表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/64

37 ランカの舞と謎の美少女

ミストはあれから拷問官にとある役目を与え、


死体の山を築かせた。


その役目とは、


()()()()と願うほど追い詰めること。


前回媒介とした死体とは真逆の手法だ。


回復手段をちらつかせず、


痛みと苦しみを与え、


一縷の望みすら失い、追い詰めた人間は死を望む。


その人間の思いを力へと還元する。


こちらは実用性が高く、


爆発の余波で死の呪いを振りまくものとなっている。


理論上、その周囲数百メートルの人間だけに関わらず、


植物、ひいては土地にすらその効力を及ぼし、


一帯を数百年は草木すら生えない土地にすることがわかっている。


それを計算のもとにアルファの部隊全域に及ぶように魔術を行使する。


これこそが()


殲滅特化の爆炎魔術。


ミストの本領である。



数百もの棺に囲まれた中、男は叫ぶ。


「さあ、さあ!


本番はこれからですよ。


できるものなら、今度も防いでみてくださいよ!


居眠り聖女!


できるものならばね!」



居眠り聖女とは、アイリスティアが暇さえあれば、


寝ていることを揶揄した蔑称であり、


普段の彼ならばこんな言葉を発したりせず、


興味すらわかなかっただろう。


それほどに彼の力を封じたアイリスティアが憎くて仕方がなかった。



ミストが暗い笑みを浮かべ、網のように張り巡らされた棺へと繋がった機械のような魔法媒介に魔力を込め始めると、


それらが発光し始める。


すると、()()の稼働を確認したミストは、


体から魔力が抜け始め、鼻から血が流れるのも厭わず、


根性でそれを支え、詠唱を始める。


「帽子が飛ばされた 夢の跡


全てを粉砕し、薙ぎ払え


【バーストレ…」


イン…残りの言葉を発しようとしたそのとき、


詠唱の途中、不意に声を掛けられた。


「ミスト様!?」


煩わしげに視線を送ると、


ミストに従っていた部下の一人が自分の方を指差して固まっていた。


ゆっくりとその先を見ると……槍が突き刺さっていた。


ミストの心臓に一本の光り輝く槍が突き刺さっていた。


心臓に槍が吸い込まれるように消えていくと、


ふと体から()()の力が抜け去った。


意識が刈り取られ、目を覚ますと、


帝国の治癒術院のベッドの上にいた。


そして、


ミストは()()()()()()()()()を失っていた。


拠り所を失ったミストの絶叫は担当治療術師がやって来て、鎮静剤が打たれるまでどれだけ静止されても続いていた。




あの爆炎魔術をアイリスティアが封じてから、


帝国の使者がアルファ王国の本陣へと駆け込んで来た。


かの人物が伝えに来たことは前代未聞のことだった。


先程の魔術は帝国の魔術師による奇襲であったこと、


…そして捕虜が全て殺されたこと。


これらをアルファ側は伝えられた。


件の息子が生きているのを確認した交渉にあたっていた貴族は狂ったように泣き叫び、


戦闘の再開を他の貴族たちに呼びかけた。


帝国の卑劣極まりない行いに多くの貴族たちが一丸となり、


比較的落ち着いていた…とは言えないが、反対派に回っていたランカたち少数派の意見は掻き消され、


停戦から一転、開戦へと踏み切られる。



翌朝、再び開戦となるかと思われたが、


帝国側は白旗を揚げ、降伏してきた。



その意味がわかっていない訳では無い。


しかし、決死の覚悟を持った王国側と全ての拠り所を失った帝国側の士気の差はあまりにも大きく、


帝国側の勝ち目はないと判断したための行いだろう。


もしかしたら、帝国側の本意ではなかったため、


その責任を取るための行いかもしれないが、


帝国はその日、王国の要求の全てを受け入れた。



そして、戦争は終わった。



先日の夜中、ファティマたち捕虜に対して、


なにかしらの害が与えられかねないと考えたランカによって、アイリスティアが捕虜のテントに配置された。


結果として、ランカの予想通り帝国に恨みを持った者たちがそこに押しかけ、少しばかり攻防になりかけたが、


アイリスティアの精一杯の説得と、彼に感謝を覚えていた者たちのとりなしとでなんとか事なきを得た。


捕虜を殺すなど、帝国と同じ真似をしていると説いたものがいたことも一因だろう。


このようなこともあり、後味が悪い終わり方だったため、


そこら中に火種を撒き散らす結果となった。



