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36 このままでは終わらせない

「ふざけるんじゃねぇっ!!」


どこか辛気臭い雰囲気の男が目を血走らせて、


棺桶を殴りつけていた。


その男はミストもとい()()()()()()()()だった。


彼は帝国が秘密裏に召喚した者であるため、


知る者は現皇帝を含めわずか数名。


当然ながら、ファティマはそのことを知らない。


彼は元々科学者だったのだが、


信頼していた同僚のミスを押し付けられ、


辞めさせられてからはフリーターとしては生活していた。


こんなクソみたいな理由でクビになったせいか、


ミストはなにも信用できず、腐って生きていた。


そんなある時、魔法陣が彼を包んだ。


彼が目を見開くと、


一人の老人が目の前にいた。


そして、スキルが調べられ、


【爆炎魔術】というスキルがあるとわかり、


あれよあれよという間にそのスキルを使いこないしていった。



しかし、科学者のミストは面白くなかった。


自分に使える魔術はそれのみのため、


改良などたかが知れていたのだ。


彼は()()()()に興味を持った。


道具の質によって、威力、速度に上下が生じるのだ。


彼は研究中にとある論文を見つけた。


それは呪術のものだった。


魔術と呪術は別物であったため、


精霊による加護に関係なく、


自分にも使うことができるとわかり、彼は歓喜した。



彼にはマッドサイエンティストの素質があったのだろう。


彼はそれにのめり込み、


人道、非人道的に関わらず、現皇帝のできることはなんでもやった。


村一つを実験場にしたことさえあった。


そして、苦悩の末、()()()()が生まれた。



死人を魔術媒介とする方法。



この方法は彼の爆炎魔術をさらに進化させた。


人の思いの力が彼に新たな力を与えたのだ。


()()()()という思いを先程は利用した。


力を証明するだけでは駄目なのだ。


その力が恐れられなければ、また捨てられるてしまう。


もう次は遊ばない。


次は先の力の()を使って全てを終わらせる。


そう決めた。



おそらくファティマが破れた以上、


早いうちに戦争は終結するだろうが、


それにはわずかな時間が残されている。



自分の力を証明する機会が失われることをミストは許さない。



もう自分に残されたのはこれだけなのだから。


ミストは考え抜いた末、あることを思いつく。


「拷問官を呼べ。」


そしてミストが向かったのは…()()のテントだった。




あれから数日、ファティマの敗北は帝国の戦意を根こそぎ奪い去った。


どうやらファティマは帝国の要だったようで、


エリザベートの勝利は帝国にかなりの動揺を与えた。


アイリスティアが爆炎魔術を防ぎきったのもかなりの功績となったが、


戦争を終わらせる決め手はこれだったようだ。


彼女()帝国の英雄だった。



それ故に、こちらに有利な内容で停戦交渉が進み、


残すところ数日でこの戦争は終わると思われた。


怪我人の数も目に見えて減っていたため、


おそらく間違いないだろう。


そのため、重症患者に対する治癒の仕事の大半がなくなり、

かなり暇になったアイリスティアは昼寝でもしようと思い、治療テントから出た。


すると、向かいの方からエリザベートとファティマの二人が歩いてきた…のだが…どこか疲れたような顔をしていた。


「どうかなさったのですか?お身体の調子でも?」


二人は力なく首を振る。


「ならいったいなにが…。」


「…実はな…。」


エリザベートが言うには、尋問を受けてきたらしいのだ。


尋問と言っても、もう停戦間近だし、


ファティマはエリザベートへの負けを認めたためか口を閉ざすことはなかったため拷問などはなかったのだが、


それはそれはしつこく何度も同じことを齟齬がないか確かめられるため、


それを受けていた方だけでなく、


付き添っていた方まで参ってしまったということだ。


ちなみになぜエリザベートがファティマに付き添っているのかというと、


誰もが先の戦闘を知っているためだ。


気の毒に思ったアイリスティアは、


二人に自分のテントでお茶でもどうかと声をかける。


「僕、今から少し休憩にしようと思っていたのですが、


お二人もいかがですか?」


「おお!それはいいな!


