24 あるメイドの日常1
私はメイドである。
春先の人員補充でアトランティア家に仕えることになった。
しかし、その実態はアリス教の諜報員である。
聖女選定委員会より、
アイリスティア・アトランティアがその候補として推薦されたため、
その監視をやはりといっていいのか、
一度この屋敷に潜入したことがあった私が言い渡された。
五年もの月日が空いたのには、疑問があるが、
そこは末端の構成員である私、ハミルには関係のないことである。
しかし、監視とは言うが、
新人のメイドのため、仕事は目が回るほどに忙しかった。
この屋敷の新人メイドは一年間、
各業務のサポートを言い渡される。
洗濯、掃除、料理、庭仕事、エトセトラ、エトセトラ。
どの仕事が自身にあっているか、
この一年で判断するらしく、
この一年間は耐える時らしい。
ハミルの他にももう一人、シータというメイドが同じ立場でいるが、
今はその彼女と慰め合っていた。
「ハミル、私、もう耐えきれない。
やることなすこと失敗ばっかりで…
今日なんてライラさんに…ううう…。」
「大丈夫よ、シータ。
ライラさんだってあなたが憎くて怒ったんじゃないわ。
別に目の敵にしようだなんて思ってはいないわよ。
うん、そもそもライラさんたぶんあなたにそんなに興味なんてないから、
明日にはもう忘れているわよ。」
すると、シータはガ〜ンといった風な様子でしょんぼりしてしまった。
「どうせ、どうせ私なんか…影が薄いよ。
親だって私に婚約者がいなかったことにすら気がつかなかったし、
そろそろシータも結婚したら、どうだ〜なんてこと自分で言って、
自分が忘れていたのに、もうみんな私の歳だと婚約やれ、
結婚やれしているから、
相手がいないから好きにしろって…。
とりあえずってことでこのお屋敷の仕事を斡旋してくるしで、
どうせ私のことなんかだ〜れも覚えてなんかいないんだ〜……うわ〜ん…。」
慰めていたつもりが、
どうやらトラウマという名の地雷を思いっきり踏み抜いてしまったらしい。
昔から私は一言多いらしく、よく人を怒られたり、
こんな風に悲しませたりしてしまうこともある。
私はオロオロとしつつ、
泣いているシータを抱きしめ、無言で頭を撫で続けるのだった。
すると、どれほど経ったころだろうか、
シータの寝息が聞こえてきて眠ってしまった。
どうやら最後に正解を引き当てたらしい。
―
ある日のこと、いつもの夜の反省会、
シータはどこか幸せそうで、
いつもの後ろ向きさが嘘のような様子だった。
「ねえ、ハミル♪
今日私、いいことあったんだ〜♪」
「へ、へぇ~…。」
えっ?誰?シータ?偽物?
ハミルがそんな風に困惑していると、
シータは楽しそうに尋ねる。
「ハミル、聞きたい?
ねぇ、聞きたいでしょ?」
「まあ、うん。」
「そう、そんなに聞きたいんだ〜♪
でもどうしようかな~♪」
うわっ、うっざっ……こほん。
思わず言葉に出しそうになり、
どうにか踏みとどまる。
おそらくそんなことをすれば、
シータは今の様子から一変ギャン泣きすることだろう。
まったく私も成長した。
ハミルは空気が読めないなんてもう言わせない。
そして私はクールに聞いたのさ!
