39 ファティマたちの処遇
「それではまず…アイリスティア・アトランティア。」
「はい。」
アイリスティアは今、謁見の間で褒美の授与を受けている。
戦勝の宴の次の日なのにだ。
戦勝の宴があまりにも早くに行われたことといい、
通常ならば、こんなに早いうちに戦功に対する褒美の授与などは行われないのだが、あんなことがあったせいか、今回は色々と勝手が違うらしい。
「この者を第一功とする。
してその功績は…。」
そんなこんなでアイリスティアは、
治療関連の立て直し、エリザベートの回復、爆炎魔術の防御などの諸々の功績を宰相によって読み上げられ、あまりの成果からか、王から尋ねられた。
「アイリスティアよ、なにか望みはないか?」
通常、このような問いかけをされた場合、
王国の繁栄のためだから、といった理由で謙遜し、滅多なことは言わず、王の言を待つものなのだが、アイリスティアには少し事情があった。
そのため、アイリスティアは今回に限り、王に対し、望みを口にする。
「一つあります。」
この場にいる者たちがにわかにざわめき始める。
身の程を知れ、子供のくせに、などと言う言葉が聞こえてくる。
父エドガーがアイリスティアを嗜めようとしたその時、
王が口を開いた。
「静まれ。」
すると、すぐさまその場へと静寂が戻った。
「申してみよ。」
その声はどこか愉快そうで一体どんな言葉が飛び出してくるのか、期待している風に思えたが、アイリスティアがその望みを口にすると、その瞳から表情が消えた。
「ファティマ・アトラ将軍の部隊を私にいただけませんか?」
「…なに?」
眉が寄せられ、少し悩んだ後に王は答える。
「却下だ。」
この答えはアイリスティアにも予想通りだ。
「アルファ王、まずはこちらを見てからにしていただけますか?
ラスティアさん、例のものを王に。」
アイリスティアの少し後ろに侍っているラスティアが宰相に一つのそれを渡す。
「こ、これはっ!?」
宰相はそれに驚くと王へと渡した。
「っ!?」
王の瞳も驚きに開かれる。
アイリスティアが渡したもの…それは…。
「…王令か…。」
王の口元がニヤリと歪む。
「…王令だと。」
父エドガーも公の場では絶対に見せないほどの動揺を見せ、
他の貴族たちもにわかに騒然となる。
「…却下だ。」
アイリスティアはさきほどと同じように、ラスティアを介して宰相に王令を渡す。
そして、それが計三回となった時、王は声をあげて笑い出した。
「ふ、ふはははっ!」
「お、王?」
その様子に心配の声をあげる宰相。
王はそんなことは気にもせず、一通り笑い終えると、
ふと呟く。
「名君三度の令、撤回するあたわず。」
「は?」
貴族たちが置いてけぼりなのだが、
微笑みを絶やさないアイリスティアに語り掛ける。
「名君と名高い第三代国王の残した言葉だ。
第三代国王唯一の大失敗。
国土の一部が帝国に奪われた時、
王は迷いに迷い三度も命令を撤回し、四度目に遂に大失敗をしてその時に言ったそうだ。
…まったく良くこんなことを知っていたな、アイリスティア。」
「恐れ入ります。」
「良かろう!アイリスティア・アトランティア、そなたにファティマ・アトラの部隊を授けるとしよう。
…しかし、彼女たちは奴隷としてそなたに授けることとなる。
それはわかっているな?」
捕虜虐殺などの悪行をした帝国に怒りを覚える人物たちへの建前としてというやつだろう。
なに、アイリスティアとしてはなにも強要するつもりはないため、使用人たち…ラスティアたちと同じ扱いとなるので、
大した問題ではない。
「…はい、ありがとうございます。」
「さて、それでは…。」
宰相が褒美の授与を再開しようとしたその時、
アイリスティアのそれに横槍が入って来た。
「お待ちを!」
目の下に大きなクマを作り、頬が痩せこけた濁った目をした男が王へと発言する。
その周りには同じような状態の人物たちが集まっていた。
「なにか?ハリベル伯爵?」
「なにか?ではありません。
王は事前に私達の案に同意なされたではありませんか。」
「う、うむ…。」
アイリスティアは事前交渉のことをラスティアの諜報によって知っていた。
連名によって褒美として彼女たちを受け取ろうとしていることを。
戦場でのアイリスティアたちへの襲撃もこの人物たちだったため、かなりの気を割いていたのだ。
そのため、詳細まで詳しくわかっている。
ファティマたちの中で容姿が優れた者たちは性奴隷とし、
その他は戦闘奴隷として、両方とも壊れるまで…いや、壊れるようにただただそれが目的として使い潰さんとしていることを。
「第一…。」
それから捕虜となった自らの子供を殺されたハリベル伯爵の王への言葉は続き、ところどころにアイリスティアのことを非難するそれなどを散りばめていた。
そのせいか後ろの二人から尋常ではないくらいの怒りの感情が感じられ、アイリスティアは戦々恐々としていたのだが、
やはり限界が来たようだ。
「故に私たちこそがあの人物たちに罰を与える権利を、
いえ!義務があるのです!
