16 アーシャとの顔合わせ
父とヨーゼフは軽く顔を合わせ、
すぐに部屋を出ていった。
失礼にあたるのはわかっているのだが、
帝国との関係で急な変化があったそうだ。
どうやらあまりいい話ではないそうだ。
さっきのノックはそれだった。
挨拶も延期されるのではないかという話も出たのだが、
ランカ王女の予定の関係上強行することとあいなった。
この不穏な雰囲気を吹き飛ばすような明るい話題がほしいところだ。
「ミリアリア様、アーシャ様、
私、ランカ・アルファとアイリスティア・アトランティア様の婚約を認めてくださり、
誠にありがとうございます。」
「こちらこそ、良い縁に恵まれて幸いです。」
「ええ、こちらこそ、よろしくね、ランカ様。」
前者がミリアリアの返事、
後者がアーシャのそれだが、
言葉は一見穏やかに親しげに見えるが、
明確に一線を引いている。
もちろん禍々しい魔力はそのままだ。
どう考えても、歓迎していない。
ランカの額に汗が浮かぶ。
「おい、アーシャ、その態度は流石に…。」
窘めようとするミリアリア、
しかし、アーシャは止まらない。
なにせこの家、ひいては王都に来てから、
全くもって面白くないのだ。
ここに来てからは碌なことにあっていない。
顔も見たくないエドガーに会わねばならず、
アイリスティアと一緒の時間は減り、
終いには愛するアイリスティアに婚約者ができる?
今回ここに来ただけで大損も大損だ。
もしこれが商店ならもうすでに店のものすべてが差し押さえられていることだろう。
それにミリアリアに対しても思うところがある。
だから、当然態度は変わらない。
「なんのことですか?ミリアリアさん?」
ニコリ。
一体この笑顔の意味はなんだろうか?
ゾクリと背筋をなにが走り抜けていくのを感じる。
背中が煤けている。
そんな言葉がミリアリアの頭をよぎる。
「な、なんでもない。
ああ、気のせいだとも、そうだそうに違いない。
それじゃあ、私達はこれで。」
そう言って、青い顔をしていた自分の子供たちを連れて出ていく。
えっ?
俺一人でこの状況をどうにかしろと…。
アイリスティアはランカと目を合わせ、頷いた。
頑張ろう。
決意を新たにしたランカは話しかける。
「アーシャ姫に置かれましてはご機嫌麗しゅう。」
「…今は姫ではありませんよ。追い出されましたので。」
魔力の放流は激しさを増した。
背中にタラリと汗が流れる。
…おっふ…ランカさん、いきなり地雷踏み抜かないでよ。
…仕方ない。無理やりだけど…。
「ままってかわいいおひめさまだったの?」
一瞬ピクリと頬が動きかけたが、褒めたことがわかったのだろう、
頬が緩んだ。
「そうよ、お母さんはお姫様。
可愛いでしょ?」
「うん、すっごく。
ままがなんでかわいいのかわかった。」
「別にお姫様だから、可愛いんじゃないんだけどね。
でも、ありがとう、アイちゃん。」
すると、母は嬉しそうに微笑み、
俺を抱きしめる。
その傍らランカがなにやら言っていた。
「ええ、それにアーシャ様は凄腕の魔術師でもいらっしゃる。」
「…。」
「すごいね、まま。
まじゅついっぱいつかえるの?」
「うん、いっぱい、い〜っぱいね。
だから、今度教えてあげるからね〜。」
ギュ〜っ!
「アイリスティアも素晴らしい魔術を使っていましたね。
もしかしたら、アイリスティアは母の才能を受け継いだのかもしれませんね。」
「…。」
なぜだかわからないが、
態度の浮き沈みが激しいような…。
なんか俺に対してだけ甘いような?
ランカには余計なチャチャ入れるな的な雰囲気を感じる。
顔は見えないが、
俺が見たことない様な表情をしているのは、
間違いないだろう。
こうして、アーシャとランカの顔合わせは大失敗に終わったのだった。
帰り際、
俺はランカにこんなことを言われた。
「アイリスティア、
そういえば、
父が褒美を与えるのを忘れていたと言っていたぞ。」
「ほうび?」
褒美なら…こんなに可愛い婚約者をもらったじゃないか。
それでおしまいのはずだっただろう?
そう視線を送ると、
ランカはなにやらもじもじとしていた。
「いや、その…だな…。
私は褒美として、
君のものになるというのではなくな…。
…その…自分の意思で君のものになったのだと…
そう思いたかったから…なんだ…その…
母に相談したのだが、そうしたら父にも伝わってしまって…な…。
それで…。」
言葉の続きが来ない。
ランカは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
今の説明で一応伝わった。
しかし、
なぜだろう?
すごく甘酸っぱい。
純粋すぎて受け入れきれない。
思わず俺からも漏れ出る。
顔が真っ赤になっているのがわかる。
どこか胸が締めつけられるような感覚すらある。
自然と二人は顔を真っ赤にして俯き合っていた。
それからどれほど経っただろうか、
扉が開いた音かなにかの音が響き、我に返ると、
父からの遣いが近いうちに来るから、
そう言って、ランカは去って行ってしまった。
別れの挨拶すら言えなかった。
後日、王からの使者が来て、
なにがほしいか聞かれた。
なんだったら、宝物殿から選んでも構わないと言われた。
正直心は動いたが、
宝物殿の宝は、
後の英雄や勇者たちのために、
手をつけるのはやめておこうと思う。
俺にそれらになる意志は全くといっていいほどないのだから。
だから、俺は王からの褒美でこれを要求した。