「お願い、シータ、教えて。」
ハミルが環状がどこか死んだ棒読みで頼みこむと、
シータはふふんと自慢げに笑い、
得意げに話し始めた。
それをハミルは拳を後ろに回し、押さえながら聞く。
「実はね、
私、アイリスティア様とお話しちゃったんだ〜♪
アイリスティア様ったら、
すっごく優しくて、お疲れではないですか、
って労ってくれたり…。」
そんなありきたりでどこにでもあるような話をシータは楽しげに嬉しそうに話しているさまを見て、
ハミルの怒りはいつの間にか消え去っていた。
確かにアイリスティアは非常に愛らしく、
あの年齢にして、慈愛に満ちていて、
成長を楽しみにさせるが、
こんなことをこんなに楽しそうに話すとすれば、
想いを寄せる人物にそのようなことをされた場合だけに限るとハミルは思った。
もしや…と一瞬考えたが、すぐにないと結論を出す。
なにせ相手は五歳なのだ。
ありえない。
したがって、私はシータに同情していた。
どれだけ人生がつまらなかったのだろうと。
そして、シータの最後の言葉は涙を誘った。
「それに何より、アイリスティア様、私の名前覚えてたんだ〜♪」
ハミルは後ろに回していた手を自然と股の辺りに回して、
俯きながら手を組んでいた。
それから、シータがアイリスティアの専属になりたいと言い出し、
頑張ればなれるかと聞かれたため、
二人もいるから厳しいだろうけど、
頑張れば、アイリスティアが婿入りする時に連れて行ってもらえるかもと答えておいた。
―
それから数日経ったあるとき、
仕事の途中だった私は、
シータの想い人?のアイリスティア様と出会った。
出会ったというのは、
些か語弊があるか、
庭園のベンチで眠りこけているアイリスティアを見かけた。
なんとなく気になったので、
近づいて覗くと、
やはりすやすやと幸せそうに眠っていた。
傍らには本が落ちていて、
どうやらこの本を読んでいるうちに眠くなってしまったらしい。
「可愛い。」
思わず漏れ出た言葉にはっとすると、
周りを確認しほっと一息入れて、
ベンチの端に置かれた本を手に取る。
手に取った本は、有名なシリーズで思わず微笑む。
まさかあのアイリスティアがこんなネタ本を読むとは思わなかったのだ。
もしかしたら、
この誰にでもできるシリーズを見てクスリと笑っていたのかと思うと、
どこか親近感を感じた。
そのせいか、
先ほどと打って変わって寝苦しそうな様子を見ると、
自然にアイリスティアの頭を膝の上にのせてしまっていた。
すると、
再び穏やかな寝顔に戻り、
ハミルは自然とアイリスティアの頭を撫でていた。
するといつの間にか日が暮れており、
アイリスティアが目覚めると同時に気がついたのだった。
や、やばっ!
顔が真っ青に染まって行き、
背中から汗が吹き出す。
すると、私が慌てているのがわかったのか、
アイリスティアはハミルに言う。
「ハミルさん、膝枕ありがとうございました。
おかげでぐっすりと眠れました。
とても暖かくてハミルさんの優しさに触れられたみたいで嬉しかったです。
なので、ハミルさんは僕の急な用に付き合っていただいたということになります。
それでは、ライラのところに行きましょうか?」
アイリスティア様はそう言って、私の手を引いて、
ライラに謝りに行くと、
各方面にはそのように伝えて置くと言われ、
いわゆるお咎めなしということになった。
アイリスティア様は私にもう一度お礼を言ってから、
自室へと戻っていく。
急ぎ足でパタパタと歩くさまがどことなく愛らしく、
ハミルの顔も綻んでいるのだった。
―
それから数日後の夜中、
ハミルはラスティアの部屋に呼び出されていた。
「アイリスティア様との接触を持ったようですね。」
「はい、ラスティア様。
ですが、なぜ偶然の出会いなど?」
瞬間、ラスティアの眉が動く。
ヤバい。
「あらあら、ハミルさん?
私はそんなに無粋ではなくてよ。」
「…。」
「まあ、一応の理由はあるわ。
命令でなくアイリスティア様の人柄に触れて欲しかったの。
これでわかるかしら?」
「…。」
「ハミルさん、実は近々私が準備していたことが芽吹きそうなの。
アイリスティア様を助けてあげてね。」
もう行っていいとラスティアが手を振ると、
ハミルは部屋を後にする。
余計なことを言うまいと思考を停止されたハミルの自我は戻ってきて、
口からは自然と言葉が漏れ出ていた。
「戦争が始まる。」




