28 ファティマの苦悩
ファティマ・アトラはガンマ帝国の将軍である。
戦災孤児だったファティマは幼少のみぎり、
前将軍の一人だったトーリに拾われ、
厳しい訓練を施され、学園へと放り込まれる。
ファティマはその期待に応え、優秀な成績を上げ続け、
気がつくと飛び級で卒業。
そして、すぐさまトーリの部隊に配属され、
先のシグマ王国との争いで戦功を挙げ続け、
隊長、将軍へと上り詰めた。
帝国の掲げる超実力主義の風潮があったとはいえ、
その時の年齢は20歳で歴代最速の記録だった。
ファティマは誰から見ても優秀だったのだ。
しかし、現皇帝から嫌われている。
現皇帝は先代が皇帝のとき、クーデターを企んでいた。
そのとき、暗に参加するように訴えかけられていたのだが、
ファティマはそれを忠義ゆえに断ったのだ。
皇帝が死に、その側近だった父トーリが死んだ今、
ファティマの後ろ盾は存在しない。
トーリの息子たちは優秀なファティマのことを妬み、嫌っている。
そのため、閑職に追いやられそうになっているのだが、
実力で現在の状況を保っているのが現状だった。
しかし、三年ほど前にファティマはアルファのエリザベートに完敗した。
それが転機となり、
ファティマへの風当たりは激しさを増し、
今回の戦争では最前線での戦いを余儀なくされている。
「ファティマ様、準備が整いました。」
「…そうか…。」
ファティマはその美しい顔をひどく歪める。
「…本当にやるのですか?」
副官のメイランがそう尋ねる。
「…やるしかないだろう。」
ファティマは自分の武人としてのプライドが悲鳴を上げ続け、
そんな中、苦しげにやっとその言葉を吐き出した。
「おやおや、ファティマ殿、どうかなさいましたかな?」
どこか研究者然としたヒョロヒョロの、
戦場には似つかわしくない男がニヤついた笑みを浮かべながら、
棺桶のようなものを引き摺ってやってきた。
こいつの名前はミスト。
これから私達が行う作戦の要となる人物だ。
こいつは天才にして奇才の魔術研究者。
そして…呪術にまで手を出した男。
気になるのはその引き摺っているもの。
その中身は…拷問を受け、生きることのみを求めた死体だ。
ミストは特殊な魔術を使える。
その魔術にとある効果を生み出すためにそれを魔術媒介とするのだ。
この魔術はこの戦争を終わらせる力がある。
これから行うのは、その実験の最終段階。
劣悪にして、醜悪なそれに手を貸し、
あまつさえ尊敬するエリザベートをそれによって辱めなければならない。
自分が負けたのだから、仕方がない。
皇帝の信用を得られなかったのだから…。
「…いや、なんでもない。」
「そうですか。ふむ、それでは行きますかな?」
軽い散歩にでも行くかのようなミスト。
「…ああ。」
渋面のまま、皇帝の命に従わんと心を殺すファティマ。
二人の姿は対照的でメイラン含め部下たちは、
ファティマの心労を慮った。
願わくば、この戦がすぐに片がつくことを祈る。
ミストの後ろには棺桶が引き摺ったような後があり、
それが道のように見え、
誰もがそこを避けて通っていた。




