26 王族たちとの一時の別れ
アイリスティアは戦地に招聘された。
しかし、正確に言えば、これは途中からの参加なのだ。
戦自体は一月ほど前に始まっており、
アイリスティアの兄であるマインが父の代理として呼ばれたこともアイリスティアは知っていた。
ならば、なぜアイリスティアをそんな時期に呼び出したのかと言うと、
それはひとえに他の貴族に対する反感を躱すためである。
アイリスティアとランカは年齢差のこともあり、
他の貴族からはあまり良く思われていない。
二人の年齢差は7歳。
つまりはそれなりに離れてしまっている。
前世ならばそんなもんかと思われるが、
戦争も魔物も危険な出来事が身近にあるこの世界では、
跡継ぎの問題は重要視される。
ランカは第一王女でいわゆる次の女王。
彼女の子供はなるべく早いうちに生まれている方が良い。
しかし、相手がまだ7歳のアイリスティアでは望むべきもないからだ。
その為、アイリスティアの反感をある程度避ける目的として、
この比較的安全な時期に呼び出されたのである。
話によれば、近いうちに停戦されるのではないかとすら言われている。
それほどに戦力は拮抗していて、お互いに得るものなどないのだ。
アーシャもそのことを当然知っていたが、
母としては大切な息子をどんな状況であろうと、
なにが起こるかわからない戦地に送りたくなどなかったのだろう。
故に断固反対されたのだ。
戦地ではなにが起こるかわからない。
アイリスティアはこの戦はなぜだかこのままでは終わらないような、
そんな悲観的な思いに駆られていた。
そして、それは戦地に赴いた時に確信へと変わることをアイリスティアはまだ知らない。
アイリスティアは現在、
王城の談話室にてランカたちを待っていた。
アイリスティア自身真っ直ぐに戦地へと赴くのだと思っていたが、
ランカと合流してそこへと向かうらしい。
王城でランカの王族出陣の儀式に先ほど参加し、
ランカはその着替えを今行っている。
その空いた間に、
王がなんでもアイリスティアに渡すものもあるらしく、
それを今は待っていた。
なにやらとても重要なものを下賜するらしいので、
当然正装であらねばならないのだが、
アイリスティアは式典中もラスティアが用意したアリス教の信者の服を身に纏っていた。
式典にこのような服を着ることは認められていて、
アリス教のお偉いさんは感心な若者だという表情を浮かべていたのだが、
貴族では自分一人だったので、かなりの恥ずかしさを覚えた。
それにこの服はどう見ても…。
「…ねぇ、ラスティアさん、この服は本当に男物なのですよね?」
「はい、もちろんでございます。」
ラスティアは淀みなくそう答えたが、
どう見てもそれはシスターが着ているそれで男物要素は感じられない。
オーダーメイドでアイリスティアにあわせて作ったから、
男物だと言い張っていると言われても、
僕は疑問に思わないのではないかと思う。
……ん?もしかしてそれが答えなんじゃ…
と、アイリスティアがラスティアを問い詰めようとしたところで扉が開く音がした。
「アイリスティアはいるか?」
「はい、王様、僕は…いえ、私はここにおります。」
立ち上がり、声がした方を向くと、
王家のメンバーが勢揃いだった。
少し老けた王に変わらない王妃、
歳を重ねるごとに美しさを増していく三姉妹。
凛々しく美しい長女。
快活な笑みを浮かべ、ボーイッシュで接しやすい次女。
ねむねむだが、どこか妖艶な雰囲気を放つ三女。
そのうちの下の二人はアイリスティアの姿を認めるなり、
すぐさま腕に抱きついて、アイリスティアの横に腰を降ろした。
どうやらそのまま話を聞く気らしい。
しかし、そんなことは婚約者たる長女が許さない。
ランカは頬をヒクヒクさせながら、
二人を非難する。
「マナもロアナもくっつき過ぎではないか?
アイリスティアは私の婚約者なんだぞ。」
「いいではないですか、姉様はアイリスティアとこれから何日も一緒なのでしょう?」
「それは確かにそうだが…遊びに行くというわけでは…。」
「お姉様、馬車の中がある。
そこでくっつく。」
悪びれもせずにそんな事を言う二人にランカは一瞬納得しかけるが、
やはりそれは違うとして、
二人に言い返す。
「なるほど…それなら…って…。
今は真面目な話をするのだから、
いい加減に離れろ。」
え〜〜っと不満しかない様子の二人にランカは続ける。
「アイリスティアを激励すると言うから連れてきてやったのに、なにをしているのだ!
さっさと激励して、習い事に戻れ!
