気がかりだ。


文章や口伝によるもので知っている限り波乱万丈という形容が正しい人生を送っていた。


誇張があるにしても、果たしてどのような運命が待ち受けていることか…。


奴隷でなければ、歴史に残るような名誉なので、私だけならば光栄の至りなのだが、部下たちのことを考えると少しばかり気が重い。


アイリスティア様は確かに私達を救ってくれたのだが、これでは本当に救われるのかわからない。


さらなる戦地、それも死地へ部下たちも赴かわせることになるのではないか?


それが酷く気がかりだった。


「…はあ…。」


ファティマはため息を吐く。


「…どうしたものか…いかんいかん!」


ファティマは弱気になった自分を奮い立たせるように、両頬を打つと、立ち上がる。



私が守れば良いのだ!


アイリスティア様も、そして仲間達も…。



「よし!」


槍を手に取り、鏡に向かって構えると、数度素振りをして、気を引き締める。


するといつの頃からか、しっかりとスイッチが入り、まるで戦地に赴くような雰囲気を放ち始めた。


これでなにが起ころうとも問題はあるまい。


先に荷物は荷馬車で送ったため、槍と剣を確認して、アイリスティアのもとへと向かう。



結局のところ、戦地から戻り、10日あまりをここで過ごすこととなった。


理由としては、アイリスティアのさらなる婚約のお披露目と聖女のそれ、更には伯爵という上位貴族の爵位を与えられたことにあった。


その他にも様々な褒美が与えられ、それの受け取りなんかにかなりの時間が取られたのだ。


伯爵の地位や褒美の数々に対し、当然ながら不満が出たが、戦争における失態で貴族派の発言力が弱まっていることもあり、国益のためという理由によって封殺された。


国の方でこれだけのことがあったため、教会の方でもなにかあるんじゃないかとビクビクしていたのだが、エステルがアイリスティアのもとに近い内にやってくるらしいということ以外は特になにがあるというわけでもなかった。


ラスティアにそのことについて聞くと、楽しげに微笑っていた。


…おそらくだが、この後に待ち受けることには覚悟が必要となることだろう。


でもまあ、ようやく王都を離れ、アトランティア領のお屋敷に帰れるようになった。


さきほど王族や姉達との別れを済ませ、ファティマたちと合流した。


「久しぶりであります、アイリスティア様!

私、ファティマ・アトラはアイリスティア様のご温情により、部下共々救われました。誠にありがとうございます。つきましては私達はアイリスティア様に付き従い…。」


それからしばらくファティマはアイリスティアにお礼を述べ、どこか堅苦しく軍隊に従軍するかのような言葉を並べられ、死地に赴くのではないかとさえ勘違いするようなそれがようやく終わると、馬車へと先導された。


奴隷契約は昨日のうちに終わったため、この後すぐに王都を発つのだ。


「…口上などはこれで失礼させていただきます。それではどうぞこちらへ。」


「は、はい、どうもご丁寧にありがとうございます。」


アイリスティアは馬車に乗ると、ファティマはそこから出ていこうとする。


馬車の中には、他には誰もいなかった。


ハミルは先にエドガーからアイリスティアが餞別としてもらったアトランティア領の端の方にあるライマのお屋敷に向かい、途中の宿の予約などの諸々をしに出掛けた。


エステルはまだ王都での仕事が残っているらしく、数日ほど遅れて出立する予定。


ラスティアはというとわからないが、どこかに行ってしまった。


そういえば、ファティマと一緒にいるところを見たことがない気がする。


もしかして因縁でもあるのだろうか?


