18 5歳になった
あの後すぐに、
アイリスティアとランカの婚約が大々的に発表され、
一大ニュースとして、
貴族だけでなく世間を賑わせたらしい。
なぜ俺が伝聞でしか知らないかと言うと、
ランカが挨拶しに来た次の日には、王都を出立し、
別邸のあるアトランティア領へと戻っていたからだ。
本当は王都の寝具店なんかを覗き、
商品やアイデアを仕入れたかったのだが、
アーシャがもう限界だと言うので仕方がない。
ミリアリアや父もアーシャを止められなかったのだから…。
おそらく二人にはひどく迷惑を掛けたことだろう。
申し訳ないことをしたので、後日お手性の枕を贈った。
せめて寝ている間だけでも、安らかに。
それからも数ヶ月後に開催された婚約記念のパーティーには、
参加することになったが、
年齢のこともあり(本当はアーシャの機嫌取りのため)、
王族の婚約者としての責務は要求されず、
ほとんどはアトランティア領で過ごすことになった。
―
あれから数年経ち、
アイリスティアは5歳になった。
5歳になって、
まず変わったのはクローゼットの中である。
アイリスティアの部屋には、
クローゼットが2つあるが、
そのうち一つがドレスや女物の服である。
そしてもう一つの半分は男物の礼服などである。
…わかっただろうか?
このわずか2年ばかりの間に服の男女比が極端に女物へと変わってしまったことが…。
比率にすると四分の三か…ははは。
抵抗って大事なんだなとこのクローゼットを見るたびに思う。
これ良い教訓?だろうか?
さて、この中のどれを着ようかと、
男物を物色していると、
数度のノック音が聞こえた。
「はい、どうぞ。」
入ってきたのはライラだった。
赤ん坊の頃から、アーシャ同様全く容姿に変化がなく、
表情もいつも通りどこかクールで綺麗さに格好良さが同居している。
「坊っちゃま、ご用意お手伝いに参りました。」
「ありがとうございます、それではライラに任せますね。」
「はい、では僭越ながら…。」
ライラは手慣れた手つきで、
クローゼットを物色する。
「こちらなんていかがでしょうか?」
ライラが手に取ったのは、白を基調としたもの、
アイリスティアとしては青や黒のような寒色が好きなのだが、アーシャやライラの好みなのか、アイリスティアに似合う色なのか、この色がよく選ばれる。
「また白ですか?」
「はい、坊っちゃまの長い金色の髪にはこの色がよく映えますから。」
「そうですか、ライラ?
ですが、今日は別の服にしてください。
色はそのままで構いませんので。」
アイリスティアはライラに他の服にしてほしいと指示を出す。
「…はい、かしこまりました。」
ライラに任せると言ったのだから、その服を着ろって?
アイリスティアだって本当はそうしたいのは間違いない。
しかし、それには問題があった。
「坊っちゃま、こちらはいかがでしょう?」
「…ライラ?なんでさっきからドレスなんて勧めるのです?」
必要なのは礼服だよね?
そう、先程から勧められていたのは、ドレスいわば女物の服。
一般的に男性、いや男の子であっても人前で着ることのない服だ。
ましてや、今日初めて会う使用人相手にそんなことをしたら、
主人として認められないのではないかと思う。
さらに言うなら、今日会うのは、
アイリスティアの専属使用人となる二人だ。
流石に似合っているとはいえ、問題だろう。
まあ、おそらくライラなりの冗談だろうが、
おそらくアイリスティアが緊張していないかと思い、
気を遣ったのだろう。
残念そうな表情を見せるから、
お兄さん本気かと思っちゃったよ、あはははは…。
…冗談だよね?
―
着替えてすぐに応接間へ行くと、
アーシャがどこか気怠げに座っていた。
しかし、アイリスティアを認めると、
見惚れるほど鮮やかな笑顔を浮かべた。
相変わらずアイリスティアが可愛くて仕方がないらしい。
膝の上に載せられそうになるが、
新しい使用人の手前それはまずいと説明する。
すると、アーシャは我慢ができないのか、じっと物欲しそうな目をこちらに向けつづけた。
なので、アイリスティアが折れた。
使用人が入ってくるまでという条件で、
なすがままになることを受け入れることにしたのだ。
それから、少しするとノックが聞こえた。アイリスティアが膝から降りたのを確認すると、ライラが扉を開ける。
すると、入ってきたのは、同い年くらいの女の子と20代くらいの女性だった。女の子の方は緊張からか、オロオロしている。
様子を見る限り、あまり気が強くない子なのかもしれない。
どこか小動物のようで可愛らしい。
髪は明るい茶色で、目も同じ色、
顔立ちはどこか地味な印象をうけるが、
目鼻立ちが整っているため、将来は美人になるのではないかと思う。
「は、は、はじめまして、
き、今日からこのお屋敷で働くことになりました。
アヤと申します。
アーシャ様、アイリスティア様どうぞよろしくお願いします。」
「ええ、よろしく。」
「こちらこそよろしく、アヤさん。」
「は、はい!」
ピシッと直立してしまった。
まずい、ちょっと笑いそうになっちゃった。
アーシャは後ろを向いて、軽く震えている。
これはたぶん堪えられなかったやつだ。
女性の方は、
容姿の整った垂れ目で優しげな印象を受ける人だった。
黒寄りの紫色の髪を肩のあたりで揃えていて、更にはスタイルがよく、抱きついたりしたら、幸せな気持ちで眠れることだろう。
しかし、アイリスティアが彼女を見て思ったのは、それだけではない。
彼女にはどこか既視感があったのだ。
「アーシャ様、アイリスティア様、
本日よりアイリスティア様の専属使用人となります
ラスティアと申します。
どうぞよろしくお願いします。」
…あっ!