家庭教師がこちらをチラチラ見ているぞ!」
すると、扉のあたりで二人の家庭教師と思しき女性二人がなんとも言えない表情でこちらを窺っていたのをアイリスティアも確認した。
なので、アイリスティアからも
帰って来てからまた仲良くしようというと、
しぶしぶながら、二人は離れて、
アイリスティアと向き合う。
どうやらまずはマナからのようだ。
マナが今まで見たことがないほど、
しおらしく、どこか女の子な表情でアイリスティアに語る。
「アイリスティア、無事に帰って来て。
帰って来たら…ううん、なんでもない。
僕はいつまでも君のことを待っているから。」
「ありがとうございます、マナちゃん。
僕もまたマナちゃんと仲良く本を読みたいですよ。」
そして、ギュッと抱きしめて、離れると、
いつもの快活な笑顔がそこにあった。
「姉様、アイリスティアに傷ひとつあったら、
許しませんから。」
「マナ…それは普通…いや、何も言うまい。
わかった。アイリスティアは私が守ろう。」
額に手をあてて、どこか呆れた表情を見せたランカだったが、
マナの先ほどの姿を見ていたためだろう、
真剣な瞳でマナを見つめて宣言した。
すると、マナは嬉しそうに部屋を出て行った。
「アイちゃん。」
マナの出ていくさまをアイリスティアが見つめていると、
急にロアナが真横にいて驚いた。
「なに、ロ〜ちゃんっ!?」
すると、頬と唇の間あたりに、チュっと柔らかいものが触れ、
ロアナはアイリスティアの唇に指で触れてこう言った。
「勝利の口づけ。
帰ってきたらもっと近くにするから。」
そう言って、どこか妖艶な笑みを浮かべるロアナは、
全員が驚きに目を見開く中、外へと出て行った。
程なくして、ランカの叫び声が響き渡る。
「ロアナ〜〜〜〜っ!!!」
こんな声が響き渡ったのは言うまでもあるまい。
―
どこか拗ねているランカは放って話が進んでいた。
「アイリスティアはずいぶんと落ち着いているな。
マナなんかは父にアイリスティアは許してあげてとゴネていたのにな。」
マナが?
一瞬そう疑問を抱いたが、どこか納得した。
あの子はボーイッシュに見えるだけで、
理想の王子様に憧れたり、可愛いものが大好きな普通の女の子なのだ。
「そんなことはありませんよ。
僕だって緊張しています。
初めての戦ですから…それに…。」
それに…。
おそらく普段の僕ならば、王国が平和であることが嬉しいと言うような、
当たり障りのない言葉でそれを締めくくったのだろうが、
マナやロアナにあてられたのかはわからないが、
去り際のアーシャの表情が頭に浮かんだ。
僕の口からは自然とこんな言葉が紡がれていた。
「それに何より、僕は絶対に、たとえなにがあっても母の元へと戻らないと行けないのですから。」
呆然とした周囲にやってしまったとアイリスティアが後悔していると、
それまで一切口を出してこなかった王妃が、
いつもの優しげな微笑みを消して、
悲しげな表情で尋ねてきた。
「…アーシャさんは泣いて居ましたか?」
「…はい。」
アイリスティアがそう答えると、王妃は王に促した。
「…そうですか…それならば、やはり…王よ、
アイリスティアに例のものを…。」
「…やはり渡さねばならないか?」
「はい。アーシャさんのもとへ何不自由なく送り返すことが私達の責任ですから。」
そう王妃が言うのを聞くと、とあるものを王は懐から取り出した。
それはどうやら紙のようだ。
薄さでわかる。
丁寧に布に包まれていることからも重要なものであるとわかる。
「行きの馬車の中ででも確認してくださいね。」
そう言って、机の対面から差し出された。
これが目的のものなのか、王に尋ねると、
どうやら違うらしい。
「いや、アイリスティアに授けるのは、
別のものだ。」
王が一人に手招きをすると、その人物が布に包まれた何かを持ってきた。
ゆっくりと布が解かれ、それが露わになっていく。
それはどこか古めかしい杖だった。
それからはなにかの念が籠もっているようで、
どこか強い力を感じた。
「これは我が王家の宝の一つ、賢者の杖だ。
我が国にある最高の魔法媒介でもある。
アイリスティア、そなたに授ける。」
王はアイリスティアにそれを差し出した。
断りたかったが、有無を言わせぬ雰囲気を感じ取ったため、
大人しく受け取る。
「…ありがたく頂戴いたします。」
そして、魔力を流してみろと言われて、
それを使ってみて、首を傾げた。
もう一度やってみても、やはり変わらない。
………あれ、これ…自製の枕のほうが強いかも…。
…これはかなり先の予備だなと、
アイリスティアがそれをマジックボックスに仕舞うと、
「アイリスティア、マジックボックスを使えるのか?」
そう王に聞かれたので、素直に頷いた。
「「「……。」」」
すると、幾ばくかの静寂の後、物資の運搬も頼まれた。