それはというと、馬車の中、一人というのは中々に居心地が悪い。


アイリスティアはファティマに声をかけることにする。


「ファティマ様もいかがですか?お話でもいたしましょう。」


「い、いけません!私などが聖女様とご一緒するなどと…。」


「ファティマ様、私を聖女などとおっしゃっらないでください。ファティマ様達とは普段の()でいたいので…。」


「…しかし…。」


最初は難色を示したファティマだったが、考えを巡らせ、自分で納得した。


「…そうですね…中にも護衛がいた方が安全かもしれません。」


「…。」


ち、違うんだけど…でもまあ、それはこれから…。



それからしばらくはこんな調子だったのだが、アイリスティアが頑張って姉たちから聞いた今の流行りの服の話やお菓子の話、噂話なんかの淑女としての嗜みを披露すると、少しばかり表情に笑みが浮かぶようになってきた。


これで旅の友ができたとアイリスティアが喜んでいると、不意にそれは起こった。


…ラスティアが馬車へと乗り込んできたのだ。


扉に手を掛けたあたりで物凄く嫌な予感がして、アイリスティアの微笑みが固まった。


「アイリスティア様、そろそろ私も自己紹介を…。」


ラスティアがそう言うやいなや、ファティマは庇うようにアイリスティアとラスティアの間に身を挟み込む。


「貴様っ!何者だ!」


「うふふ、ファティマさん、お忘れですか?

アトラの紅の姫君を奪い合ったではありませんか?」


「なっ!貴様、【紫影】かっ!」


瞬間、ファティマの殺気が膨れあがる。


それに周りのファティマの部下たちもようやくただ事ではないと気づく。


ただ彼女たちのそれを咎めることなどできはしない。


ファティマでさえ、馬車の中に入って来るまでわからなかったのだ。


それほどにラスティアの隠形があまりにも完璧だった。



「「「ファティマ様!」」」



「お前達は手を出すな!こいつは危険だ!私がこいつを馬車から叩き出すから、そのまま全速力で馬車を走らせろ!

私のことは気にしないでいい!」


「し、しかし…。」


「忘れたのか!アイリスティア様のお命が第一だ!」


「わ、わかりました!」


あらあらと微笑むラスティア。


ふと正気に戻ったアイリスティアが声を張り上げる。


「ファティマ様!ラスティアは私の使用人です!」


「な、なにっ!?し、しかし…。」


こいつは…とか細くなった声が聞こえてきたあたりで、アイリスティアの真剣な表情を確認したファティマは持ち込んでいた剣を納めた。


「…わかりました。主であるアイリスティア様がそうおっしゃっるのであれば私はそれに従います。」


統率の取れた部下たちを下がらせると、馬車の扉を閉め、アイリスティアを背中に庇っていた状態から離れて、反対側の椅子に腰を下ろす。


ラスティアがアイリスティアの方に座ると、一瞬眉を動かしたが、すぐにそれをやめる。


どうやら本当にラスティアを味方だと受け入れたらしい。



自身の安全が確保されたラスティアはずっと我慢していたことをすることに決めた。


()()()()()()ファティマに接することにした。



アイリスティア様、まさかこんなのを従えているとは恐れ入る。


ファティマがふとため息を吐くと、ラスティアはニッコリと笑った。


「それにしてもファティマさんはよくあれで止まりましたわね。ランカさんなんて、アイリスティア様が抱きしめてようやく止めていましたのに…。」


そうか…ランカ様はそんな…。


ん?…ってなにっ!?