こんな子供の思いつきなどに自由にされていいはずなどない!
王よ、あなたもそう思われるでしょう!」
「…聞き捨てなりませんね。」
それはアイリスティアの少し後ろから聞こえた。
「従者風情が私の言葉を遮るでないわ!」
「ふふふ、従者風情…ですか?」
「な、なにがおかしい。」
「私、これでも一応は教会の者なのですよ。」
「は?」
怒りに満ちたエステルが声を張り上げる。
「こちらのラスティア様は聖女選定委員会の副首長様なのです!」
「聖女選定委員会?」
この言葉に馴染みがないものがほとんどだったが、
王に宰相、そして父エドガーなどは驚きに目を見開き、
古参の貴族がわからない者へと説明を開始した。
「聖女選定委員会とは、文字通り次期聖女を選ぶための機関じゃ。」
「…聖女を選ぶ。」
「この機関のことは詳しくは知らないが…なんでも教皇ですら手出しができない独立機関らしいのう。」
聞き終える頃には、ほとんどの貴族が顔を青くしていた。
「まあ、ご存知の方もいらっしゃるようでなによりです。
これでも教会でかなりの力を持っていますのよ。
そうですわね…たとえば…そこのあなたに審問なんてことも…。」
審問とは異端審問のことだろう。
彼女にはそれだけの権力がある。
ラスティア自身にその資格がなかったとしても、
その立場にいる存在を動かすことなど造作もない。
もちろん結果までも…。
「っ!?」
ハリベル伯爵に冷たい視線を送り、顔を真っ青に変えさせるラスティア。
彼女はくるりと表情を変え、普段のそれへと戻す。
「なんて、冗談ですわ。
アイリスティア様がそんなことを望むはずがありませんものね。」
冗談だと言って笑ってはいるが、アイリスティアにはわかっていた。
ラスティアはどうやら本気で怒っている。
それをどうにか抑え込んでいるのだと。
そのせいか、ラスティアは容赦などする気はまったくなかった。
「ですが…アイリスティア様にはお早く謝った方がいいと思いますわよ。
そうしなければ…あなたアリス信徒に殺されますわ。」
「っ!?」
ラスティアは絶望を届ける。
「は〜い、ご注目。」
パンパンと手を叩き、驚愕している連中を無理やり正気へと戻らせる。
そして、ラスティアに全員の目が向いたのを確認すると、
アイリスティアを立ち上がらせる。
すると、真剣な表情になり、ラスティアは声をあげた。
「このたび先代の53代聖女から54代聖女へと代が替わることとなります。」
呆然とした様子の周囲。
しかし、次第にアイリスティアへと視線が集まる。
最後にハリベル伯爵の目がこちらに向くのを確認すると、
ラスティアは待ってましたとばかりに口を開く。
「こちらのアイリスティア・アトランティア様が主神アリスによって聖女へと選定されました。」
情報に追いつけない周囲の中でいち早く立ち直った者がラスティアに尋ねる。
「…失礼、ラスティア殿。
今、主神アリスからと…。」
「ええ、今回の選定には私達聖女選定委員会は関わっておりません。
主神アリス本人により、選ばれました。」
「つまりそれは…。」
…初代聖女と同じ?
その事実が明らかとなり、貴族たちのアイリスティアを見る目が変わった。
「ハリベル伯爵。」
「は、はいっ!」
「私は貴方様に怒りの感情を抱いてなどおりません。」
「…ありがとうございます。」
「しかし、私はあなたを叱らなければならないと思っております。」
「…。」
「なぜあなたはこんなところにいるのです?」
「?」
「あなたは息子を失った。
そのことは他の家族もご存知なのですか?」
「ええ、妻には。」
「ならばなぜ寄り添って差し上げないのです!
あなたは苦しんでいる。
当然それはあなたの家族も同じことでしょう。」
こんなにも息子を愛しているのだ。
それならば当然、彼の妻のことも同じように大切に思っていることだろう。
そう思い、アイリスティアはそれに賭けた。
「っ!?」
その反応はアイリスティアの仮説の正しさを証明した。
「私ははっきりとあなたに申し上げます。
あなたは間違っている。
あんなつまらないことをする前にやることがあるでしょう!」
力なく項垂れるハリベル伯爵にアイリスティアは続ける。
「…それにファティマ様たちも同じく被害者なのです。
彼女たちが先の戦で思い通りに戦えたことなど、
エリザベート様との一戦くらいでした。
その他のことはとても悔いておいででした。
彼女たちに自由などなかった。
体の自由も心の自由も…。
皇帝の指示に従い、誇りすら守らせて貰えず、
ただただ帝国のために奉仕を強いられる。
…私にはもう彼女たちを責めることなどできないのです。」
伯爵は呆然とした様子から立ち直ると、そのまま謁見の間を出ていこうとする。
そして、それにつられて何人かその場を後にするが、
誰も咎める者などいなかった。
出ていく直前、ハリベル伯爵はアイリスティアに向けて一礼をした。
アイリスティアはハリベル伯爵たちの今後の行いを信じたいと思った。
なぜなら彼らの顔は暗く歪んだそれではなく、痩せこけているながらも、見なければならないものを見ているように思えたから…。
―
謁見の間での出来事の後、エリザベートはとある場所へと向かっていた。
「ファティマ、いるか?」
ノックもなしに無遠慮に扉を開くと、
ファティマと副官のメイランがボードゲームなんかを嗜んでいた。
確か異世界から伝わったチェスなどといったものだっただろうか?
