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20 僕は大切なことと向き合う

辞めていく使用人たちの挨拶とお礼もほとんど終わり、


最後の一人だ。


最後の一人は、俺が祖母のように慕っている人物だ。


おそらく今回辞めていくと聞いて、


最もショックを受けた。


彼女との会話がどれだけ長引いても構わないように、


最後に伺うことにした。



ここだ。


数度のノックの後、可愛らしい声が聞こえた。


「は〜い、どちら様ですか〜?」


あれ?と思い、表札プレートを確認するが、


マーサと書かれている。


もしかしたら、来客でもいるのだろうかと思い、


また後日とも思ったが、


ノックをして返事もせず帰るのは、


ピンポンダッシュのようで礼に反し過ぎる。


なので、一応の要件だけ伝えて置こうと、名乗った。


「アイリスティアです。


マーサさんはいらっしゃいますか?」


「えっ……え?


あ、アイリスティア様ですか!?」


可愛らしい声に動揺が広がるやいなや、


扉が開き、妙齢の女性が出てきた。


「こほん、失礼いたしました。


アイリスティア様、どうかこちらへ。」


「マーサさん、来客のようでしたら、


またの機会でも問題ありませんよ。」


「来客?


いえ、来客ではなく身内がここにいるだけですので、


アイリスティア様さえ良ければ、どうぞこちらへ。」


「…はい、それでは失礼します。」


部屋の中に入ると、一人の少女がどこかあわあわしながら、


所在なさげにしていた。


「あれ、アヤさん?」


なぜアヤがいるのかと困惑していると、マーサがすぐに回答をくれた。


「アイリスティア様、こちらは孫のアヤでございます。


アヤ?」


「えっと…えっと…。」


アヤのしどろもどろな樣子に、


マーサの目つきが鋭さをました気がしたので、


助け舟を出す。


「アヤさん、大丈夫。


ゆっくりで良いですから。」


「え、えっと…で、でも…。」


「大丈夫。」


優しく手を握ってあげると、徐々に震えが収まってきた。


「はい、えっと…アヤと申します。


お婆ちゃんともどもよろしくお願いしますです。」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。」


アヤは挨拶が済むと、気を利かせて部屋を出ていった。



出てきた言葉は開口一番辛辣だった。


「あの娘はまだまだですね。


アイリスティア様の爪の垢を煎じて飲ませたい。」


「あ、あはは…ですが、アヤさんもまだ幼いわけですから。」


手加減してあげてほしい。


その言葉がわかったようだが、


鋭い目つきが光る。


「いえ、アイリスティア様の専属になったからには、


ビシバシ致します。」


あ〜…これは大変そうだ。



「して、本日はなに用で?」


「はい、今日は日頃のお礼を伝えたいと思い、


新天地に向かわれる方々のところをまわっているのです。」


「そうですか…いえ、アイリスティア様、


こちらこそ、貴方様にお仕えできて光栄でした。」


マーサは感慨深げに返答した。


それが俺には誇らしかったが、


これから聞きにくいことを聞かなければならないので、


少し気が重い。


「どうかなさいましたか?」


「えっと…はい…。」


「…なにか聞きにくいことでも…?」


「はい。」


「お気になさらずお聞きください、


アイリスティア様になら、なんでもお答えします。」


おそらく俺が聞きたいことがわかっているのに、


淡々といつも通りに返すマーサ。


俺はそれに応えようと思った。



「本当はなぜ辞めようと思われたのですか?」



マーサには珍しく開きづらそうに口を開いた。


「…一年ほど前ですが、夫が倒れました。」


「っ!?大丈夫だったのですか?」


「ええ、大事なく回復に向かい、今では完調しました。」


「それは良かったです。」


「ええ、良かったんです。


ですが、私はラクトが倒れたとき思ったんです。


いえ、気がついたのです。


ああ、彼がもし死んでしまったら、


私はどうなんだろうか…と…。」


「…。」


「彼と私は恋愛の末に結ばれました。


恋に恋した私は親の勧めた縁談を蹴って、


この屋敷で働き始めました。


彼はこのお屋敷に出入りする商人だったのです。


ここで何度か出会ううちに自然と互いを意識するようになりました。


私は貴族の出だったので、実家の横槍も入りましたが、


アイリスティア様のお祖父様、お祖母様の助けでなんとかなりました。」


祖父母のことは初めて聞いたが、


どうやら出来た人だったらしい。