あ、アイリスティア様に抱きしめられて…。


ファティマはゴクリとつばを飲み込む。


「あらあら、もしかしてもう少し私と喧嘩していれば…なんてお思いですか?」


「そ、そんなわけないだろう。バカバカしい。あ、アイリスティア様、か、勘違いなさいませんようお願いします。」


ラスティアはそんな様子に本当に楽しげに笑う。


いじめっ子ラスティアだ。


「本当にそうですか?」


「く、くどいぞ!」


言葉にすればするほどにファティマの動揺は伝わってくる。


「それなら…ぴと…。」


なんの予兆もなくアイリスティアへとくっついてしまった。


「なっ!?ず…。」


「ず?」


「な、なんでも…なんでもないんだ…。」


そこから、ラスティアは満足そうに笑うと、抱きしめ頬擦りしたり、胸元に顔を埋めたりしてアイリスティアとのじゃれ合いを楽しみ始めた。


それから幾ばくかの後、ファティマを確認すると、いつの間にやらファティマはどこか泣きそうな顔になっていた。


「…どうやら私の勘違いのようですわね。」


やり過ぎを覚ったラスティアはアイリスティアから離れると、そんな言葉を発した。


「へ?…そ、そうだ!ようやくわかったか!…本当に、本当に私は…ぐすん。」


「えっと…大丈夫ですか、ファティマ様?」


「う、うん…でも、でも私は…。」


どうやらファティマは損な性格をしているらしい。


ランカやエリザベートに似た雰囲気のため、こんなふうに少しイジられると、怒ったり開き直ったりといった行動を取るのだろうと感情の発露があるだろうとアイリスティアは思っていたのだが、ファティマが予想外に真面目でそんな振る舞いはなかった。


自分自身で内に溜め込んで、今はあんな状態になっているというわけだ。


ファティマはすっかりイジケてしまった。


しかし、あんな様子になるほどとはそれもまた予想外のことだった。


アイリスティアはそんなファティマを放っておくことなどできはしない。


「…ラスティアさん、少し馬車から出ていていただけますか?」


「はい、かしこまりました。」


ラスティアには言わんとすることがわかったらしい。


おそらくいじめすぎたと反省したのだろう。


存外、素直に馬車を降りた。


パタンと扉が閉じられ、ラスティアの気配がなくなったのを確認して、イジケたファティマに声をかける。


「ファティマ様、ラスティアさんはいませんから。」


「…アイリスティア様、だから勘違いだと…。」


…まったく…いつまでイジケているのですか…。


アイリスティアは若干の呆れを心に潜ませつつ、普段よりも少し可愛らしいファティマにあることをする覚悟を決める。


…仕方がない…えい!


「あ、アイリスティア様っ!?」


アイリスティアは法衣のため脚を横にして、ファティマの膝の上に乗ると向き合う形で不安定に座る。


背中を預けているわけではないため、おそらく少しの揺れで下に落ちてしまうことだろう。


アイリスティアは手を広げる。


「ファティマ様、このままでは落ちてしまいます。」


少しの間、見つめ合うアイリスティアとファティマ。


アイリスティアがコクンと頷くと、ファティマはようやく重い腰をあげた。


「…し、仕方がないですね。」


まったくもって嫌々であるといった様子でおずおずと手を広げ、アイリスティアの背中へと腕を通すファティマ。


瞬間、石でも踏んでしまったのだろう。


馬車が軽く揺れる。


アイリスティアの体がファティマの腕の中にすっぽりと収まる形となった。


思わず声を上げ、詫びを入れるアイリスティア。


「あっ!ふぁ、ファティマ様、ごめんなさい。」


それに対し、ファティマはというと…。


「…。」


…無言だった。


顔をうかがおうと、頭を上げつつ、再び声をかけるアイリスティア。


「ファティマ様?」


ぎゅっ!


その答えは行動で帰ってきた。


ぎゅっ〜〜〜っ!!!


ファティマは言葉の代わりにアイリスティアを抱きしめる力が強めていき、ある程度の心地よさのあたりでそれは治まる。


…どうやら相当に溜め込んでいたらしい。


戦争で捕虜となっていた間、ずっと部下たちのことを思い、エリザベートに聞いたのだが、アイリスティアの奴隷となるとわかって以降はそのことで悩み続け、更には限界に近かったところでさっきのラスティアの()()()()だ。


余程堪えたことだろう。


元々ファティマをこの馬車に同乗させたのは少しでも気が紛れればと思い、少しのんびりとしてもらうためだったのだ。


これでようやく少しの気晴らしができることだろう。


それから、ファティマはしばらくの間、ぬいぐるみのような抵抗を一切しないアイリスティアを抱きしめていた。


アイリスティアはというと、ファティマの暖かな体温と柔らかな感触に包まれて、いつしか寝息を漏らしていた。


目を覚ますと、少し照れたファティマが優しく微笑って、膝枕をしてくれていた。


その様子はただの女性のようで、戦の残り香など欠片も感じさせるものはなかった。


これであの家にそんなものを持ち込まないで済むだろう。



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