「え、エリザベート様っ!?」
「…ノックくらいしてほしいとあれほど…。」
急な来訪に慌てるメイランに、嗜めようと眉を寄せるファティマ。
両極端な二人に、エリザベートはわるいわるいとまったく反省した様子なく、勝手に椅子を寄せて近くへと腰掛ける。
そして、盤面を眺め、ファティマが優勢だな流石だなどと考えていると、不意にファティマに声を掛けられる。
「エリザベート、それでなにか用ですか?」
捕虜となってからそれなりの時を過ごし、
ファティマとエリザベートはかなり仲がよくなったためか、
様などの言葉が抜け去っていて、敵国の将軍同士とは思えない。
そのためか、エリザベートは気安い感じで答える。
「ん?ああ、お前たちの処遇が決まったから教えに来たんだ。」
「は?」「えっ?」
エリザベートのあまりにも早急な言葉に驚きの声を漏らす二人。
そんな様子をニマニマと見つめるエリザベート。
より早く立ち直ったファティマがエリザベートに聞く。
「して、処遇はっ!?」
「奴隷落ちだ。良かったな。」
エリザベートがなんでもないことのようにそう言うと、
メイランは絶望したように天を仰いだ。
「そ、そんな…。」
しかし、ファティマはエリザベートの性格をメイランよりも知っているためか、どこかニヤリとした笑みを浮かべている。
「…それだけか?」
「えっ?」
「…。」
「本当にそんな答えだけならば、お前がそんなに楽しそうにしているわけがあるまい。」
確信を持ったファティマの反応に面白くなさそうに舌打ちをするエリザベート。
「わかった、わかりました!
ファティマ将軍の勝ちです!」
「…して?」
「本来お前たちは殺されるか、
戦闘奴隷もしくは性奴隷となるはずだったが、
ある人物のおかげでそれが避けられた。」
「お前か?」
「いや、違う。」
「誰ですか?」
耐えきれずにメイランが聞くと、
エリザベートは言いたくなさそうに答える。
「ったく、もうなんか思い出しただけでも羨ましい。
アイリスティアだよ。アイリスティア!
お前たちも面識があるだろうが!」
「アイリスティア殿?」
「ああ、あの子が最高の取りなしと、
歴史にも残る名演説でその沙汰はなくなったんだよ。」
「…そうか…あの子が…。」
ファティマはアイリスティアと面識があった。
戦場で出会い、
なぜかエリザベートとともにお茶会なんかをして、
その優しい人柄に触れた。
そういえば、その時食べたお菓子はあの子が作ったとか言っていただろうか、本当に美味しくて食べていると安心感なんかを覚えた。
メイランもまたアイリスティアと面識があり、
部隊のメンバーの治癒なんかを献身的に請け負ってくれて、
捕虜虐殺の後にも自分たちを匿ってくれた存在ということもあり、信用できる人物だと感じていた。
その人物が自分たちを再び助けてくれたと知り、
納得するとともに恩を感じる二人。
しみじみと呟くファティマに、感動した様子のメイラン。
そんな二人を見て面白さの欠片もなくなっているエリザベート。
「ちっ!あの子の…奴隷なんて本当に羨ましい!
ファティマ、代われ!」
「そんな無茶な…。」
呆れ顔のファティマ。
エリザベートのそんな言葉に一瞬感動が消え去るメイラン。
「ああ…奴隷なのは変わらないのですね。」
「ああ、でも幾分も良かったろう?」
メイランがそうですねと、二人で良かった良かったと事の終わりを喜んでいると横槍が入る。
「な〜に、嬉しがってる。
話はまだこれからだ。」
もっと嬉しいことがあるぞと笑うエリザベート。
そんなエリザベートの様子にファティマはとても嫌な予感がした。
「アイリスティア、正式に聖女に就任したから、
お前たち大出世だな。」
その瞬間、メイランは気を失い、
ファティマは大きく目を見開き、エリザベートに詰め寄る。
「どういうことだ!」
エリザベートがその反応が見たかったんだよ、
なんて様子に呆れを覚えつつ、今後のアイリスティアへの対応にどうしたものかと頭を悩ますファティマなのだった。




