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25 アイリスティア宛のとある手紙

7歳になり、


睡眠ライフのおかげか、例の別邸ですくすくと育っていたある日、


王都から一通の手紙が僕宛に届いた。



アーシャは手紙を握り込んで、ふるふると震え、


ライラとアヤはそっと目を伏せ、


壁際に控えた者たちはどこか悲しげだった。



手紙にはこう書かれていた。



アイリスティア・アトランティアを第一王女の婚約者として、


戦地タラスクス平原へと招致する。



「ふざけるな…


ふざけるんじゃないわ!


あの女のせいでアイちゃんを戦地になんて…


絶対に許さないわ!」


あの女。


ランカのことだろう。


アーシャが婚約者であるランカのことを悪く言うのを聞くのは心苦しかったが、


アイリスティアを溺愛していることからも仕方のないことだと思った。


「だいたい私はあんな女との婚約なんて、はなから認めていなかったのよ。


あのクズが勝手に決めてきて、


お姉様の次はアイちゃん?


あいつらは本当にどこまで…。」


怒りに身を震わせるアーシャを誰も止めることは出来ない。


ライラが普段なら止めるのだろうが、


ライラは悲しそうに俯き、涙を流していた。


「そうよ、だいたいアイちゃんはまだ幼いの。


だから、今からでも婚約を解消すれば、


戦争になんて行かなくても済むわ。」


止める者が存在しないアーシャはかなりエキサイトしていた。


言ってはいけないことをかなり口にしている。


耳を手で覆っている使用人すらいた。


そして、最後に…


「もしそれが無理でも、このままアイちゃんと二人どこかに」


僕は許されない一線を越える前に、アーシャに声を掛けた。


「お母様っ!」


アーシャは自分の発した言葉の意味を理解した様子はなかった。


しかし、僕の反応でアーシャの望みは叶わないことがわかったのだろう。


「っ!?……っ!」


じわりと涙を滲ませ、


逃げ出すように部屋を後にした。



僕は使用人たちに謝り、


ライラが泣きやむまで慰め続けた。




その日から、アーシャは部屋に引き篭もり、


出立の日まで何度扉を叩こうとも開くことはなかった。


出立の日、


アイリスティアは再びアーシャの部屋の前へと訪れていた。


扉を何度も叩き、どれほど待っても、


それが開くことはないかと思われたが、


その扉はノブを回すと、今日はあっさりと開いた。



そして窓の外を眺めるようにポツンと座るアーシャが目に入る。


その姿はいつもの優しく、穏やかな様子とは打って変わり、


どこか気怠げで…そしてどこか悲しげだった。


一体どれほど泣いたのだろう。


目元が目に見えて、膨らんでいる気がした。


アーシャをそんな様子にしてしまったのが自分だとわかり、


アイリスティアは胸を締め付けられるような思いに駆られた。


これはもっと彼女を傷つけてしまうだろう。


…でも、とアイリスティアが口を開こうとすると、


アーシャの声が聞こえてきた。


「…なんでアイちゃんはあんな女のためにそこまでしようと思うの?」


悲嘆に暮れる母の声はやはり何処かしわがれていて、


言葉もどこか独り言のようで、


他の人には聞こえづらかったかもしれないが、


僕にははっきりと聞こえていた。


「…お母様、それは少し語弊があるかもしれません。」


アーシャの目がどこかかすかに大きくなった気がした。


「語弊?」


反応があったことにアイリスティアはどこか安心する。


もしかしたら、自分の声が届かないのかもしれないとすら思っていたから。


それほどまでにアイリスティアはアーシャの出立までの拒絶を重く受け止めていた。


「…僕が戦地に赴くのは、みんなのためだと思います。」


「みんなのために?」


「はい、もし僕がこのままここに留まってしまえば、


王や他の貴族からの反感を買って、


今までのこの生活が送れないようになってしまうかもしれませんから。」


「…。」


「僕はここでの生活をとても気に入っているのです。


アヤさんやラスティアさんに朝起こされ、


お母様と食事を取り、


勉強して、外でお茶会をして、お昼寝をして、


使用人の人達とお話をして…そして偶にお出かけをして…。


僕はこんな穏やかで平穏な毎日を永遠に送っていたいのです。」


「…アイちゃん。」


すると、アーシャはしっかりとアイリスティアを見据えていた。


アーシャなら受け入れてくれる。


アイリスティアはそう思った。



だからとアイリスティアは続ける。


アーシャのもとまで歩いて行き、宣言する。


「僕は絶対に死にませんと、


絶対にお母様のもとへと帰ってくると約束します。


僕の帰る場所は天国や地獄ではなく、ここですから。


たぶん僕はお母様のことを今、この世で一番愛していますから、


僕はあなたを寂しがらせたりしません。


絶対にあなたを一人にはしません。」


その言葉はどこか愛の告白のようだったが、


マーサから、アーシャのことを聞いていたアイリスティアの


精一杯の寄り添う覚悟だった。



すると、アーシャはきゅんとどこか胸を押さえるような仕草をした後、


顔を真っ赤にして、覗うようにこちらを見つめてきたので、


優しく微笑み返す。


すると、アーシャははにかむように笑った。


そこには、母としての優しさだけでなく、


なにか別の感情を感じた気がしたが、


アイリスティアは気にもとめない。


「そう…アイちゃんは私のことが大好きなのね…。


でも、戦地に行っている間はどうなの?


私、とっても寂しいわ。」


アーシャの拗ねたような口調にアイリスティアはたじろぐ。


「うっ…そ、それは…。」


痛いところを突かれたと表情から、


先ほどまでの凛々しさがどこかに行ってしまったアイリスティア。


そんなアイリスティアの頬にアーシャの手が触れた。



「だから、寂しいけど我慢ができるように…。」



すると、アイリスティアの唇になにか柔らかいものが触れるのを感じる。


「んっ!……。」


アイリスティアは目を見開くが、すぐにそれを受け入れた。


わずかな時間のことだったが、


なぜだかわからないが、この時間が一番愛されていると感じた。


溺愛されていたため、いつかされるとは思っていたが、


まさかこのタイミングでかと、


アイリスティアが初めての感触に呆然としていると、


アーシャが告げる。


「行ってきなさい、アイリスティア!


私はいつまでもあなたのことを待っていますから。」


「っ!行ってきます、お母様!」


こうして、僕は戦地へと赴くことになった。



「私のファーストキスを捧げたのだから絶対に生きて帰ってきてよ。


私だけの王子様。」


この言葉は扉を閉める音にかき消された。


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