32 恐ろしい魔術の結果
アイリスティアがそこに駆けつけると、
そこにいたのは騎士らしき女性だった。
鎧の質からかなり優秀な部隊に所属しているのがわかる。
そんな彼女の手の中には包帯に包まれたなにかが抱かれていた。
そこからは血が滴っており、それがなにかはわからなかったが、
ここは治療テントで彼女の様子を見れば、それがなんなのかは想像がついた。
皆は必死に助けを求める彼女から目を逸らし、
俯いている。
言葉にはしないが、諦めろと言っていた。
彼女の目からは涙が溢れ続けた。
アイリスティアは人波を避け、
彼女のもとにたどり着き、言葉を発する。
「この方は女性ですか?」
「えっ、は、はいっ!」
「アイリスティア様っ!?」
「それでは個室のほうがいいでしょう、
ラスティア、それでは案内を、
それと服の用意をお願いします。」
「かしこまりました。
アイリスティア様。」
うやうやしくラスティアが礼をしてテントを出ていく。
すると、女性はアイリスティアに迫ってきた。
「な、治るんですかっ!」
「ええ、だから安心してくださいね。」
落ち着かせるようにアイリスティアが微笑みかけると、
その女性は涙ながらに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
個室に入り、
マジックボックスから枕を取り出したアイリスティアは、
すぐさま布に包まれた存在と向き合った。
女性に確認を取り、布を一部めくる。
すると、そこには赤黒いなにかがあった。
これはなにかと思い全体を捲ってみて、
アイリスティアは呆然とした。
そこにあったのは肉の塊だった。
これは本当に人間なのか?
そんな疑問に駆られるほどにその存在は禍々しく、
どこか悲しかった。
アイリスティアが観察を続けると、それは一定の頻度で鼓動を繰り返していた。
まさかこんな状態で生きているのか!?
もう見ていることができなくなったアイリスティアは、
診断しての治療を諦め、
自分が使える最大の治癒魔術を使うことを決めた。
枕を強く抱きしめ、魔力を流しながら、
詠唱を始めた。
「精霊よ どうか人に安息を
英雄に安らぎを 届け女神の息吹
【グランドヒール】」
禍々しい赤黒いかたまりとアイリスティアの暖かい光は反発し合うように、
火花を飛ばしあったが、
やがて落ち着き、暖かい光がそれを包み込んだ。
それはやがて大きくなっていき、
人間の女性の大きさになると、
長い時間を掛けて光が霧散していった。
そこには、美しいエルフが寝そべっていた。
アイリスティアは力が抜けたように、
ベッドへと倒れ伏すのだった。
―
エリザベートが目を覚ましたら、
傍らです〜す〜と吐息が聞こえていた。
誰だろうかと思い、
身体を起こすと、そこには天使がいた。
天使は修道女のような服に身を包み、
幸せそうに眠っていた。
そんな様子をどこか優しい気持ちで眺めていると、
ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
「失礼しますよ。」
そして、仕切りを開くなり、その女性は固まり、
「あっ…っ!?」
という声とともにホロリと涙をこぼした。
よろよろとこちらに歩いてきて、
ベッドのふちにぶつかった。
「おっと!」
支えてやると、エリザベートの背に腕を回して、
存在を確かめるようにギュッと抱きしめてきた。
「エリザ様、エリザ様っ!よかった、本当に良かった。」
「サリア、お前も死んでしまったのか?」
エリザベートがどこか真面目な様子でそんな事を言うと、
サリアは怒った口調で言う。
本当に心配したのですからねと。
「馬鹿なことをおっしゃらないでください。
エリザ様も私も生きていますよ。」
「なにっ!私はたしかにあの時…。」
エリザベートはしっかりと覚えていた。
ファティマとの一騎打ちの途中、
ファティマが引いたと思ったら、
なにやら嫌な予感がして、出せるだけの魔術障壁と、
聖剣の力を全力で開放したことを…。
そして、聖剣が灰となり、
自分の体が業火に焼かれ、なにかに蝕まれたことを。
「アイリスティア様が助けてくださったんです。
そういえば、あの方は…ってああ…また眠ってしまったのですね?」
サリアの視線の先には、先程の天使がいた。
そうか、この娘はアイリスティアというのか…。
起きたら、礼を言わないとな…。
エリザベートはアイリスティアの頭を撫でるのだった。
―
ヒールという魔術は治癒と解析の混合した魔術である。
そのため、解析結果を意識すれば、
その内容を把握することもできる。
エリザから得られた情報は、
アイリスティアを驚愕させるものだった。
そして、大きく眉を潜ませるものでもある。
結果は次のようだ。
皮膚の炎症と炭化は爆発による余波によるものだ。
そして…その魔術には呪術的な要素、人の怨念が込められていた。
その怨念は根源的な人間の欲求。
生きたいという思い。
それにより、本来なら即死だったはずのエリザは無理矢理に生かされた。
これは推定だが、あと3日間はあのような姿で全身が焼けるような感覚に苛まれ続けることになるはずだった。
アイリスティアはこの結果に怒りを感じていた。




