23 ねむねむの乙女
あの突発的な惨事から、
十日ほど経ち、ランカとラスティアはお互い和解したのか、
仲良く…はないが、
二人で良くどこかへと出掛けるようになった。
帰ってくる時はランカのみいつもボロボロ、
それにいつもどこか涙目で、
それを隠すようにすぐに風呂場に直行している。
そして風呂を上がるなり、
ギュッと胸元に僕を抱きしめ、どれほどかそのまま動かない。
最初の方は夏なので暑くはないのかとか、
大丈夫などと聞いたりもしていたが、
あまりにも反応がないので、
満足するまで、そのままぬいぐるみと化す。
ふるふると震え始めたら、
ポンポンと背中を優しく叩いてやると、
どこか安心したように抱きしめが緩んでいき、
いつの間にか眠ってしまう。
余程、精神的にも肉体的にもハードなことが行われているのだろう。
対照的にラスティアはつやつやとして、
酷く機嫌が良さそうなのが、
妙に怪しいが、
もしご一緒に、などと言われてはかなわないので、
僕は余計なことを言わずに好きにさせている。
そんな苦行にも関わらず、
一日置きに朝早くに出掛けていることからも、
おそらくは同意の上のことなので、
何も言わないという体でいる。
今日もどうやらその日で朝から、おそらくは昼頃まで、
ランカはいない。
あと数日でランカたちが王都へと帰らんとした頃、
僕と抱きまくらを共有しているロアナが久々に口を開いた。
おやすみとおはよう以外の言葉は久々だ。
最初は数言言葉を交わしていたが、
今では全くの言葉を介さずにお互いのことがわかる、
熟練の夫婦のような関係になっていたので、
少し驚く。
まあ、ロアナとはほとんど布団の上での仲だから、
おかしくはないのだが…。
「ねえ、アイちゃん?」
「うん?どうしました?ロ〜ちゃん?」
「えっとね…私、あとちょっとで帰らなきゃなの。」
「うん。」
「本当は嫌だけど、帰らなきゃなの。」
「うん。」
あまり喋り慣れていないロアナに優しく相槌を打つ僕。
僕と離れたくないという思いを拙い言葉で永遠と語り、
母性にも似た不思議な感情を感じていると、
ようやく本題に行き着いたようだ。
「だからね、この枕、どこのなの?」
「どこって?」
「う〜ん…どこの誰が作ったの?」
そういえば、ロアナの趣味は寝具店巡りだとロアナの母である王妃から、聞いていた。
王都で服や装飾に一切の興味を持たずに、
枕と布団を買い漁っていたと、
それでいつの間にかアドバイザーのような立場になり、
自然とそれらが送られてくるようになったとも。
なので、どうやら気になるらしい。
「とっても出来がいいの。」
力説するロアナ、
その目はどこか職人を思わせ、並々ならぬ執着を感じた。
もしかしたら、そのアドバイザーをしている寝具店に紹介でもするつもりなのかもしれない。
そんなロアナの変わりように僕は驚きつつも答える。
「うん、えっとね…それ、僕が作ったのですが…。」
「アイちゃんが?」
すると、視線を枕と僕を行ったり来たりさせる。
そして、ぎゅむと枕を力強く抱いた。
「…もしかしてほしいのですか?」
「うん♪」
ロアナは見たことのないほど嬉しそうな表情を浮かべた。
マジックボックスから新しいそれを出すも、
今使っているやつが良いと言うので、
それを差し出すことを約束すると、
それを抱いてゴロンゴロンと転がり、
布団の端から端まで言ったり来たりを繰り返す。
どうやら喜びを表しているらしい。
感情が体から溢れ出ている。
淑女としてははしたないが、
ロアナがやると年相応だからか、
それとも彼女故なのか、
ひどく愛らしい。
僕は微笑ましくそんな様子を眺めていたのだが、
急に止まった。
気分が悪くでもなったのかと少し心配したが、
どうやら違うようだ。
「あっ!」
そんな声が聞こえた。
彼女はなにかを思い出したようだ。
「…そういえば…って、そうじゃなかった…あう…。」
失態だとどこか恥ずかしげだ。
「…ううう…。」
そして、今度は何かを訴えかけている。
どう言葉にしたらいいのか考えているらしい。
その姿もどこか愛らしく、もう少し困らせてみたい気もしたが、
可哀想なので、助け舟を出す。
「どうやって作ったのか知りたいのですか?」
「えっと…うん…でもダメだよね…。」
商店や寝具店に於いては、
商品の秘密を晒すことは他のライバル店に大きなリードを許すことになる。
しかし、僕は商店や寝具店を商っているわけでもないし、
将来そんな予定もないので、
特に問題はない。
むしろこの方法が寝具界の役に立つのならば本望だ。
「いえ、別に構いませんよ、他ならぬロ〜ちゃんの頼みですからね。」
「…アイちゃん。」
ロアナは感動したような声を漏らす。
本当に今日のロアナはコロコロと表情が変わる。
ロアナという少女は意外にも感情豊かな普通の女の子だったのだ。
新しいロアナを知れて僕も嬉しかった。
そして、作り方、魔法縫いを見せてあげると、
ロアナは見たことのないくらいに目を見開き、
驚きを露わにしたのだった。
本当に枕をくれるのかと何度も聞いてきたが、
本当だと何度も優しくこたえてあげると、
喜色満面になり、唇を頰に押し当ててくれた。
「ありがとう、アイちゃん、大好き♪」
その顔はどこか赤みがかっていて、
目もかすかに潤んでいて、
いつものねむねむの少女ではなく、
どこか恋する乙女のようだった。
―
それから数日後、王女様、王妃様の一行は帰って行った。
ロアナがアイちゃん楽しみにしていてねと言っていたが、
一体なんのことだろうか?
 