それから、戦地から王都へと帰還することになる。


一触即発の状況下のため、事後処理がほぼ行われず、


両軍ともに戦地から即時離脱したこともあり、


おそらく再交渉が行われることになるが、


アイリスティアの知ることではない。



王都へと帰還すると、


歓声に包まれての凱旋となり、


ランカの隣にアイリスティアがいたのだが、


当然の如く婚約者だというふうには見られず、


数多くの者たちがアイリスティアに見惚れ、


凛々しいランカとお淑やかなアイリスティア、


双極の姫君などと形容されていた。


そんなことに気が付かず笑顔を振りまいたため、


ファンが激増し、老略男女関係なくアイリスティアが誰なのかという問い合わせが王城へと寄せられ、


それがわからない間は、


謎の美少女現るなどと王都の話題の一つとなっていた。


当然ながら、そのことでラスティアに弄られ、赤面したのは言うまでもない。



そして、その日のうちに歓待が催された。



勝利の宴が開かれ、


ランカが剣舞を奉納することになる。


総大将となったランカがそれを行うことにアイリスティアは違和感を覚えたが、


王家の長女のお役目だと聞き、受け入れる。


真っ白な緋袴のような儀式装束に身を包んだランカが、


アイリスティアのもとにやって来た。


「ど、どうだ?に、似合っているだろうか?」


クルリと回ってみせ、照れたように顔を赤くしている。


「ええ、よくお似合いですよ。


思わず見惚れてしまうほど、綺麗です。」


アイリスティアが思うように口にすると、


ランカの機嫌がかなりよくなり、


調子のいいことを言い始める。


「しっかりと見ておくのだぞ、アイリスティア。


お前のために私は踊るぞ!」


「…いえ、戦争に行った者たちのために舞ってください。」


「むう、仕方がない。それでは行ってくる。」


「まったく…ふふふ、それでは頑張ってくださいませ、ランカ様。」


まったくと言いつつ笑顔のアイリスティア。


おそらくどこか戦争の前の()()のやり取りのようで少し嬉しかったのだろう。


そんなやり取りののち、ランカは会場の中央に向かう。


それに合わせて、人々は舞を奉納する空間を空けた。



天への祈りののち、剣舞が始まった。




真剣な表情で剣を引き抜いた瞬間、音が消え去り、


ランカの一挙手一投足が全てを魅了する。




剣が美しく舞う。


どこか妖艶で、悲しげで、それでいて荒々しい。


それは戦で男を失った女の嘆きのように思えた。


途中途中、


剣からは殺気のような冷たさが感じられ、


そのたびにランカの真剣な表情がどこか楽しげに歪み、


その剣はどこか狂気に満ちているようなそんな気さえした。



これが本当に勝利の祝いと追悼のためのものなのかと、


アイリスティアは率直に思ったが、


彼自身、普段とは違うランカに魅了されていたため、


そんな考えはすぐに消え去る。



真っ赤な髪の揺れ動きが徐々に小さくなっていき、


剣がどこか弱々しくなっていった。


もうすぐ終わりのようだ。


最後まで目を離さずランカの勇姿を目に焼き付けんと決意した時、


ランカの動きが止まっていた。


…いや、世界が。




眼の前に一人の少女が現れた。


彼女はアイリスティアによく似ていた。


髪は金色、瞳は蒼、整った顔立ちは、アイリスティアより大人っぽく、少女と女性との危ういバランスが保たれている。


体つきはスレンダーな子供っぽさがあるが、


手足は長く、胸元も申し訳程度に膨らんでいる。


青い果実、そんな言葉が不躾ながらアタマに浮かぶ。


彼女は白兎の髪飾りを身につけ、


青いドレスに身を包み、


白と青のストライプのストッキングで脚を包み、


赤い小さな靴を履いていた。


本当に美しく愛らしい少女だった。


彼女はどこか寂しげで、どこか優しくて、暖かくて冷たい、


その口が動き、音を発した。


「アイリスティア、魔王が復活します。気をつけて。」


ただその言葉だけを残し、


時は再び動き出した。



ウオオオォォォーーーーっ!!!



歓声が湧き、アイリスティアは自分を取り戻したときには、


彼女はいなくなっており、


アイリスティアへ、どうだ!と笑顔を浮かべるランカが視界に残るのみとなっていた。



剣舞が終わった喧騒の中、アイリスティアは独り取り残された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