いくぞ、ファティマ!」


「で、ですが、私は…。」


「つべこべ言うな!せっかくアイリスティアが誘ってくれているのだ。


行ってやらないと可愛そうだろうが!」


「…そう言ってるけど、エリザベート、あなた顔が緩んでいるわよ。


それと今、可哀そうじゃなくて可愛いらしいという意味だったでしょ。」


かなり嬉しそうなエリザベートに、


仕方がないと諦めた様子でついてくるファティマ。


「入るぞ。」「お邪魔します。」


テントの中には、ハミルだけがいたので、


お茶の用意を頼むと、


アイリスティアが二人を席に案内すると、


目の前に香りの良いそれが程なくして出される。


マジックボックスからお菓子なんかも用意して、


二人の前に差し出すと、


エリザベートは遠慮なく、それを頬張った。


「それ、僕が作ったんです。


お味はいかがですか?」


「なにっ!?これをアイリスティアがっ!?」


「はい♪」


その反応と食べているときの笑顔を見て、


なんとなく答えがわかったためか、


アイリスティアは嬉しさを表へと出す。


「美味い、美味いに決まってるっ!


アイリスティアが作ったのなら、なんだって美味いはずだ!」


「そんな…もう!


エリザベート様はいじわるですね。


ささ、ファティマ様もお一つどうぞ。


自信作ですから、お味を確かめてください。」


そんなデリカシー皆無なエリザベートにプイと顔を背けると、


アイリスティアは一つも手につけていなかったファティマの皿の上に何種類かの焼き菓子をのせる。


「あ、ああ。」


しかし、ファティマはそれに手を付けない。


「もしかして甘いものは苦手でしたか?」


「そうか!それなら私が…。」


アイリスティアの言葉を本気に受け取ったエリザベートが、


ファティマの皿に手を伸ばすと、


エリザベートから遠く離して自分のものだと主張する。


「そ、そんなことはない!


私だって女なのだ。当然大好きだ!


だから、その手をどけろ!」


エリザベートがどこかしょんぼりしていたので、マジックボックスから追加を出すと喜んでそれに飛びついた。


ファティマはそんな様子を見て、

力が抜けたのか、やれやれといった様子でアイリスティアの方に視線を送ると、二人でクスリと笑う。


「では、いただくとしよう。


アイリスティア殿。」


「はい、ファティマ様。」


一口小さく口に入れ、口元を押さえ上品に咀嚼する。


まだ完全になくならないうちにファティマの口から言葉が漏れ出た。


「あ、美味しい。」


「ありがとうございます。」


ファティマの自然と漏れ出た声ににお礼を言うアイリスティア。


そこからはアイリスティアのすすめもあり、


ストックとして入れておいたお菓子が次々と二人の胃袋へと消えていった。



そんなこんなで、


ファティマは最初こそどこか居心地の悪そうな様子を見せていたのだが、


お菓子を食べたり、


アイリスティアが無邪気に色々なことを質問しては、


興味深そうな表情をするのを見たりとどこか調子が出てきたのだろう。


その顔にはよく笑顔が浮かぶまでになっていた。


うん、本当に良い笑顔だ。


この人があんな戦いをしていたとは思えない。


「聞いておりますか、アイリスティア殿?」


「え、ええ。


もちろんですよ、ファティマ様。」


アイリスティアは咄嗟に微笑むが、


ファティマはジト目をこちらへと向けてくる。


どうやら誤魔化しは効かないらしい。


「ごめんなさい、ファティマ様。


僕、実はファティマ様に見惚れてまして…。」


「なっ!?」


「ど、どういうことだ、アイリスティアっ!?」


お菓子の山に埋もれていたエリザベートが顔をあげた。


はて、なぜエリザベートまで慌てているのか?