「二人への感謝から今までこのお屋敷でお世話になっておりました。


エドガー様の子守もしましたのよ。」


「父のですか?」


「ええ、エドガー様はアイリスティア様と違ってヤンチャで、


ここだけの話、大変でした。」


今の様子からは想像できない。


「この屋敷の思い出、


私の中で最も大切な思い出はアーシャ様とアイリスティア様です。」


本当にマーサは俺やアーシャのことを思ってくれているようだ。


「私、実はアーシャ様のことを初めは快く思っていませんでした。


無理やり嫁がされたとはいえ、


エドガー様のことを悪く思っておいでだったから。


しかし、彼女のことを聞いて、酷く同情しました。


父に国を追われ、好きになった人と引き離され、


この世で最も嫌いな相手と結ばれる。


考えうる限りの地獄です。」


マーサは悲痛な表情で続ける。


「これは本当はアイリスティア様にお伝えしない方がよろしいかとも思いましたが、


アイリスティア様を信じてお話します。」


「アイリスティア様をご懐妊されたアーシャ様は見ていられませんでした。


食事は喉を通らず、


ライラ以外誰も寄せ付けず、


感情が希薄になり、


自害してしまうのではないかと思うくらいでした。」


「…。」


「出産は数人の女性使用人の監視の元行われました。


もしかしたら、赤子を殺してしまう可能性もありましたから。」


「…。」


俺の反応にマーサは優しげな微笑みを浮かべた。


「しかし、それは杞憂でした。


赤子は外の世界に出て、


アーシャが抱きしめると優しく笑ったのです。


すると、アーシャ様の目から涙が溢れました。


おそらく嬉しさからの涙だったのでしょう。


たぶん本能的にわかったのです。


この子、アイリスティア様は絶対に自分を裏切らないと。」


「…ありがとう…ございます。」


自然とそんな言葉をマーサに送っていた。


「アイリスティア様が生まれてからは、


アーシャ様はずっとべったりでこの世の全ての幸せが


そこにあるような光景が今も続いています。


アイリスティア様はこんな礼儀にうるさい私を慕って、


まるで本当に可愛らしい孫のようで、


私もずっとこうしていたい…そう思えるほどに…。」


この永遠に続く楽園を夢想していたが、


不意に現実に戻された。


マーサはそんな表情をしていた。


「ふと、気がついたのです。


お屋敷での思い出は限りない。


素敵な思い出も辛い思い出も、 


でも私とラクトの間には?」


疑問に行き着いた。


「そう思った時、私は怖かった。


嫌だと思った。


私もラクトももういい歳です。


いつ死んでしまうかもわからない。


現にラクトは死にかけた…。


…私はラクトとも楽しい思い出がほしい。


残りどれだけあるかわからないけど、


それでもありったけ…悩んだ私はこのお屋敷を去ることに決めました。


アイリスティア様、長々とありがとうございました。」


「いえ、ありがとうございました、マーサさん。


今まで、僕を母を、父を助けて見守ってくれて…。


僕は君の思いを聞けてとても嬉しかった。


これからもどうか元気でいてね、お婆ちゃん。」


僕は自然とマーサを抱きしめていた。


マーサの涙が僕を濡らしたが、


お互い様なので問題はない。




「マーサさん、最後になにかありますか?」


「私はライラのことが気がかりなのです。


彼女はさっき説明したように私によく似ています。


まるで昔の私を見ているようなのです。」


恋をして、その好きになった人と結ばれたい。


マーサはラクトと。


ライラは…誰と?


「アイリスティア様は今5歳、


ライラは今20歳。


歳の差は15ほどありますが、


ライラはエルフの血を引いているらしいので、


老化は遅いでしょう。」


「…一体何を…。」


「アイリスティア様、


どうか彼女を年齢を理由に拒まないでいただけませんでしょうか。」


言っている言葉の意味を知り、思わず言葉が漏れる。


「…ライラが僕に…?」


「ええ、


おそらく彼女はアイリスティア様に恋するでしょう。


いえ、もしかしたらもうしているのかもしれません?」


「っ!?」


僕は思わず絶句したが、


マーサの真剣さにすぐに我を取り戻した。


考えた末、すぐに出た返答を示す。


「…わかりました。


マーサさん、あなたに言われて心の準備ができたことは感謝します。


しかし、僕はあなたに言われてというわけではなく、


ライラに真剣に向き合いたいと思います。」


「ライラをよろしくお願いします。」



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