「ファティマさんが笑うようになったからですよ。


どうですか?肩の荷は下りましたか?」


アイリスティアは捕虜となったファティマの部下たちの治療にあたっていた。


そのため副官のメイランなどから少しばかり話を聞いていたのだ。


「…はい。」


ファティマがそう返事をしたことにアイリスティアは安心したように微笑む。


「それは良かったです。」


アイリスティアの優しい笑顔に見惚れ、


ファティマは顔を赤くする。


ぶんぶんと首を振り、誤魔化すように話を再開させた。


「…では、続けますよ。」


今はちょうど帝国についての話を聞いていたのだ。


先程までは国の特産や良く行った店のことなんかを聞いていたのだが、


ファティマは全力で誤魔化したいのか、


相当に真面目な話をし始めた。


国の方針のことだ。


帝国が実力主義ということはわかっていたが、


その根源的な部分についての話を始めた。


帝国はスキルを重視する国らしい。


スキルは絶対的なものではないが、


例外が少ないため、それを重視するらしい。



スキルとは、その人物に一つだけ与えられる神様の加護のことで、


それによって、魔術や剣術など自分の得意なことがわかる。


十歳になると、教会に行って自分のスキルを明かされるのだ。


本来スキルとは生まれたときに宿るものであるため、


もっと早い段階で知ることは可能なのだが、


アリス神の方針で子供に対して変な色眼鏡で見ることをよしとしないため、


ある程度成長したあとに知ることとなる。


ちなみにファティマは【槍聖】


エリザベートは【剣聖】


ランカは【剣姫】


という、特殊なスキルとなっている。


そのため、かなり強力なスキルとなっていて、


ほとんどの人物では相手にならない。


そのため、ファティマが早く昇進し、


例の爆炎魔術師も皇帝に取り立てられたというのだ。


その話を聞く限り、もし戦争に負けていたら、エリザベートやランカはおそらく戦闘奴隷へと落とされていたのではないかと思う。


そんな過酷なことにならなくて良かったと思う。


何はともあれ、戦争はこれで終結だ。


まさかあれだけ多くの捕虜がいるとは思わなかったが、


それだけの人間が生きていたということなのだからいいことだろう。


とある貴族なんて息子の無事に涙をしていたくらいだ。


…どうかこのままなにも起こらないことを祈る。



「ふと気になったのですが、アイリスティア殿?」


「はい。」


「なぜアイリスティア殿はさきほどから僕と称しておられるので?確か私と呼称していたかと…。」


「そうだったか?」


「はい、確かに。」


嫌なことを聞かれたとアイリスティアは内心動揺していた。


なんでもないことなのだが、この年齢だと背伸びをしているようで少し恥ずかしい。


アイリスティアが理由を話すと、エリザベートはプッと吹き出し爆笑したが、ファティマは素晴らしいことですと褒めてくれた。


エリザベートより多めにお菓子を差し出すと、エリザベートが不満を言い、ファティマの笑顔はより楽しげなものへと変わった。


アイリスティア達を見ているものがいるとしたら、戦争中とは思えないほどに穏やかでまるで日常のような光景だと思ったことだろう。


別に戦いが終われば、仲良くできるのだとわかるような光景。


それが皆の目に触れるようなところで行われていれば、この先の平和は約束されたようなものであったことだろう。




ファティマに帰り際、部下たちの分のお菓子を山程渡したのだが、


エリザベートという狩人が狙っているため注意するように伝える。


まさかストックの半分も食べるとは…。


エリザベートの胃袋はどうなっているのかとも思ったが、


それほど気に入って貰えたことのほうが嬉しいアイリスティアは、


エリザベートにもいくつか渡してあげた。


喜ぶエリザベートが大事そうに抱えて先導しているため、


これでメイランたちのお菓子の安全は保障されたことだろう。



…夜のことだった。


普段はかすかな話し声と、


松明の火が不純物に反応するパチッという音くらいしか聞こえなかったのだが、


今日はやけに外が騒がしい。


なにごとかと思い、アイリスティアがテントの外に出る。


すると、ハミルが声をあげた。


「アイリスティア様!空に魔方陣がっ!」


「…やはり…ですか。」


アイリスティアはそう呟いた。


アイリスティアはこのまま終わる気がしていなかったのだ。


しかし、わかっていたとしても、落胆が大きかったためか、

それは表に出ていた。



実は本当はこの魔術を使い、封印を施すことまでが、


アイリスティアの考えた対応策だったのだ。


しかし、相手の攻撃の激しさが想定以上だったため、


相手に【マーカー】をつけることくらいしかできなかった。


そこまでの余裕がなかったのだ。



それに、


停戦から終戦への流れがしっかりと進んでいたため、


使うことがないといいと思っていた。


先程の戦闘でなんとかつけていた【マーカー】を確認し、


その存在が魔術を行使し始めたのを確認すると、


アイリスティアは枕を取り出すと、


それをぎゅっと抱きしめる。


徐々に魔力が注がれ、枕の輝きが強くなり始めると、詠唱を始めた。


「アイリスティア・アトランティアはアリスに願う。


かのものの力を封じ 平穏を取り戻し給え


神の血を啜りし封印の槍


【ロンギヌス】」


空中に一本の槍が浮かぶのを確認したアイリスティアは、


それに手を翳し、こう言った。


「行っておいで。」


すると、光り輝く槍は瞬く間に天へと上っていった。



それから数秒後、夜の天にあった魔方陣はどんどん薄くなり、


終いには消えてしまった。



アイリスティアは爆炎魔術というスキルを封印したことを確信した。


解析結果が頭へと流れてきて、全てを理解した。


アイリスティアの顔は悲しみに歪む。



アイリスティアは枕を仕舞い、天に祈りを捧げた。


「どうかご冥福を。」


そんな声は虚空へと消え去った。


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